50.淡い希望
香織達は、冒険者達と富士山近郊まで来ていた。
「あそこにいるわね」
「うん。まだ、こっちを敵視はしてないみたいだね」
「ですが、咲様が近づいてしまったら反応してしまうのでは?」
焔の言うことは最もなので、咲は黒龍から一番離れていた。
「黒龍の縄張りは、どこからどこまで何だろう?」
「確認したいのは分かるけど、私は近づかないわよ。近づいたら、すぐに戦闘になる可能性が高いじゃない」
「そうですね。私達が近づいても反応するでしょうか?」
「どうだろう? 咲の領空権には反応するだろうけど、持っていない人にはどう反応するんだろう」
香織は、実験してみたくて仕方ないらしい。しかし、咲が許すはずもなく、不服そうな顔をして渋々受け入れた。
「全員集まっているな! 黒龍討伐を始めるぞ! 準備をしろ!」
玲二の指示で、隊列が整っていく。
「よし! 準備はいいな! 魔法部隊、詠唱開始!」
『猛火よ・槍となりて・打ち据えよ』
『暴風よ・槍となりて・敵を貫け』
『水よ・彼の者を・打ち据えよ』
『稲妻よ・空を走り・貫け』
『水よ・凍てつき・槍となりて・敵を貫け』
何十人もいる魔法部隊から様々な詠唱が響き渡り、魔法が発動可能状態になる。そのまま維持し続け、玲二の合図を待つ。
「香織、あいつの動きを止められるか?」
「出来なくはないけど、一瞬だと思うよ」
「合図でやってくれるか?」
「分かった」
魔力の高ぶりを感じたのか、黒龍が香織達を見る。
「今だ! 一斉発射!」
玲二の合図で魔法部隊の三分の二が魔法を放つ。それと同時に、香織が黒龍に対して超重力を使い、身体を地面に押しつけた。
ガァッ!?
いきなり地面に押しつけられた黒龍は、一瞬苦しげになったが、すぐに超重力の拘束を無理矢理引き剥がす。その一瞬のうちに、魔法部隊が放った魔法が、黒龍の元に届く。
ガァァァァァァ!!
黒龍の声が辺りに響き渡る。姿は魔法の着弾によって生じた砂煙に覆われた。
「……どうだ?」
玲二は思わずそう呟いた。その瞬間、砂煙が大きな風圧で晴らされていく。そこから現れたのは、ほぼ無傷の黒龍ネロ・ベルニアだった。
「少し傷が付いているな」
「ああ、このまま魔法攻撃を続ける!」
魔法が無効化されるわけではなかったので、玲二は魔法による攻撃を主体とした作戦のまま行く事を決めた。
ガゥアアアアアアアア!!
黒龍の咆哮が響き渡る。そして、大きな羽を羽ばたかせてこちらに突っ込んでこようとする。
「咲! 焔!」
香織の呼び掛けに、二人はすぐに行動する。咲は空を駆けて、黒龍に接近していく。焔は地上を走りながら、いつでも攻撃出来るようにしている。
「坂本さん、私も行きます。私達に遠慮せずにどんどん魔法を放って下さい」
「分かった。健闘を祈る」
香織も咲同様に空を掛けて黒龍に接近していった。
「俺達も戦闘の準備はしておくぞ! 何が起こるかは分からないからな!」
玲二は近接部隊の皆にそう言って発破を掛けていく。
(俺達もスキルや職業を進化させて、一段階強くなっているはずなんだがな)
玲二はまだ少し遠くにいる黒龍を睨み付ける。
「黒龍……これほどの強さだとは……」
玲二は、自分達と黒龍の強さの差が大きいことを改めて実感した。
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黒龍に接近していった咲は、黒龍の敵意が玲二達、冒険者から自分に移ったのを感じた。それと同時に、自分の黒龍への敵意が増幅したのも感じた。
(これは……多分、領空権の影響ね。私はモンスターでは無いのだけど、権利を所有していると、その影響も受けてしまうという事ね。こちらが、縄張りに進入しているのにね)
敵意は増幅したが、それにより我を失うということはないようだ。
そうこうしているうちに、咲と黒龍の距離がどんどん縮んでいった。
「はあああああ!!」
咲の刀に猛烈な風が纏っていく。
ガアアアアアアア!!
黒龍は前脚を振りかぶり、咲に向かって振り下ろす。咲はその脚に向かって刀を振う。甲高い音を立てて、咲の刀と黒龍がぶつかり合う。
咲と黒龍の力は完全に互角で、互いに一歩も譲らない。だが、先に退いたのは黒龍の方だった。刀と前脚がぶつかり合った瞬間に、消え去ったように見えた風が黒龍の脚を滅多斬りにしていたのだ。
ギャァァァァァァァァァ!!!
咲の風の刃は、黒龍の鱗を次々に剥いでいっていた。
「やっぱり、前までの刀よりも黒百合の方が、魔剣術の威力が格段に上ね」
前脚の片方に無数の傷を付けられた黒龍は、咲に対する敵意をより一層強くした。その目には咲しか映っていない。だからこそ、気付くのが少し遅れてしまった。
「はい。『束縛の鎖・改』だよ」
咲や黒龍よりも遙かに上空から大量の鎖が落とされた。その鎖は、黒龍の身体、特に羽に重点的に絡みついた。
「身体の動きが阻害されたら飛びにくいよね。でも、それだけじゃないよ」
鎖に埋め込まれている赤い宝石が光り、黒龍が苦悶の声を上げる。『束縛の鎖・改』には、相手を鎖で雁字搦めにするだけでなく、もう一つの効果がある。それは、絡みついた鎖の重量を何十倍にもに上げるというものだ。さすがの黒龍も身体もうまく動かせない羽に加えて、重量が増えてしまえば、飛ぶことが難しいようだ。
「咲! 離れて!」
香織の声に瞬時に反応し、咲はその場から離れる。それと同時に大量の魔法が黒龍に向けて飛んできた。
「その状態じゃ避けにくいよね」
魔法のほとんどが黒龍の身体に当たっていく。多少の抵抗はあるみたいだが、やはり、魔法は無効化されるわけではないようだ。
咲による攻撃、香織の鎖による束縛、さらには魔法の連打。黒龍は、空を飛び続けることが叶わずに、地上に墜落していく。
そのまま地面に激突する。それだけのはずだったが、そこにもう一撃加えられた。香織や咲とは違い、地上を走っていた焔が高く飛び上がってすれ違いざまに斬ったのだ。
「硬い……」
咲の刀よりも弱い焔の刀では、軽い傷を付ける事しか出来ない。それでも、確かなダメージは与えている。
「焔! 大丈夫!?」
空を駆けていた香織と咲が地上に降り立つ。
「はい。黒龍の身体ですが、私の刀では浅い傷を少し付けるくらいしか出来ませんでした」
「魔法も効いてはいるんだろうけど、大ダメージというわけではなさそうだね」
「そうね。黒龍の強さは、私達の予想を超えてると思うわ。ここからは、本気でいかないといけないわね」
香織達が互いの無事を確認し終えると同時に、黒龍が咆哮する。
ガアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!
黒龍は香織、咲、焔で並んでいるにも関わらず、咲しか見ていない。香織の鎖で身体の自由が利かないにも関わらずだ。
「咲への敵意が半端ないね」
「私も似たようなものよ。スキルの影響か、今ここで倒さないといけないって必要以上に感じているわ」
「どうしますか?」
「咲は普通に相手して。私と焔は遊撃。なるべく咲の戦闘が楽になるようにするよ!」
香織の言葉に二人が頷く。そして、咲が黒龍に向かって駆け出す。黒龍も自由が利く脚を使って地を駆けてくる。
「すぅーー……はぁーー……」
咲は走りながら深呼吸をする。そして、身体に力を入れて、赤黒いオーラを纏う。さらに、眼が赤く輝き、額から角が生えてくる。
咲の鬼神化は、前までだったら大きな代償が存在した。一定時間使用してしまえば、その後は眠りについてしまうというものだ。しかし、咲はこの代償を克服していた。黒龍討伐戦に備えて、鬼神化がどのくらい使えるのかを調べるために、常時鬼神化して過ごしていた。どこかの漫画でやっていた修行法だが、やってみた結果、代償がなくなっていることを知ったのだ。
「はあああああ!!」
鬼神化の力を纏った黒百合で黒龍を斬りつける。すると、さっきまで表面しか攻撃出来ていなかった黒百合が、黒龍の肉を抉った。黒龍は、痛みを感じたのか、少し顔を歪めた。しかし、身体の動きは止めずに、咲に向かって前脚を振う。
「くっ!」
咲は、地面に結晶を二つ落として、簡易結界を張る。進化した香織の作った結界なので、大概のモンスターの攻撃なら完全に止めることが出来る。しかし、相手は、その大概に含まれないモンスターだった。多少の勢いは失われたが、黒龍の攻撃は咲に命中してしまう。
「きゃあっ!!」
直前で刀を盾にしたのだが、それでも吹き飛ばされてしまう。
「咲様!」
焔が飛び出して、咲を受け止める。黒龍はさらに追撃を掛けようと、咲を追い掛けようとする。しかし、その歩みは止めざる終えなかった。
「よし! 接着完了!」
黒龍の後ろ足と尻尾が地面に接着されていたのだ。
「悪魔でも剥がせなかったお墨付きの代物だよ!」
ここでようやく、黒龍の眼が咲ではなく香織の方を向く。
「私を見ていて良いのかな? 足下がお留守だよ」
黒龍に人の言葉が分かれば、ここで自分の足下を見ていただろう。しかし、黒龍には人の言葉を理解することは出来ない。香織に向かって、口を開く。段々赤熱していく口内。二年前に逃げ出したときも放った炎の息吹だ。香織はあの時の記憶が蘇るが、その場から動こうとしない。そして、炎を吐こうとした黒龍の足下で大爆発が起きた。
ギャァァァッ!!!
黒龍は爆発に怯み、炎の息吹は中断された。そして、そこに大量の魔法が降り注いできた。
グゥゥゥアアアアアアアア!!
強さで言えば、予想よりも上だったが、香織達の作戦がささったのか、ここまでは、かなり順調に進んでいる。
「まだまだ!」
香織は、多種多様の魔法を黒龍に放っていく。黒龍の姿が段々見えなくなっていく。
「咲様、痛みは?」
「大丈夫よ。ありがとう」
咲は、身体に不調がないか確認しつつ立ち上がる。
「黒龍は?」
「マスターが攻撃をし続けています」
咲が黒龍の方を見ると、焔の言うとおり、香織による魔法の連続攻撃が黒龍に対して撃ち込まれている最中だった。
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その様子を少し離れた所から玲二達冒険者が見ていた。
「あれなら大丈夫そうか……」
「そうだな。強さ的には俺達よりも遙かに上だが、香織達がいれば勝てそうだ」
冒険者達の間で、これで勝てたという気持ちが広がっていった。しかし、それはすぐに絶望に変わる。
「あれは……」
「一体何だ……?」
玲二達の見ている先で、黒い爆発が起きた。
「香織! 咲! 焔!」
玲二達冒険者の顔が青くなっていった。
ここからが、黒龍との戦いの本番となる。
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