90.5話 ユリウス冒険譚(9)剣聖編
※『ユリウス冒険譚』の続編です。
読み飛ばして頂いても本編が分からなくなることは無いと思います。
数か月の船旅を経て、剣聖一行は中央大陸へたどり着きました。
今回の行軍には、剣聖として覚醒した青年グラッゼのほかに、歴代の武術大会の優勝者たち数名と中央大陸の地形に詳しい道案内役のご老人が同行していました。
「これが……」
道案内役を名乗り出たご老人は、目の前の光景を直視できませんでした。ただひたすらに涙を流すのみで、その場に崩れ落ちていきました。
当の剣聖グラッゼは、目の前の光景をじっと眺めます。
彼はこの土地で暮らしたことがありません。
そのため、彼にとっての「故郷」は10数年間生活をしていたあの島国で、ご老人ほどの思い入れはありませんでした。
しかし、崩れ落ちた建物や朽ちて今にも消えてなくなりそうな植物たち、生気を全く感じない旧街の雰囲気は、剣聖グラッゼの表情に影を落とします。
「何もしなければ、これが俺の『故郷』の未来なのだ」と。
剣聖一行の目的地は中央大陸の丁度真ん中あたりに位置している「盟主の王城」でした。
他にもいくつかの目的は存在していましたが、魔族との戦いの上で「盟主の王城」は大きな意味をもつ場所だからです。
当時のアルトカンタは、盟主の存在によって一枚岩という状況でした。
東西南北にそれぞれの民族が各々で「国」のような組織を持ってはいましたが、公的には「アルトカンタ」という連盟を組んでいて、その盟主が暮らしていたのが「盟主の王城」でした。
西から魔族の軍勢が押し寄せ、今では周囲に気味の悪い森が広がっていて、王城は魔族の根城になっていました。
人間が魔族に対抗するには、「盟主の王城」を奪い返し、人間側の「旗印」となる必要があったのです。
剣聖たちは、一直線に「盟主の王城」へ向かいます。
途中、いくつかの「街」に立ち寄ってみましたが、どれも同じような状態で、人が一人もいません。
「あれは……?」
1人の騎士が声を上げます。
騎士が指さす方向を見ると、何か「生物」が動いているのが分かりました。しかし、それは彼らが望んでいたような出会いではありません。
真っ白な髪に病的なまでに青白い肌がフードの中から覗いている。
帰ってきた騎士たちから伝え聞いた「魔族」の特徴に合致していたのです。
剣聖たちはすぐに臨戦態勢に入ります。どうやら、まだ魔族は剣聖たちに気が付いていないようで、暢気に歩いています。
背は低く、同年代の中でも低身長な剣聖グラッゼと同じくらい。
ただ、周りへの警戒心のなさや動き方を見ていると、おそらく子供であると剣聖グラッゼは考えていました。
少しグラッゼの中で「葛藤」が生まれます。
「本当に必要な殺生なのか」と。
しかし、今の状況が彼を留めることは出来ません。周りの騎士たちの目には「憎悪」の色が見えます。彼らの中には「先の侵攻」で親族を亡くしたものもいるからです。
仕方がない。
グラッゼは自分にそう言い聞かせて、腰に下げた剣を引き抜きました。
すると、視界の端からものすごい勢いでこちらへ向かってくる存在に気が付きます。
今しがた標的にした「魔族」と同じ、特徴を持つその存在は、あふれ出る殺気を振りまきながらこちらへ突撃してきました。
グラッゼは何とかその攻撃を防ぎます。
もう少し遅ければ……。グラッゼはその「魔族」と対峙しました。
しかし、その魔族の行動によってグラッゼは視線を釘付けにされます。
その魔族が、子供の魔族をかばうようにグラッゼたちと対峙したからです。
視線をちらちらと後ろに送りながら逃げていく小さな魔族を見送る光景は、グラッゼにとって衝撃でした。
グラッゼたちはその場を動けませんでした。
勿論、目の前の魔族がグラッゼたちを監視していたのもありますが、根本的な原因は他にあります。
ただ、この場の誰もが苦い表情を浮かべながらその光景を見送るしかなかったのです。
グラッゼたちは「盟主の王城」に向けて歩き出します。
さっきまで、「憎悪」の感情に渦巻いていた騎士の者たちも、今や何も言葉を発しません。
骸はその場に置いていきました。
決死の覚悟であの場に飛び込んできた「勇敢な猛者」に敬意を示しながら、グラッゼたちはその者を葬り去りました。
死に際の「表情」を見た彼らは、もう何が正しいのか分からない状況になっていました。
しかし、足は「盟主の王城」へと向かっています。どうしてなのか、無意識的に足が動いているのです。
グラッゼは考えます。
「本当に必要な殺生だったのか」と。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
まとめて投稿しなおすというところで、どうしようかと悩みましたが、一応今まで通り投稿していきます。ただ、まだご意見お待ちしておりますので、何かあれば是非、感想欄にて教えていただけると嬉しいです。




