85話 真相と虚偽
クランとムンナは王都へ向かっていた。
クランは王都までの2日間、ムンナから色々な話を聞いていた。
最初は領主の愚痴ばかりだったが、途中からは自分を助けてくれた少年の話に移行し、嬉しそうに話すムンナを見て、クランは少し鼻が高かった。
話を聞く限り、アルが自分の身分を明かしていない事にクランはすぐ気が付いた。
だから、アルの名前は勿論、グランセル公爵家の名前も出さないように気を付けていたが、彼女は中々に頭の回転が速いようで、助けてくれた少年が貴族であることや自分を助けようとしたところからあまり良好な関係ではないと予想していた。
「あんな人が次期領主様なら、私は喜んで屋敷に出向くのに……」
最終的に顔を赤らめながらそんなことを呟いていた。
その表情は恋する乙女そのもので、クランは苦笑いをするしかなかった。
御者に簡単な事情を話すと、少し早いペースで馬車を進行してくれた。
休憩時間も少なめにし、夜遅くまで馬車を進め、朝早くに出発することで、予想していたよりも半日ほど早く王都へたどり着いた。
まず、王都の駐屯地へ赴きムンナを衛兵に預け、クランは直接貴族院へ向かった。
「――それは本当か!?」
貴族院に着くとすぐにレオナルドのいる執務室に通され、クランは事の顛末を全てレオナルドに報告する。レオナルドは事の重大さをすぐに察し、クランを連れて王城へ向かった。
迅速かつ内密に解決しなくてはならない問題であるため、謁見の間の正式な場での話し合いではなく、王の執務をこなすための部屋に2人は通された。
「王はすぐに来られます。先に私が話をお聞きします」
王も突然の訪問に準備があるらしく、執務室に通されるとそこで仕事をしていた宰相が先に話を聞いてくれるという流れになった。
クランはことの顛末を話す。といっても、事実をすべて話すわけにはいかない。
人身売買組織に忍び込んだ事は伏せて内部密告があったことにし、ムンナの救出についても屋敷の使用人によるものだと説明する。
一番問題だったのがアルの事だ。
アルは屋敷の中にいるのではなく、街の宿にて待機していると説明する。
流石にこの説明に対して宰相も腑に落ちていない様子だったが、特に突っ込んで話しを聞いては来ない。
「……お話は分かりました。これだけ証拠を揃えられていますし、証人も確保できているという事で今日明日にでも調査部隊を編成し、向かわせることが出来ると思います」
宰相はクランが持ってきた資料を見てそう宣言する。
今日明日にでも調査部隊が出発できるという事なので、2日3日で到着できるということ。つまり、アルは1日以上あの屋敷で時間を稼がなければならないという事になる。
クランの顔に暗い影が出来る。
「宰相閣下。クランをその部隊に同行させてもらえないだろうか」
レオナルドからまさかの提案がなされる。
宰相もレオナルドの提案に少し眉を動かす。
「そこの青年を、ですか?」
宰相はレオナルドから視線を動かさずに、顔色を伺うような感じでそう聞き返す。何か思惑があるのではないかというような表情だ。
しかし、レオナルドは顔色一つ変えない。
「クランは少し特異な体質でして、相手の言動について嘘を見抜くことが出来るのです。それに、街に滞在しているアルも彼に良く懐いていますし、帰りも安心できる」
クランは驚く。
レオナルドに自分の特異体質を伝えたことはない。
それなのに、レオナルドはそれを知っていた。つまり、この人は自分の特異性を知りつつも身近に置き続けていたという事になる。
宰相もレオナルドの言葉を半信半疑に受け取りつつも、調査部隊と共に帰ってくるであろう息子を心配する気持ちを尊重する。
「……なるほど、分かりました。一応陛下に判断を仰ぎます」
宰相の言葉を聞き、レオナルドは一つ頷いて席を立つ。そして、一つお辞儀をしてから執務室を後にする。クランもその背中を追いかけていく。
「――して、そちはこの話をどう見る?」
ユートリウス2世は椅子に深く腰掛けながら宰相にそう尋ねる。
本来ならば自ら話を聞き、彼らの表情を見たかったユートリウス2世だったが、今回はそれがかなわなかった。そのため、こうして宰相から詳しい話を聞いている。
「おそらく話の大筋は真実でしょう。しかし、全てが上手くいきすぎていると思いますね」
宰相は自分の意見を述べる。
宰相の言う通り、クランのいう事を全て愚直に信じると、たった数時間の間の出来事ということ。それにしては、内部告発や屋敷の使用人の反旗など、全てが良い方向に重なりすぎている。
ユートリウス2世も宰相の言葉に大きく頷く。
「うむ、その通りだな。この件もあの少年が関わっているのだろう」
「彼の現在地についても不可解です。街の宿屋にて待機しているという話でしたが、普通従者が自らの主人の息子を一人にするでしょうか」
宰相の意見は至極真っ当だ。ユートリウス2世は無言で考え込む。
「あと、あのクランという青年も中々のものです」
黙り込む王に宰相は尚も言葉を続ける。
「グランセル公爵の話では、相手の言動の真偽を感じ取る特異体質を持っているということです」
「……それはまことか?」
ユートリウス2世は宰相の言葉に強く反応を見せる。
自分が特異体質を持っているだけに、その手の話には強い関心を持っているからだ。
宰相は王の問いかけに頷く。
「私の言葉にも敏感に反応しておりました。おそらく、私が訝しんでいることも承知かと」
クランの反応を思い返してみると、自分が訝しんでいる所でしっかりとした説明を付け足しているように感じた。おそらく、レオナルドのいう事は正しいだろうと考えていた。
「となると、先の件にも絡んでいるかもしれんのぉ」
ユートリウス2世は先の件、ホークスハイム侯爵とグランセル公爵との間の出来事にクランが関わっているのではないかと連想する。
もしレオナルドのいう事が正しいならば、かなり強力なカードである。
「何故、グランセル公爵側に有能な者が集結するのか。まことに面白いものだ」
ユートリウス2世は少し口角を上げながらそう呟く。
長男のガンマは賢く、次男のベルは兄弟の中で真っ先に爵位を手に入れた。そして三男のアルフォートは自分が思うにかなりの切れ者だ。
それに付け加えて、従者まで優秀と来た。
ユートリウス2世は、これから来るであろう変革に思いをはせながら、自らがどのように行動すべきなのか考えるのであった。
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