83話 悪徳領主(2)
※少し長いです。休憩しながら読んでください。
「ここですね」
アルとクランは夜の街を歩いていた。
日が落ちてあたりが暗くなると、昼間以上に街が寂しく見える。商店街では未だ営業をしている店も散見されるが、路肩で営業するような露店は既に店をたたんでいた。
アルたちがいるのは昼間、露店が立ち並んでいた大通りからいくらか外れた路地裏であった。
そして、その路地裏にある薄気味悪い小さな屋敷。そこは、アルの鑑定眼を使用して突き止めた人身売買組織のアジトだ。
「ここからは僕だけで行きます」
「……はい。お気をつけてください」
アルは軽く頷く。
最初はアルの計画に難色を見せていたクランだったが、アルの持つスキルのいくつかを伝えて、実際に目の前で行使して見せると、ようやくこの計画に賛同してくれた。
アルは「隠密」と「気配隠蔽」のスキルを使用する。
すると、クランの目からはアルの存在が視認できなくなる。
アルは屋敷の2階にある窓まで飛び上がる。そして、すっと窓から中の様子を確認する。
「男が1人……か」
アルが覗いたその部屋には男性が1人だけ机に向かって何かを書いているところが見えた。
アルは静かに隣の窓へ飛び移り、また中の様子を確認する。
すると、こちらは明かりもついていなければ人の気配もない。おそらく倉庫か何かなのだろう。
アルは、音が出ないように窓に布を張り付けて、小さくガラスを割る。
そして、窓の小さな割れ目から施錠を解いて中に入った。
予想通りそこは倉庫になっており、棚には埃がかぶっていてあまり人の出入りがないことが容易に想像できる。
アルは一先ずこの部屋から物色し始める。
ただ、やはり倉庫という事もあってそこまで重要な資料や物品は確認できなかった。しかし、ある物の存在からこの屋敷が人身売買の組織のアジトであることが分かる。
「隷属の首輪」。
この部屋には大量の隷属の首輪が安置されていた。
隷属の首輪とは、奴隷に着ける首輪の名称で、この首輪をつける際に闇属性魔法の「隷属魔法」を行使することで対象を奴隷化することが出来る。
しかし、隷属魔法は法的に定められたものしか行使してはならないと王国法には示されている。
「……は明日の昼だそうだぜ」
アルは扉の外から人の声がするのを察知して物陰に隠れる。すると、2人の男が部屋の中に入ってきた。
「おい、何が必要なんだっけ?」
「お前ちゃんと話を聞いてたか? 首輪だよ、首輪」
「あぁそうだった。にしても、昼間見た貢物は良い女だったなぁ」
男たちはアルの存在には気付かず、会話を続ける。
「あれは15になったばかりだぞ。お前もあっちの趣味か?」
「おいおい、領主と一緒にするなよ。俺はあれが下限ギリギリだよ」
男たちは隷属の首輪を持って部屋を出ていく。
さっきまであった男たちの持っていたランプの光が無くなり、また部屋には暗闇が広がる。
男たちの話からいくつかの情報が得られた。
アルが予想した通り、人身売買と領主による町人への淫行はつながっている。
そして、領主は若い女性をターゲットにしているようだ。
「ほんと、下衆だな」
アルは隷属の首輪を一つ懐に入れて窓から外へ出る。
そして、さっきと同じように隣の窓に飛び移っては中を確認しては、人の気配のない部屋に入って証拠となる物品を回収していく。
そして、ここ最近の収支をまとめた資料や貢物として献上された女性の名簿、街の中にある下部組織の情報を得て屋敷を後にした。
「これだけ揃えば証拠としては十分でしょう」
クランはアルが屋敷から持ってきた物品を確認してそう言う。
これだけで何の調査もなく処罰するのは不可能だろうが、これだけの証拠を揃えれば王都からすぐに調査隊が派遣されるはず。
しかし。
「しかし、もう一押し必要ですね」
アルが持ってきた物品は、決定的な証拠とは言い切れない。
隷属の首輪は奴隷が付けている物なので、そこまで珍しいものではない。
また、収支をまとめた資料や女性の名簿、下部組織の位置が書かれた資料についても、決定的な証拠としては弱いだろう。
そうなれば。
「やっぱり一人ぐらい被害者を連れていきますか?」
クランはアルの表情を伺いながらそう言う。
一応、最終手段としてアルが事前に考えていた計画の一部だ。被害者を連れていくことで説得力は圧倒的に高くなる。証拠としては最も強い。
「そうですね……。ただ、孤児では弱いと思います。出来ればこの街の方で……」
アルはふと思いついたように顔を上げる。
そういえば、昼間女性が屋敷に連れていかれていた。
しかし、どうしてこの街の人間は外に助けを求めないのだろうか。
考えられるのは一つ。
何か弱みを握っている?
被害を受けていない者は我が身可愛さに言い出さない可能性は高い。しかし、被害者なら訴えるために外へ逃げ出すくらいはしそうなものだ。
となると、被害者を連れていくのか厳しい。
そこで、思いついたのが彼女だ。
彼女はまだ被害を受けていないはずだ。なぜなら今日貢物として屋敷に送られていたのだから。
「……屋敷に向かいます」
「屋敷とは、伯爵家の屋敷ですか!?」
アルはクランの言葉に頷く。
「……被害者の方が何故外に助けを求めないのか、不思議ではありませんか?」
「それは、確かにそうですね」
アルの言うことは一理あると、クランは思考を開始する。いま彼の頭の中で、様々な可能性が広がっているだろう。
アルはそんなクランを見据えながら言葉を続ける。
「おそらく、被害者の方は何かしら弱みを握られている可能性が高いです。それが人質なのか、若しくは……」
「……隷属魔法の可能性もありますね」
クランの返答にアルは頷く。
人質の可能性もないことはない。しかし、ここは魔法の存在する世界。魔法によって縛ってしまうのが一番効率がいいだろう。
つまり、既に被害を受けている女性たちに証言させるのは不可能だ。そうなると……。
「今日の昼間、女性が泣きながら屋敷に連れていかれるのを見ました。もしかすると彼女なら」
まだ被害を受けていない彼女なら、証言は可能だ。
そして、おそらくこの名簿に彼女の名前もあるはず。つまり、今以上のカードを手にするのに彼女以上の存在はない。
「……分かりました」
クランもアルの思惑をすべて理解する。
クランとて、アルの身に危険が及ぶこの計画をあまり積極的に推したくはないのだが、アルの能力・頭脳の異常さを誰よりも理解していた。
そして、この計画以上のものを提案できないのも確か。
「では、クランさんは退路の確保をお願いします。もし何かあれば大きな声を上げて馬車の方へ逃げてください。僕も即座に退却しますから」
アルはそう言って屋敷の方へと向かう。
流石に屋敷には夜間であっても警備のものが待機しているので、クランと共に行動するわけにはいかない。
しかし、アルにとってはそちらの方が好都合だった。
アルはさっきと同様に「隠密」と「気配隠蔽」のスキルを発動させる。
いくら視認できなくなるといっても物音などで気付かれる可能性もあるので、屋敷の正面から入っていくようなことはしない。
アルは屋敷の側面に移動し、屋敷を囲う鉄の柵を飛び越える。
普通の人間なら飛び越えることなど不可能だろうが、アルの身体能力を持ってすれば、そこまで難しい事ではない。
「おそらく領主の部屋は2階より上。貢物とはいえ逃げられては困るから……」
アルは思考を続けながらも、歩を進める。
昼間見た女性は逃げられないように牢屋のようなところに入れられているはずだ。そうなると……。
アルは1階にあった少し開いている窓から中を確認する。
そこからは、使用人たちが一生懸命に働いている姿が見える。時間が夕食時だからか料理をしている者、その料理を運ぶ者が多い。
「これなら、忍び込んでもバレないかな」
アルはゆっくりと窓から中に侵入する。部屋の中に人はいるが、アルの気配に気づく者は誰一人としていない。
「おい。お前、ぼさっとしてないで料理を運べ! 早くしねぇと売り飛ばされるぞ!」
「はい!!」
料理人から物騒な声があがる。
そして、料理人に指示を出された男性の使用人は顔を真っ青にして料理の乗せられたワゴンを引いて部屋を出ていく。
言葉のあや、か? それにしても……。
アルは料理人の言葉が引っかかる。言葉のあやだとしても「売り飛ばす」なんて言葉が出てくるだろうか。いや、普通はあり得ない。つまり……。
アルは様々な推論を立てながら廊下に出て屋敷内を移動する。
屋敷の中は割と単純な構造をしている。
二階に上がる大きな階段が正面玄関のすぐ近くにあり、そのサイドに大部屋が2つ。そしてそこから奥に向かう廊下が左右に広がっている。
屋敷は一つで、離れのような建物は無い。つまりこの屋敷のどこかにあの女性はいるはずだ。
そして、アルはすぐにその場所に辿り着く。
「安直だね。棚を動かせば隠し階段か」
アルは屋敷の構造を把握しながら、ある一点の不可解な場所を探り当てる。
左右対称に部屋が構成されているのに、この部屋だけ少し歪な形をしているのだから、すぐに分かることだ。
アルは隠し階段を降りていく。すると、シクシクと女性がすすり泣く音が聞こえ始める。
人の気配は彼女だけ。見張りでもいるのではないかと予想していたが、どうやら彼女が逃げ出せないと高を括っていたらしい。
アルは、壁に掛けられていた鍵を取る。そして、彼女が収監されている牢屋のカギを開ける。
カチャンッと急に鍵が開いたことに、女性は体を大きく震わせながら反応する。
そこでアルはスキルの発動を無効化する。
「――!?」
突然目の前に現れた少年に、その女性は声にならない悲鳴を上げる。
しかし、すぐにアルの存在が悪いものではないと理解したのか、救いを求めるような視線に変わる。
「あなたの名前は?」
アルは優しい声でそう尋ねる。
見るからに怯えられているわけでは無いが、物腰低い声色の方が彼女にとっては良いだろうと判断したからだ。
「……ムンナです」
アルはその名前を聞いて、記憶していた名簿の中に名前があることを確認する。
「ムンナさんですね。ここには人は?」
「私がここに入れられてから、誰も来ていません。衛兵の方は3日分の食料だと言って、そこに非常食を置いていきました」
なるほど。連れてこられたからといってすぐに行為に及ぶわけではないと。
アルにとってこれは嬉しい知らせだった。しかし、それにしても不可解な点がある。
「……なぜ3日分なのか、知っていますか?」
「ここの長男が帰ってくるのが3日後なのです」
アルは彼女の言葉ですべてを理解した。
つまり、夜の相手をさせているのは長男のクルーンであり、領主ではないという事だ。
しかし、領主もその事を容認しており、衛兵たちに命令を出している、と。
「それは何よりです。僕はあなたを連れて王都へ向かい、事の顛末を王に報告したいと思っています。そこであなたに証言してもらいたいのです」
アルの言葉に一瞬、顔色が暗くなる。
目の前の希望の光に先ほどまではすがるしかなかったが、こうして現実に引き戻されることで、意思が揺らいでいるのだろう。
「あなたが嫌なら無理に証言させることはしません。何なら、王都まで護衛して安全な場所を確保しても良いです」
アルは彼女に極めて紳士的に接する。
彼女の証言が得られないのは確かに痛手だ。
しかし、だからと言って彼女に無理やり証言してもらわなければならないのかといえば、そうでもない。
もしかすると、調査にかかるまでに時間を有することとなり、今以上に被害者を増やしてしまうかもしれないが。
しかし、アルの言葉を受けて、少女の目の色が変わった。
彼女の顔は、今まで自分たちがされてきた悪事を許せないという顔だ。
「……私はここの領主を許すことが出来ません。私の友達も、ここの領主に……」
彼女の目から今にも溢れそうな涙が滲んでいる。おそらく、彼女の友人も被害者なのだろう。
「あなたの言う通り、証人として領主を訴えます!」
彼女は涙をぬぐい、まっすぐアルの目を見てそう宣言する。とても強い目だ。
「分かりました。あなたの英断に感謝します」
アルはそう言って彼女に笑いかける。そして、彼女の手を取って階段を上がっていくのだった。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
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