42.戦いの後
悪魔を倒した香織と咲は、焔を背負って千代田区から港区に向かう道を歩いていた。焔を背負っているのは、香織の方だ。
「香織、大丈夫?」
「焔の事? 大丈夫だよ。そこまで重くないし」
「そう?」
「うん」
運が良いのかは分からないが、大型の悪魔を倒してから、今の今まで香織達はモンスターに襲われる事は無かった。
「小型の悪魔がいたのよね?」
「うん。うじゃうじゃいたよ。ここまで来るのに、『水呼びの瓶』を壊さないといけなかったんだから」
「あの瓶って、作るのが難しいんじゃなかったかしら?」
「う~ん、今はそうでも無いかもしれないよ。職業の進化で、錬金術の練度も上がってるし」
こうして他愛のない話を出来るほどに、千代田区の中は平和になっていた。
「本当に小型の悪魔がいないね」
「あの大型の悪魔が生み出していたとかかしら?」
「いろんな所から湧き出てきたよ。それに、大型の悪魔の近くに来ると姿を現さなくなったよ」
「大型の悪魔から出てきているんだったら、普通は逆に数が多くなるわよね。それに、私が見ていないのは不自然にもなる」
二人は、悪魔についての考察をしながら、港区までの道のりを歩いて行った。道中悪魔に襲われる事も無く、香織達は港区まで辿り着く事が出来た。
「ようやく着いたね。万里ちゃん達はどこにいるかな?」
「あっちの方に煙が見えるわ。そこにいるんじゃないかしら」
「本当だ。行ってみよう」
香織達は、煙の上がっている方に向かって進んで行った。
約十分ほど歩くと、煙が上がっている場所の付近まで辿り着いた。
「どう? 大丈夫そう?」
香織が、煙の上がっている場所を見ている咲に問いかける。煙が上がっている場所に必ずしも万里達がいるとは限らないので、戦闘を行える咲が遠目から確認しているのだった。
「そうね。あそこにいるのは、冒険者の皆で間違いないわ。知っている顔が何人か見えるわ」
「よし! じゃあ、行こう!」
香織と咲は、二人並んで皆がいる場所まで向かう。香織達の帰還にいち早く気が付いたのは、万里と恵里だった。
「香織さんと咲さんと焔ちゃんだ!」
「無事に帰ってきました! 坂本さん!」
万里は両手を振って香織達を出迎え、恵里は玲二を呼びに向かう。万里と恵里の声で香織達に気付いた冒険者の皆も歓声を上げながら出迎える。
「香織! 咲! 焔!」
恵里が呼びに行った玲二も急いで出てくる。その後ろには里中の姿もあった。
「ただいま、坂本さん」
「ご心配おかけしました」
緩い感じで帰ってきた香織達に玲二達は少し気が抜けた。
「焔は大丈夫なのか?」
「うん。体力の限界で寝ちゃってるだけ。外傷は全部治ってるから大丈夫だよ」
「香織達は大丈夫か?」
里中が香織達の心配する。
「今は大丈夫です。多少眠いですけど」
「私達も焔同様に怪我は治していますので、大丈夫ですよ。そちらは大丈夫でしたか?」
咲は、玲二達の方にも訊いた。
「ああ、最初は区の境目に陣を張ろうとしていたんだが、急に大量の水が流れてきてな」
その言葉に香織がギクッと肩を跳ねさせる。
「テントを張る前だったから、すぐに退避できたが、あれを食らっていたら少なからず怪我人が出ていたかもな」
「うっ……」
香織が気まずい顔をする。その香織の百面相を咲だけが気付いていた。
「香織、素直に謝りなさい」
「うん」
咲に促されて香織が少し前に出る。冒険者の皆が香織に注目する。
「あの……ごめんなさい!! その大量の水の原因、私です!」
冒険者の皆が無表情になった。絶対に怒られる。香織はそう思い、覚悟を決めた。
「そうか。まぁ、無事だったから大丈夫だ。あれが必要な場面に出くわしたんだろ? こっちを気にして必要な事をしない方が怒るさ」
玲二がそう言うと、他の冒険者も頷いて同意する。
「ありがとうございます!」
香織は頭を下げてお礼を言う。
「さて、香織と咲には休んでもらう。焔もちゃんと寝かせるのが一番だろう」
「香織さん達のテントは建ててありますよ」
「こっちだよ!」
恵里と万里が、香織と咲を案内する。
「焔ちゃんは、別のテントにしますか?」
「そうだね。予備のテントがあるし、そっちに寝かせようかな」
香織は、案内された場所の空いている場所に予備のテントを建てた。
「一応、回復用の結界を張っておこうかな」
「回復用の結界?」
香織の言葉に万里が首を傾げる。そんなものがあるとは聞いた事が無いからだった。
「うん、かなり高価なものだし、店頭には並べてないから知らないかもね。展開した結界内にいる人の怪我とか疲労を癒やしてくれるものだよ」
「どのくらいの値段なんですか?」
恵里が興味本位で訊いた。
「え、えっと……、三千万くらいかな」
香織は眼を逸らしながら、回復結界の値段を伝えた。恵里は、眼を丸くしていた。
「まぁ、しばらくは、店頭に並ぶ事は無いよ。材料が安定して取れないからね」
香織は、回復結界を設置しながら恵里にそう言う。当の恵里は、まだ呆けたままだった。
「これでよしっと。じゃあ、万里ちゃん、恵里ちゃん。私達は寝るから、何かあったら起こして」
「変な遠慮はしないでいいわ。緊急事態だと思ったら問答無用で起こして」
香織が万里と恵里にお願いした後に、咲が念を圧す。
「了解!」
「わかりました!」
万里と恵里は、ビシッと敬礼をして返事をした。それを見た香織と咲は、自分達のテントの中に入っていく。
「ふぅ、ようやく、ゆっくり休めるよ……」
「そういえば、転移した後、何処に行っていたの?」
武器や上着などを脱ぎながら、咲が香織に尋ねた。
「えっと……練馬区に転移して、豊島区、北区、荒川区、台東区、文京区、新宿区と移動して千代田区まで移動したんだよ。その間、休めるところなんて無いから、ずっと起きっぱなしだったんだよ……」
香織の予想外の旅路に、驚く咲。
「苦しい思いをしたのね」
「そうだね。途中のエリアのほとんどが魔法無効エリアで、近接攻撃しか出来ないし、魔道具使えないしで、散々だったよ」
「…………」
咲は、無言で香織を引き寄せた。そして、優しく抱きしめた。
「咲……?」
「ごめんね。一人にしてしまって」
「咲が悪いんじゃないでしょ。あれは仕方の無い事だったもん」
「それでも、香織が辛い思いをしたのは変わりないもの」
咲は、抱きしめながら香織の頭を撫でる。
「香織が死ななくて良かった……」
「不老不死だよ。死ぬわけ無いじゃん」
「何かしらの不慮があるかもでしょ」
咲の眼には少し涙が滲んでいる。
「香織がいない間、すごく寂しかったんだから……」
「……私だって、寂しかったんだから」
香織も咲の身体に腕を回す。
「何度も死ぬかと思ったんだよ……」
「そうね」
「得意の魔法も使えないし……」
「うん」
「沢山のモンスターにも襲われるし……」
「辛かったわね」
「よく分からない人達にも襲われるし……」
「ええ」
香織の声に少し嗚咽が混じってきた。
「ずっと……咲に会いたかったんだから……!」
「私もよ」
香織と咲は、少し身体を離す。どちらからともなく、顔を近づけていく。そして、唇と唇が重なった。しばらくして、お互いに唇を離す。二人の視線が絡み合うと、自然と笑いがこぼれてくる。
「ふふふ、好きよ。香織」
「うん。私も、大好き」
二人で同じ布団に入り、そのまま眠りにつく。特に香織は、これまでの疲れもあって布団に入った瞬間に、夢の中に旅立った。咲はそんな香織の寝顔を少しの間楽しんでから眠った。
────────────────────────
「香織達は大丈夫だろうか?」
万里達に案内される香織達を見送った玲二が、隣にいた里中に尋ねる。
「さあな。しばらくは養生するのが良いだろう」
「そうだな。三日はここで休むか」
「それがいいだろう。先遣隊を派遣して千代田区を探索しておくか」
「そうしておくか。先遣隊の編成をしておこう」
玲二は、そう言って自分のテントのある方へと向かう。現在いる冒険者達の中から先遣隊として行くのに向いている者を選び出すためだ。里中の方は、野営地の周りを歩き、近づいてくるモンスターなどがいないかを確認する。
香織と咲をテントに見送った万里と恵里は、近くにある自分達のテントの前で焚き火を起こす。
「香織さん達が無事で良かったね」
焚き火の火が安定するのを待っている間に、万里がそう言った。
「うん。結構疲労困憊って感じだけどね」
「心なしか咲さんの顔色も良くなってる感じがした」
「確かに、香織さんの無事を確認したからなのかな?」
香織がいなくなってから、ほとんど咲の傍にいた万里と恵里だからこそ気付いた事だった。
「焔ちゃんはどうなんだろう?」
恵里が、焔が寝ているテントを見ながらそう言う。
「傷の事?」
「うん」
「香織さんが治したって言ってたし大丈夫なんじゃないかな。高価な回復結界も張ってるんだし」
「そうだよね」
そんな事を話していると、焚き火の火が安定してきた。
「よし! ご飯作っちゃお! 軽いものしか作れないけど」
「うん! お鍋取ってくる!」
二人は、焚き火の火を使って夕ご飯作りを始める。
万里と恵里が夕ご飯を食べ終わる頃、テントの一つから見知った顔が出てきた。
「あっ! 焔ちゃん!」
その姿を見た万里が、声を上げて駆け寄る。その後に続いて、恵里も駆け寄っていく。
「万里様、恵里様。マスターは何処に?」
「今は、テントで咲さんと休んでるよ」
「そうですか……」
「うん。焔ちゃん、お腹空いてるよね。ご飯作ってあるから、食べて」
「はい。ありがとうございます」
焔は、万里と恵里が囲んでいた焚き火の一角に座る。万里と恵里は、作っておいたスープをお椀によそう。
「焔ちゃん、怪我とかは大丈夫?」
「はい。マスターが治療してくださったので、行動に支障はないです」
「良かった。でも、まだゆっくり休んでね」
「はい」
焔の顔は少し暗かった。何かしら思う事があるのだろう。万里と恵里は、無理に聞く事も無く、焔を接している。焔は、二人の優しさに少し心地よくなっているのだった。
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