45.ささやかな平和
東京攻略から一週間が過ぎた。
香織と咲は、皇居宮殿でも話していたとおり、長閑な生活を送っていた。
「マスター、回復薬の在庫が切れそうです。補充をお願いします」
「は~い」
実際のところ、戦闘回数が減っただけで、別の意味では忙しかったのだった。
「何で急に売れ出したんだろう?」
「東京攻略の時に、効能がすごい事を知られたからじゃないかしら。購入者のほとんどは、顔なじみでしょう?」
「そうですね。東京攻略を一緒に経験した方々が多いですね。おすすめされて、いらっしゃった方々もいますよ」
東京攻略の時に、香織の回復薬を使った冒険者達が、そのコミュニティの広さで、香織の店を広めていっているらしい。香織としては、ありがたいことなのだが、結局、ゆっくり出来ていないので、複雑な気持ちだった。
「回復薬を自動で作る機構でも開発しようかな……」
「もはや、錬金術師の領分を超えているわね。そういえば、東京攻略で手に入れた進化の権利は何かに使ったの?」
「うん。錬金術に使った」
そう、香織達は、東京を攻略した結果、赤龍と戦ったときに手に入れたのと同じ、進化の権利を手に入れた。
────────────────────────
攻略直後、冒険者の皆が喜びで歓声を上げている最中に、赤龍の時と同じように空から声が降り注いできた。
『フィールドダンジョン『東京』の攻略を確認しました。攻略者全員に進化の権利を贈与します。攻略の立役者である桜野香織、高山咲、人造人間・焔に、後日別個で報酬を授与します』
冒険者達の動きが止まる。たっぷり三分間固まった後、先程以上の歓声が辺りに響き渡る。
「まさか、私達に別報酬が入るなんてね」
「そうね。フィールドダンジョンには、こういった報酬がある事は、覚えておいた方が良さそうね」
「私も頂いていいんでしょうか?」
「いいんじゃない? わざわざ名指ししているんだし。こんな世界だもん。もらえるものはもらっておかないと」
これには香織達も驚きを隠す事が出来なかった。特に焔は、自分も攻略の頭数にはいっていた事に驚いている。造られた存在とはいえ、焔も香織達同様にステータスもスキルも所有している。その点から含まれたのか。あるいは、人造人間も人間としてカウントする事になっているのか。今のところ、その答えはわからない。
「進化の権利って、前に香織さん達がもらったものだよね?」
「私達はほとんど何もしていないのに、もらって良いんでしょうか?」
万里と恵里は、報酬の凄さを知っているので、自分達がもらって良いものなのかと少し慌てている。
「皆で攻略したんだから、もらって良いに決まってるよ。それよりも、スキルに使うのか、職業に使うのかを考えておかないと」
「そうだった!」
万里は、腕を組んで悩み出す。同じように、恵里も空を仰いで考え込む。
「私は少し保留しておこうかな。咲は?」
「私はどうしようかしら……同じく保留にしておくわ。少し腰を据えて考えたいし」
この時、香織と咲は、何のスキルもしくは、もう一度職業を進化させるか迷っていた。
現在のステータスはこんな感じだった。
────────────────────────
マスターアルケミスト Lv42
HP:6250000/6250000 MP:71100000/71100000
STR:49300 DEF:22900 SPD:54300 DEX:623400 INT:442700 MND:23100 LCK:1000
スキル:『錬金術Lv10』『刻印魔法Lv10』『付与魔法Lv10』『魔法の極みLv1』『超集中Lv10』『アイテムボックスLv10』『棒術Lv10』『剣術Lv10』『鞭術Lv10』『嘘看破Lv10』『鑑定眼Lv10』『発見術Lv10』『記憶容量増加Lv10』『教本生成Lv10』『ステータス強化Lv10』『身体能力強化Lv10』『五感強化Lv10』『威圧Lv10』『鍛冶Lv10』『限界突破』『不老不死』『再生』『精神耐性』『環境適応』
剣鬼 Lv30
HP:9320000/9320000 MP:658000/658000
STR:2837900 DEF:458900 SPD:580200 DEX:48780 INT:53060 MND:83800 LCK:100
スキル:『剣術Lv10』『魔剣術Lv10』『刀術Lv10』『抜刀術Lv10』『魔法言語理解Lv10』『火魔法Lv10』『水魔法Lv10』『風魔法Lv10』『魔法式理解Lv10』『恐怖耐性Lv10』『身体能力強化Lv10』『五感強化Lv10』『ステータス強化Lv10』『鑑定Lv10』『未来予測Lv10』『軽業Lv10』『弱点看破Lv10』『威圧Lv10』『超加速Lv10』『空中走行Lv10』『鬼神化』『龍人化』『環境適応』『超再生』『限界突破』『不老不死』『日本・アメリカ領空権』
────────────────────────
いくつかのスキルは、成長と共に他のスキルと統合されていた。
「下手に進化させると、統合出来なくなるかもだしね」
この後、全員で東京を後にして、帰還した。
────────────────────────
「結局、錬金術に使ったのね。何になったの?」
「えっと、『錬金術師』になったよ」
「…………職業?」
「言わないで、私も驚いたんだから……」
スキルの進化と言われて、名前もガラッと変わる考えていた香織と咲は、何とも言えない表情になっていた。
「進化した結果は?」
「今までじゃあり得ない程の効能を持つ薬が作れたよ」
「それ……販売してないわよね?」
「うん、さすがにね」
香織が今まで作った回復薬は、欠損さえしていなければ、ほとんどの傷を癒やす事が出来る。
「今までも、異常と言えば異常なんだけど。もしかして、欠損も治せるようになったの?」
「多分! そもそも実証出来てないから、理論上の話だけど」
香織の鑑定で見た結果、そう書いてあったというだけなので、実際にどのようになるかはわからない。
「他には?」
「そういえば、回復薬を極めてたから、他のもの作ってなかった……」
「……まぁ、極めるのは大事よね」
香織は、咲に言われてようやく自分が回復薬しか作っていなかった事に気が付いた。
「咲の刀も完全に忘れてた……」
「そんなに急がなくても良いわよ?」
「メインの武器がないと不便でしょ? 早く作らなきゃ」
「マスター」
香織と咲が話していると、店側から焔が顔を出す。
「どうしたの? もう足りなくなっちゃった?」
「いえ、焼き肉のタレを買いたいという人がいらっしゃるのですが」
「わかった」
香織は、小走りで店側に向かっていく。そこにいたのは、若い夫婦だった。
「いらっしゃいませ」
香織は、すぐにその夫婦に近づいていく。
「こんにちわ。急にごめんなさい」
すごくゆるふわな奥さんがそう切り出してきた。
「娘達が、いつもお世話になってます」
ビシッとした見るからに堅物であろう旦那さんはそう言った。
(知らない人に娘が世話になってるって言われた。どういうこと? 娘……娘!?)
少し迷走した香織だったが、すぐに誰の事を言っているのか分かった。
「万里ちゃんと恵里ちゃんのご両親ですか?」
「ええ! そうです! 万里と恵里がお世話になってます! あの子達ご迷惑をおかけしてないですか?」
「いえいえ、とてもいい子達ですから、迷惑なんてとんでもない」
そこから十分近く香織と万里達の母親は世間話に花を咲かせていた。焔は我関せずとカウンターに座り、万里達の父親は店の中を見て回っている。
「香織、商売」
「あ、そうだった」
様子を見に来た咲によって、ようやく本題に入る事になる。
「焼き肉のタレは、非売品なんですが、これを機に並べてみますか」
香織はアイテムボックスから、タレが入った瓶を取り出す。
「…………咲、タレっていくらだったけ?」
「そもそも香織の特製だから、材料費に少しプラスさせれば良いでしょ」
「材料、裏の庭で取れたものだから、う~ん、三百円でいいか」
香織と咲はこそこそと話し合って、値段を決める。
「一つ三百円です」
「そんな安くて良いんですか?」
「はい」
万里達の母親は、三百円きっかり払い焼き肉のタレを購入する。
「この道具はどのようにして使うのですか?」
万里達の父親が展示されている結晶を手に取って香織に訊く。
「ああ、それは地面に叩きつけて結界を張るものです」
「なるほど……こちらは?」
「それは、撥水剤ですね。布に薄く塗れば水を弾いてくれます。こちらが、それを塗り込んだ布です」
今度は、香織と万里達の父親の会話……というよりも商談のようなものが始まった。万里達の父親は、香織の店の商品を見て回り、わからないものは香織に訊いている。
「すみません。主人が」
「いえいえ、香織も楽しそうなので、全然大丈夫ですよ」
「私達は、生産ギルドの受付係をしているのですが、香織さんのお店の商品はあまり見た事がないですから、主人も気になって仕方が無いようです」
「なるほど」
ある程度、商品を見て回ったところで、万里の父親は満足したようだった。
「香織さん、ギルドに品を卸す気はないですか?」
「ないです」
「そうですか。失礼しました」
万里達の父親は、少し残念そうな顔をしたが、すぐに香織に向き直った。
「今後とも娘をよろしくお願いします」
「はい。お任せ下さい!」
頭を下げる万里達の父親に香織はにこやかに答える。
「焔ちゃん! 回復薬お願い!」
「後、素材の売却をお願いします!」
店の入り口から、元気な双子の声がした。店の中にいる全員が、そっちに注目する。
「あれ、お母さんとお父さん? 何でここにいるの?」
万里は、自分の両親がいる事に首を傾げる。
「万里、恵里、もう少し静にしなさい」
母親が、二人を窘める。
「は~い!」
返事だけ一人前の万里であった。
「素材って、何の素材?」
焔と恵里は、カウンターで素材の売却を行う。
「魔鉱石とトレントの枝と…………よく分からない蟹?」
「蟹?」
恵里は、マジックバッグから今言った素材を取り出して、カウンターに並べていく。
「この蟹はどこで?」
「海の近くにあるダンジョンの『水面の洞窟』に出てきたよ」
「じゃあ、鉄蟹かな。この状態なら、少し高めに出来るよ」
「やったね」
焔は、買い取った素材を近くの籠に入れ、お金を恵里に渡す。
「回復薬は何本?」
「五本!」
焔と万里、恵里がカウンターに集まっていると、その反対側で香織達が話していた。
「二人のおかげで、焔が楽しそうなんです。本当にありがたい事です」
「そうなんですか。そう言ってもらえると助かります」
子供を褒められるのは、やはり嬉しいようで、母親の顔が綻ぶ。
「そういえば、お三方の親御さんは?」
香織と咲の大体の歳は知っているはずなので、親がいると思っているのだろう。父親が訊いてくる。親の話題になった時、咲の顔が少し強張る。
「私の親は海外にいます。咲と焔も似たようなものです」
万里達のご両親は納得したように頷く。
「そうなの。ご無事だと良いわね」
「大丈夫だと思いますよ。二人とも適応能力は高いですから」
「それじゃあ、私達は失礼します。万里、恵里、帰るわよ」
「「は~い」」
万里と恵里も一緒に帰って行く。
「納得してくれたかな?」
「大丈夫だと思うわよ。ありがとう、香織」
「ううん。さて、焔、今日は店じまいにするよ」
「はい。わかりました」
平和な時間はゆっくりと、それでいて素早く過ぎ去っていく。
読んで頂きありがとうございます
面白い
続きが気になる
と感じましたら、評価や感想をお願いします
評価や感想を頂けると励みになりますので何卒よろしくお願いします




