正義のミカタ
「丈一、だったんだ。チャンネラーの正体。」
ひどく乾いた声で瑠李が呟いた。
「なんでここに?」
「さっき子供が泣きついてきたんだ。“チャンネラーに食べられちゃう!”って…。」
「あっ……ちゃぁ…。」
丈一は後方からアノンのじっとりした目線を感じる。
「…ねぇ、さっきの化け物は何?丈一の体、どうなっちゃったの?」
「…あれがゾンビの本体だ。あいつら人が見てないところでああやって力づくで数を増やしてったんだ。俺の体の方は……改造されたんだよ、色々あって。」
「そう…なんだ。」
瑠李の返事はどことなく歯切れの悪いものだった。
「とにかく瑠李ちゃん、ここで見たことは絶対に他言しないでくれ。頼む!」
「無理だよ。…私警察だよ?」
「そこをなんとか…!」
「…丈一、警察に全部話して協力してもらおうよ。警察が一緒なら丈一ばかり危ない目に合わなくたっていいし…ファイヤーだってそうしてたでしょ?」
「それが…言いにくいんだけど…。」
「警察は信用できない。」
言い淀む丈一に対してアノンがはっきりと言い放った。
「なんなの、あなた?そもそも丈一に戦わせて、そんな動画ネットに上げて何するつもりなの?」
「…少なくとも、動画を作ることに関してはこの男も合意の元なのだけれど。それにゾンビの存在をひた隠しにしてる国家権力なんて信用できると思う?」
「それは…。」
「この際だから思いきって聞くけど、あなたたちはどこまで知らされているの?」
「…言えない。社会の混乱を防ぐために警察がゾンビの存在を公に認めるわけにはいかないもの。」
「そう…。あくまでそういうスタンスなのね。警察は。」
「…虫のいい話なのはわかってる。でも、警察だけの力じゃどうにもできない。だからこそ協力してほしいの、丈一。」
「…んなこと言われてもな。」
「お願い!行方不明の子供達の命がかかってるの!」
瑠李の言葉にアノンが反応を示す。
「“子供達”…?それって…。」
「この街で頻発してる子供の連続失踪事件…!警察の上層部は何故かまともに捜査させようとしない。だから私、自分で調べていたの。山木って男を張ってたんだけどまさか今の化け物って…。」
「…そう。あれが山木。正確にはそのゾンビの成れの果て。」
「そっか…ゾンビが絡んでたんだ。通りで上が腰を上げないわけだ。…丈一。」
瑠李が急に丈一の方に向き直した。鞄から何かを取り出し丈一に差し出そうとする。
「な、なんだ?」
「…これ、行方不明になった子供達のリスト。何か手がかりになるかもしれないから。私のことは信じなくてもいい、でもこの子達だけは……。」
「…助けろって言うのか?俺に?」
「え?」
「ガキはゾンビにできねえ。だからその実験のためにガキ共は連れてかれてる。そう言う話だったよな?」
「…まぁ、それは推測だけれど。」
「こんなに実験材料がいるのにまだ連れてこうとしてるってことはさ、もう何人かその実験とやらでダメになっちまったんじゃねえか?」
「何が言いたいの…?」
「相手はゾンビだぜ?何を考えてんのかもわからねえ。ガキ共だって五体満足はおろか生きてるかだって怪しい。たとえ無事なやつを助けたとしても間に合わなかった奴がいたら…どうしてもっと早く来なかったんだって叩かれるだろ?」
「だからってこのまま放っとけばもっと被害が大きくなるんだよ…!?」
「いいや、ゾンビの方は必ず仕留める。でも、ガキは知ったこっちゃない。変に足跡を残して動画に低評価付けられたら金が出ないからな。というわけでこんな資料は要らん、返す。」
「丈一…全部お金の為だったの?こんなことしてるのは。」
「…お前の方こそ何勘違いしてたんだよ、俺は今も昔も“ヒーロー”なんかじゃない“役者”なんだ。演技して金稼ぐ、それだけだ。なんにも変わっちゃいない。正義のヒーローなんてもんはモニター越しに勝手に押し付けてる幻想だろうが。こりごりなんだよ、そういうのは。」
そう言い捨てると丈一は踵を返す。瑠李は口を閉ざしたまま俯いていた。
「…ちょっと、ジョー。どこ行くつもり?」
「先帰る。」
◆
夕暮れ時、とある個室焼肉店に二人の若い女が訪れた。瑠李とアノンである。
あの後、すっかり意気消沈してしまった瑠李をなんとなく放っておけなかったアノンは彼女を食事に誘っていた。
「ごめんなさい。気使ってもらっちゃって。」
「いえ、気にしないで。そんな大層なものじゃなくて話、色々と聞きたかっただけだから。」
「黒倉さん…でしたよね?」
「ああ、“それ”好きに呼んでいいわ。芸名だから。それと歳も近いようだし敬語も無しにしましょう?」
「……うん、ありがとう。って、“芸名”?」
「あ…私、一応女優だから。」
「へぇ、すごい!ドラマとか出てるの?舞台とか?」
「いや…ええと、AV…とか。」
それを聞いた瑠李が急に顔を真っ赤にする。
「ああ…もう!こういう反応されるから言いたくなかったのに!」
「ご、ごめんって!私、そういうのあんまり詳しくなくて…!でも、なんでそんな人がこんなことしてるの?」
「…それに関してはただの偶然よ。たまたま家の近くに捨てられてたジョー…五月雨霧を拾ったら、なんやかんやでゾンビから助けられて…私がその動画をWanTubeにアップしたらお金になるんじゃないかって提案したの。そしたらあの男妙に張り切り始めて…ごめんなさい。ああなっちゃったの私のせいかも。」
その言葉に瑠李が笑った。
「ふふっ…そんなことないよ。あいつは昔からああだもん。」
「そう…あなたの方は?なんであんな男と知り合いなの?」
「私のおじいちゃん、石田崎浩三郎っていうんだけど。スカルファイヤーってヒーロー番組撮ってたんだ。丈一はそのおじいちゃんに拾われた当時売り出し中の新人役者。おじいちゃん以外の身寄りがなかった私はちょくちょく撮影現場に連れてかれて面倒見てもらってたんだ。丈一ともそこで知り合った。丈一ってばあの頃から子供嫌いで近づくといつも嫌な顔してたなぁ…それはそれで面白かったけど。」
「…今思うとなんでそんな男がヒーローなんてやろうと思っていたのかしら。」
「さぁ。おじいちゃん、口だけはうまいから乗せられちゃったのかもね。でも、スカルファイヤー…壱郷空介を演ってた時の丈一は本当に真剣だったよ。私はそんな丈一のこと見て本当に空介みたいな人がどこかにいるって信じてた。怖くても辛くても一人で戦い続ける空介に憧れて、警察官にまでなったんだもの。…でも、丈一変わっちゃった。根っからの正義の味方だった壱郷空介はもう見れないと思うと寂しいな。」
「それは違う。」
「え?」
「そもそも壱郷空介はスカルファイヤー全42話の中で一度だって“正義”なんて言葉は使わなかったわ。グロッカー達も自分なりの正義の下に行動してるのを感じていたから。だから最後まで決して自分が正義だなんて名乗ったりしなかった。壱郷空介は正義の味方なんかじゃない。ただ自分が信じたもののために…誰かの笑顔を守るために戦ってるだけ。それは今も…ジョーも変わってない。あいつが今何を信じて戦っているのかは分からないけど。」
「見てたんだ…スカルファイヤー。」
「あっ…。」
今度はアノンの顔がみるみる赤くなる。
「ああ、もうっ!今日こんなのばっか!」
「ははっ…これでようやく納得いった。だからアノンちゃんみたいな子が丈一に付き合ってるんだね。」
「…そうよ。初めてあの男がゴミ捨て場に寝転がってるの見た時心臓止まるかと思った。…このこと、ジョーには黙っておいてもらえる?」
「丈一は知らないんだ。」
「言っちゃったら今後の活動に支障をきたすでしょ…色々と。」
「でも正直幻滅しなかった?カメラが回ってない時の丈一、あんなのでしょ?」
「そりゃ…あんなにガッカリな性格だけれど、根っこの部分はテレビ越しに見てたのと何にも変わらないもの。ヒーロー呼ばわりされるのを嫌がるのもきっと、正義っていう言葉に対してどこまでも真面目だからだと思う。自分が負えない分の責任を絶対に背負わないためにああいう態度をとってるんじゃない?」
「…そうかな?…ううん、そうだったかも。丈一はいつだってそういうやつだった。」
「子供達のこと、私はこっそり協力する。できることがあったらなんでも言って。ジョーは拒むでしょうけどそれとなく仕向けてみるから。」
「うん…ありがとう。あ、そうだ。一つ訂正していい?」
「え、何?」
「実は壱郷空介は一度だけ正義って言葉を使ってるんだ。本人出演の遊園地のヒーローショーでね。」
「…!?……ヒーローショー!?盲点だったわ…。だって行きたくても行けなかったんだもの。」
「ふふっ…それも最初の一回だけで、丈一すぐにセリフ変えちゃったんだけどね。ショーだとテレビと勝手が違うみたいで空介のキャラもだいぶ変えてたなぁ。」
「ちょっと、その辺…詳しく聞かせてくれない?」
◆
その後も、スカルファイヤー談義と丈一の悪口で二人は盛り上がりいつの間にか時刻は店の閉店時間間際になっていた。
「わっ、もうこんな時間。帰らなきゃ。」
「あ…そう?なら、お会計こっちでしとくけど…。」
「えぇ、いいよそんな…。」
「ここは奢らせて。まだ話したいことはたくさんあるんだから。もしよければまたどこか食べに行きましょう。」
「……うん。わかった。今度は奢らせてね。いい店探しとくから。今日はありがとう、久々に人とこんなこと話せて楽しかった。」
「こちらこそ。」
瑠李はぺこりと頭を下げて店を出て行った。
それからすぐにアノンのスマホが鳴る。
__あの、家の鍵
丈一からのメッセージだった。
事務所を追われ、住んでたアパートをも追われた丈一は現在、アノンのマンションに転がり込んでいた。
そのメッセージを見たアノンは額を軽く指で押しながら店を後にしようとする。
ふと、瑠璃の荷物があった置き箱に鍵付きの手帳が落ちているのに気づく。厳重に閉じられ3桁の暗証番号を入れない限り、横からも覗き見れない代物だった。
「…これ?」
◆
「降ってきやがった。」
丈一はアノンの部屋の前で大降りの雨を眺めながらコンビニで買った酒をチーズ鱈で一杯やっていた。
やがてエレベーターの着く音と共に廊下から一つの足音が聞こえ始める。
「お、帰ってきた。…って、なんだ?傘ぐらい差せばよかっただろ?」
部屋の前に戻ってきたアノンはずぶ濡れになりながら青い顔をしていた。
「どうした…!?おい…!」
「ジョー…落ち着いて聞いて。」