44.最後の戦い
香織、咲、焔の休養期間を終え、冒険者達は、野営地を撤収する準備を始めた。香織達も同様にテントを畳んでいる。
「これから、千代田区の攻略だよね?」
「そうよ。また、悪魔が出てこない事を祈っておいた方がいいかしらね」
「そうですね。悪魔が現れると、さすがに辛いですから……」
焔が少し嫌そうにそう言うと、香織と咲も同様に嫌そうな顔をした。三人とも、また悪魔と戦うのはごめんらしい。
「準備出来ました!」
「焚き火も消火したよ!」
恵里と万里が、香織達の元に駆け寄る。
「よし! じゃあ、坂本さん達のところに行こうか」
「「はい!」」
香織達は、皆で玲二達がいるであろう場所に向かう。程なくして、玲二の姿を見つけた。
「坂本さん、支度が出来たよ」
「おう、こっちはもう少し待ってくれ。まだ、全員の準備が整っていないんだ」
「わかった」
香織達は、他の冒険者達の準備が整うまで待つ事になった。
「そういえば、咲さんの刀、壊れちゃったんだよね?」
「そうね。今あるのは、炎月と予備の刀だけね」
咲は自分の腰に差している炎月に触りながら答える。予備の刀は、咲のマジックバックに入っている。
「予備の刀って、最初の刀?」
「ええ、香織に強化してもらった刀よ」
咲の予備の刀とは、香織の家で開けた宝箱に入っていた刀だった。
「あれって、強度が足りなくなったんじゃなかった?」
「ええ、だから、二、三回振ったら折れてしまうかもしれないわね。だから、炎月を使うしかないわ」
咲は少し寂しそうにしている。香織に作ってもらった刀が折れてしまったからだ。
「炎月じゃだめなんですか?」
少し疑問に思った恵里が質問する。
「そうだよ。かなり強い刀なんでしょ?」
恵里の言葉に万里も同じ事を思ったのか、咲に訊いた。
「そうね。この刀は、かなり強いわ。でも、一つだけ、使いにくい部分があるのよ」
「使いにくい部分?」
万里は炎月の使いにくい部分を考えるが、一向に思いつかなかった。そこに香織が助け船を出す。
「咲は、刀に魔法を乗せて戦う事が多いんだ。でも、炎月や私の火臨は、常に火属性のエンチャントを受けているから、他の属性の魔法を乗せると干渉し合って、うまく魔法を乗せるどころか、暴走して爆発を起こす可能性があるんだよ」
香織の説明を受けて、万里と恵里は目をぱちくりとしている。
「まぁ、こうやって戦う人にとってのデメリットであって、普通の刀として扱う分には、かなり強い武器だよ」
香織は一応そう付け足しておいた。ユニーク武器を使い勝手の悪い武器と認識させるのはいけないと思ったが故だった。そこまで話したところで、玲二と里中が香織達の元に来た。
「すまない。待たせたな。準備が整ったから出発する」
「今回も香織と咲も先頭を歩いて欲しい。疲れているところ悪いんだが……」
里中が少し申し訳なさそうにしている。
「大丈夫ですよ、里中さん。三日間みっちり休めましたから。それに、まだ悪魔がいる可能性も残っていますしね」
そんな里中に香織は、笑顔でそう言った。
「万里ちゃんと恵里ちゃんはどうする?」
「ああ、二人も先頭集団の中にいてもらいたい。戦える奴は、前に置いておきたいんだ」
「だって。二人ともオッケー?」
「「はい!」」
二人の返事を聞いて、香織達は移動を始めた。香織と咲を先頭に、冒険者達がついて行く。三日前までは、小さな悪魔達で埋め尽くされていた道が、今では何もいない道に変わっていた。香織と咲は、一度見た光景なので、あまり驚きはない。しかし、あれから一度も千代田区に踏み入れていない万里、恵里を含んだ冒険者達は一様に驚いていた。
「悪魔達がいないな」
「この前も話したけど、大きい悪魔を倒したら、一切出なくなったよ」
玲二が周りを見回していると、先頭の香織が振り返ってそう言う。
「だが、油断は禁物だ。警戒はしておこう」
一瞬緩んだ冒険者達を、里中が引き締める。実際、あれから三日経っているので、何が起こっても不思議ではなかった。
「そういえば、これから向かうのはどこ?」
「ああ、取りあえず、議事堂に向かう。どうせ、皇居も東京駅も近くにあるんだ。近いところから探していこう」
香織達は目的地に向かって歩き続ける。その道中、悪魔達が現れる事はなかった。何の障害も無しに国会議事堂に辿り着いた。
「表には何もないね」
「中に入って……みなくても大丈夫だな。ここまで崩れていたら」
国会議事堂は、見事なまでに崩れ落ちていた。中に入る必要もないくらいにだ。
「一応、魔法を放っておく?」
「……頼む」
香織の提案に少し迷いながらも、玲二は乗る事に決めた。返事を聞いた香織は、何の遠慮も無しに魔法を放つ。空から降り注いだ雷が、崩れ落ちた国会議事堂を完全に破壊する。残ったのは、黒く焦げた瓦礫だけとなった。
「核が破壊された感じじゃないね。多分ここに核はないよ」
「そうか。次は皇居に向かおう。香織、身体は大丈夫か?」
「うん。問題ないよ」
玲二は、香織の体調を心配しつつ、皇居への道を歩いて行った。香織達も後に続く。皇居付近までの道のりも何も問題なく進んで行く事が出来た。付近までの道のりはだが……
「おいおい、何だこれは……?」
「見ての通りだろう」
思わず顔を引きつらせる玲二。里中も冷静を保ったままでいるようだったが、その顔は険しかった。
「そりゃ、ここまで悪魔達に会わないわけだ。なんせ、ここに集まっているんだからな」
皇居の周りには、悪魔がひしめき合っていた。玲二達の逃げ道を塞いでいた悪魔達は、氷山の一角に過ぎなかった。その時の何倍もの数の小型悪魔がいる。
「香織、大型の悪魔は見える?」
咲は、真っ先に香織に確認を取る。この数の小型悪魔と一緒に相手取るのは、かなり厳しいからだ。
「今のところ見当たらない。多分、ここにはいないよ」
「どうしますか?」
焔はすでに刀に手を掛けている。
「そうだね。あれを見たら、核がある場所も丸わかりだけど、安易に喧嘩を売れる数じゃないよね」
「でも、あれを突破しないと、核を破壊出来ないわよ」
香織と咲でも正面突破は躊躇われる。それを聞いた玲二は、少し考え込んだ。
「……香織、範囲攻撃でどのくらい倒せる?」
「う~ん、連続で使っても三分の一くらいかな。あくまで、うまくいっての見込みだけど」
「そうか。あの悪魔なら、俺達でも倒せなくはない。ここで、決めるのが一番だろう。咲、焔は、自由に動いてくれ。香織は、俺達が手を出せない部分に範囲攻撃を頼む」
玲二が指示を出すと、全員の顔が引き締まった。
「小型悪魔一体を一人で相手にするな! 最低でも三人で相手取れ! 一体一体確実に倒していくぞ!」
『『おう!』』
この戦闘の最初の一手は、香織の大規模魔法だった。近くにあった建物の上に登った香織は、十メートル以上の炎の塊を生み出すと悪魔達の中心に向かって放った。炎そのものの熱で焼け焦げていく悪魔達。それだけではなく、着弾した炎が爆発し、熱を持った衝撃波が辺り一帯に撒き散らされる。その結果、悪魔達の集団の中に一ヶ所だけ悪魔のいない空間が出来た。しかし、それもすぐに埋め尽くされる。
「やっぱり、一回だけじゃだめか。連続して放つ!」
香織は複数の魔法を同時に展開した。先程と同じ炎の塊だけでなく、多数の氷の槍、幾条もの雷、何本もの光線、多種多様の魔法が悪魔達を襲う。
「あれが錬金術師……?」
「そんじょそこらの魔法職よりもヤバくない?」
「しかも、錬金術の腕前も超一流だしな」
「本当にいてくれてよかったよ」
冒険者達は、香織の姿を見て羨望の眼差しを向ける。そんな事はつゆ知らず、香織は魔法を放ち続けている。
一方で、前線では万里と恵里、玲二、里中達冒険者が善戦していた。万里が相手を足止めして恵里が魔法でトドメを刺す。そこに、玲二と里中も加わり、万里の死角をきちんと補う。他の冒険者達も同様に連携を密にとって戦っていた。
そして、前線の更に奥では、大量の悪魔が倒されていた。
「焔!」
「はい!」
戦っているのは、咲と焔だ。互いの死角を補うように攻撃をしている。咲が大振りで何体も一気に倒すと、その隙を狙った悪魔が一斉に飛びかかる。それを焔が斬り刻む。それだけでも十分に数を減らす事が出来る。しかし、咲と焔の攻撃方法はそれだけではない。飛びかかってきた悪魔の一体に何かを貼り付けて蹴り飛ばす。悪魔が密集している場所に飛ばされた悪魔は、その中心で周りを巻き込んで爆発した。
「回復薬作りの途中で何を作っているのかと思ったけど、まさかこんなものまで作っているとは思わなかったわ」
「そうですね。『粘着爆弾』と言ってましたが、威力も凄まじいです」
「そうね。何でくっつくのかは分からないけど」
この香織特製の粘着爆弾は、魔力を流す事で一部分に粘着性を持たせてることでくっつける事が出来る。この粘着剤は、撥水剤に使ったカッパもどきの粘液を使って作ったものだ。そして、粘着爆弾は他の冒険者達にも渡されている。そのためか、戦場のあちこちで爆発が起こっている。
「このままいけば、倒しきれるか」
玲二はそう考えつつも、油断せずに戦っている。
「それにしても、香織の魔法はいつまで放ち続ける事が出来るんだ……?」
一向に限界が来ない香織に少し驚いている玲二だった。
「かなり減らす事ができた。でも、その分密集度が低くなって、効率が悪くなったね。なら……」
香織は、広範囲に被害を出せる魔法から正確性の高い魔法に切り替えた。大量の光線と大量の稲妻を一体一体に放っていく。
「はぁ、何も考えずに大きな魔法を放つよりも疲れるね。でも、これが一番効率が良い」
そう言いながら、香織は瓶に入った青い液体を飲む。
「……不味い。魔力回復薬は、味を調整した方が良いかな」
香織の魔法が途切れる事無く放たれる理由は、魔力が切れる前に回復しているからだった。
一方的な戦況、冒険者達の間にも安堵が流れる。香織達は、大型の悪魔が現れる事を危惧して、警戒を解いていない。
しかし、これは杞憂に終わった。間もなくして、悪魔を全滅させる事が出来たからだ。
「戦闘終了だ! 怪我人は回復薬で傷を治せ!」
今回の戦闘で死者は出なかったが、怪我人は何人か出てしまった。それも、香織の回復薬と魔法職の回復魔法で癒やす事が出来た。
「よし、皇居内に入るぞ」
皇居内にまだ悪魔がいる可能性を考えて、咲と焔が先頭に立って中に入った。警戒しながら進んで行くと、皇居宮殿の場所まで辿り着いた。
「皇居ってこんな感じなんだ。初めて知った」
「それはそうでしょ。皇居なんて一般人が容易に入れる場所じゃないもの。一般参賀とかでしか、入れないでしょ」
「マスター! あそこを!」
香織と咲がそんな事を話していると、焔が何かを見つけた。
「核ね」
「うん。焔、ナイス!」
焔が見つけたのは、今回の目的である核だった。この前破壊した『狂骨の砦』の核と違い、透き通った空色をしている。
「この前のとは完全に違うね。こっちは濁ってないし」
香織はこの前回収した核と見比べながらそう言った。
「坂本さん、破壊するんで良いんだよね?」
「ああ」
玲二の了承をもらった香織は、魔法で創り出した水の刃で核を割った。すると、東京全体で、ゴゴゴゴゴ………と大きな音を鳴り出した。それと共に、大きな揺れも起きる。
「どうなってるの!?」
「ダンジョンになっていた東京が元に戻っているんじゃないかしら。それぞれの区を区切る壁が消失しているかもしれないわ」
約一分間、音と揺れが続いた。
「収まったか?」
「そのようだ。周辺を警戒しろ!」
玲二が周りにいる冒険者に指示を飛ばす。冒険者達は、すぐに広がって、周りの様子を窺う。
「終わったのかな?」
「嫌な感じはしないけど」
万里と恵里は二人寄り添って警戒している。そのまま、五分程の時間が流れていった。
「……何もなさそうだね。咲の言う通りっぽい」
「そうですね。周辺に熱源を感知出来ないので、そうだと思います」
「いつの間にそんな事が分かるようになったの?」
焔が今まで使ったことがないことをしたので、咲は少し驚いていた。
「この前の悪魔との戦いの影響だと思います。赤龍の能力の一部が使える様になっているみたいです」
「使っても身体に変化はない?」
「はい。大丈夫です、マスター」
香織は心配そうにしていたが、焔の返事を聞くと安堵した。
「よし! ひとまず、境界線の確認などを行う。各班に別れて、それぞれ別の区に行ける事を確認してくれ! 境界線の有無が確認でき次第、ここに戻ってくるように!」
『『了解!』』
冒険者達が班ごとに分かれてバラバラになっていく。万里、恵里を含めた香織達は、核があった皇居宮殿で待機している。
「私と咲が、空を駆けていけば良かったんじゃない?」
一緒に待機している玲二に香織がそう言う。
「いや、香織達には、休憩していてもらいたい。この後何が起こるか分からないからな。実際、これで境界線が無ければいいが、残っているようなら探索は続くんだ。最大戦力は残しておきたい」
「分かった」
玲二の説明に香織は、納得した。実際、香織の魔力はかなり減っている。空を駆けるくらいなら問題ないが、本格的な戦闘となると少し厳しい。
それから、大体三十分程経った頃、確認に向かっていた冒険者の班の一部が帰ってきた。
「中央区への境界線に障壁はなかった。今、その奥の江東区の境界線の確認に他の班が向かっている」
「文京区と台東区にも障壁はありませんでした」
報告通りなら、千代田区の周りのほとんどの境界線に障壁がなかった。
「わかった。お前達は休憩してくれ。全班の報告を待つ」
玲二の指示に従い、帰ってきた班は、それぞれ思い思いに休憩していた。その後も、確認を終えた班が報告に帰ってくる。全ての班が報告に帰ってきたところで、玲二が皆を招集した。
「全員が帰還した事で確認が取れた。現在、この東京を区切る境界線は存在しない事が判明した」
冒険者達の顔が、喜びに満ちていく。
「つまり! 東京攻略完了だ!!」
『うおおおおおおおおおお!!』
冒険者達の歓声が響き渡った。その光景を少し離れたところで香織と咲、焔が見ていた。万里と恵里、里中は、冒険者達の中に混ざっている。
「東京攻略も終わりか……」
「かなり早く終わったわね」
「これからどうするのですか?」
少しのんびりしている二人に、焔が訊く。香織と咲は、顔を見合わせる。
「少しの間はのんびりしたいかな。この世界が変わってから忙しすぎだし」
「そうね。休憩するのは有りね。私も少し疲れたわ」
二人とも休憩するという意見で一致した。ただ、一つだけ問題が残っている。黒龍の問題だ。現在、富士山火口付近にいる黒龍がいつ動くのか分からない。さらに言えば、富士山を刺激して噴火を引き起こす可能性も捨てがたいのだ。
香織と咲は、黒龍の事を忘れ、平和で長閑な生活を満喫する気満々だった。
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