7.悲劇とそれから……(1)
改稿しました(2021年7月30日)
香織は、いつも通りの朝のルーティンを終わらせ、外に出る準備を整えた。
昨日の一日で世界は一変した。ダンジョンが生まれ、その中からモンスターが溢れ出した。
モンスターの大群は自衛隊などが殲滅したが、被害も多数出た。死者約一万二千五百人、重軽傷者約三万五千人。
昨日一日の被害の数だ。香織は、これを朝のニュースで知った。香織の学校は、香織が守ったため被害ゼロだったが、その他の学校やショッピングモールなどの人が多く集まる場所で被害が出たのだ。
この事態を受けて、政府は銃刀法を撤廃し、民間人も武器を携行してもらいたいと発表した。
多くの支持と多くの批判があったが、結局は撤廃の方向で決まったのだ。
「物騒になりそうだなぁ」
朝のニュースで見た香織の感想だ。モンスターに対しての措置なのだが、これを人に対して振うものも現れるのではないかと、危惧しているのだ。
「これで、よし」
外に出る準備が完了したので、外に出る。今回の目的は、友人である咲の無事をもう一度確かめる事と、安全に暮らすだけの力を教える事だ。それと同時に、魔物を積極的に倒し、錬金術で使う素材を手に入れる事だ。魔物を倒す事で、特殊な素材を手に入れられる可能性があるのは、昨日の火薬で分かっている。
香織は、腰に鞭を引っ掛け、手に棒を持って歩く。この棒は昨日、刻印魔法で強化した棒だ。金属バットなどよりもはるか強くなっている。香織は、咲の家に向かって進んで行く。
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「何か、モンスターの数が増えた? てことは、やっぱり、昨日の撃ち漏らしがいるって事だよね」
咲の家に向かう道中、昨日一昨日と比べ物にならないほど魔物に出会っていた。その度に、鞭や棒を振い、モンスターを倒していった。昨日のモンスターの行進の生き残りかもしれない。香織でも問題なく倒せる強さだったので、特に怪我をするということもなかった。
倒した魔物は、基本的に回収していく。あまりにも、ぐちゃぐちゃになってしまうものに関しては、回収を諦めて、灰にしていった。もし、死体を食べるようなモンスターがいたら危険だからだ。
「後で、レシピ確認しないと。面白いのができれば良いな」
香織は、独り言を言いながら、先に進む。
三十分ほど歩くと、咲の家に着いた。普段なら十分程で着くはずなのだが、魔物の相手をしていたら、歩みが遅くなってしまった。
咲の家は、昨日見た時と何も変わらなかった。香織は、インターホンを押す。
ピーンポーン……
誰も出なかった。
「あれ? 出かけてるのかな? いや、流石にないよね?」
昨日のモンスター大量発生を受けて、すぐに出掛けるということは、あまりしないだろう。香織は、携帯を取り出して咲に電話をかける。
『――おかけした番号は電波の届かない場所にあるか電源が入っておりません――』
咲は出なかった。香織は、この状況を訝しみ、咲の家のドアに手をかけ捻る。すると、ドアは、あっさり開いた。鍵が掛かっていないのだ。
「開いてる?」
香織は、慎重に中に入った。
咲の家の中から、何も音がしない。そして、人がいる気配もしないのだ。香織は万が一のことを考え、土足で上がる。
(ごめん、咲。もし、見当違いだったらちゃんと掃除するから)
心の中でそう謝り、リビングに入る。
初めて咲の家のリビングに入るが、香織の感想は、真っ赤ということだった。
「うそ……」
部屋が赤い家具で統一されている。それだったら、どれだけ良かったことか。
部屋が赤い理由は床に転がっている。
死体だ……
身体中が滅多刺しにされている。辛うじてわかる顔から、咲の母と父だと分かった。
「咲は……?」
周りを見るが咲の両親以外の遺体は、存在しなかった。
「自分の部屋にいるの…?」
香織は、階段を上がる。念のため、部屋を一つ一つ調べる事にした。最初の部屋は、男の子の部屋だった。その中にも遺体がある。咲よりも背が小さい。確か、弟がいると言っていたので、弟なのだろう。香織は遺体を詳しく調べずに、そう判断する。
次の部屋に入る。そこは、ピンク色の家具が多めの部屋だった。咲はピンクが好きだったので咲の部屋だろう。香織は、警戒しながら中に入る。咲の部屋にも血痕があった。だが、リビングや弟の部屋よりも血の量が少ない。それどころかあるのは血の手形だけだった。
「咲の手じゃない。それよりも大きい……」
そう、香織が見つけた血の手形は、咲の手と比べて一回り大きかった。
香織は、咲の部屋をくまなく探す。すると、薄らながら、足跡が付いていた。
「これも咲のじゃないはず。こんなに足が大きかった覚えがないし……」
香織は、足跡を辿っていくと、この部屋の中で動き回った後、再び下に降りている。
「今、分かることをまとめると、咲の家族が殺された。そして、それは魔物によるものじゃない。この足跡は靴だ。大きさから見たら男性のもの。咲の血らしきものが無いから、咲はまだ生きている可能性がある」
香織は、玄関に戻り靴を確認しに向かう。
「えっと、これは違う。これも違う。これは、ローファー。やっぱり無い」
玄関にある靴を確認すると、この前、一緒に買い物に行って買った靴がない。
「襲ってきた人から逃げるために、引っ掛けて走ったのかな」
しかし、相手が男性のため逃げ切れた保証がない。外に出て、玄関周りを確認すると足跡があったが、道路に出た瞬間途切れた。
「手掛かりがなさすぎる」
咲の家の敷地から出ると、少し離れたところに大柄の男がいた。
「てめぇ、ここで何してる?」
男が、そう聞いてくる。
香織は、それを無視する。こんな世界になってしまったからか、ヤバい奴が出てきたと思ったのだ。
「てめぇ! 無視すんじゃねぇ! てめぇはここの家の関係者か!?」
はぁ、と香織はため息をついてから
「友人の家」
と答えた。
「へっへへ、俺にも運が回ってきたな。てめぇ、大人しくこっちに来い」
「嫌だ」
「うるせぇ! 口答えすんな! そこの家の奴らと同じく殺すぞ!」
その言葉に香織はピクッと動く。
「ここの家の女の子は?」
香織は男にそう聞いた。
「あぁ、そいつを捕まえるためにお前を人質にすんだよ」
頼んで無いことまで答えた。自分が優位に立っていると思っているからだろう。
「ふうん……ってことは、まだ生きてるんだ」
「はっ! それも時間の問題だがな! 安心しろよ、お前もあいつを殺したら殺してやるからよ!」
「なんで、あの娘を殺そうとするの?」
香織は、一番疑問に思ったことを聞く。そもそも、咲の家族を殺す
「強盗と殺人の現場を見られちまったからな。こんな世の中だが、警察は生きてるんだ。捕まったらおしまいだろ? 殺しておけば魔物に殺されたと勘違いするじゃねぇか。こんなの利用するしかねぇだろ!?」
男は、そんなことを言い出した。とんでもないクズ野郎が現れた。
「ほら、さっさとこっちに来い! さもねぇと、今すぐ殺すぞ!」
男は血塗れたナイフを取り出しながらそういう。
男の声は、かなり大きいので、周りの家にも聞こえているはずだが、誰も出てこない。みんな関わりたくないのだ。
「うるさい……」
香織は、そう言いながら鞭を振った。香織の振った鞭は、勢いよく男の手に当たった。ナイフを持った手に。
「っっっうぁ!」
男の手の甲はえぐれてしまった。
「あああああああああ!」
男は、叫び声を上げている。香織は、そんな事を気にもせずもう一度鞭を振るった。
バシンッッっと大きな音がした。
鞭の先端が男の背中に当たったのだ。男は、叫び声も上がらないほどに悶えている。
「てめぇ! こんな事してただ済むと思うなよ!? てめぇが。許しを乞うまで犯してから、痛めつけて殺してやる!」
男は、眼を血走らせてそんな事を言った。痛みと怒りで呼吸が荒くなっていく。
香織は、お構いなしに鞭を振るった。
バチュッっと音がたった。その一瞬後、
「ギィヤァァァァ‼︎」
と醜い叫び声が響き渡った。
「眼ガァァァァァ!」
香織の鞭が、男の眼を正確に潰したのだ。
普段の香織ならこんな事出来なかっただろう。だが、今の香織は静かな怒りに呑まれていた。
その目と表情は、凍てつくような無が存在した……
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