41.対悪魔戦(1)
改稿しました(2021年11月6日)
咲達の斜め上……ビルの壁面にいる悪魔のような異形の存在……その身体は漆黒で、被膜の張った羽を生やし、手足は指が鋭く尖っている。体長は三メートルほど。さらに、禍々しい尻尾まで生えている。そして、その口からは白い蒸気が出ていた。
「坂本さん! 香織を連れて逃げてください! 私と焔が殿を務めます!」
「くっ! 分かった! 重吉、香織を背負え!」
「おう!」
重吉が咲から香織を受け取る。
「万里、恵里。先頭に行きなさい。玲二さん達と正面から来るモンスターを倒して」
「うん!」
「分かりました!」
玲二達と一緒に、万里と恵里が先頭を走っていく。悪魔は、立ち塞がろうとする咲と焔ではなく、逃げていく玲二達を見ていた。
「何が狙いなのでしょうか?」
「分からないわ。いつでも動けるようにしておいて。恐らくだけど、私達よりも強いわ」
「そうですね。少なくとも、私の基になった赤龍よりは強いでしょう」
悪魔と対峙しても、咲と焔には勝つビジョンが思いつかなかった。玲二達はひたすら反対方向に走っている。ある程度離れたところで、悪魔が動き出す。
羽を広げて、玲二達の方向に飛び立とうとする。それを、飛び上がった咲が斬りつけることで止める。そこでようやく、悪魔が咲を見た。
ガ……ギ……ガ……グギ……ガギ……
「?」
悪魔が口を開けて、何かを言っているようだった。
「何かを喋っている? 言葉の概念があるということ?」
少しの時間を考察をしていた咲だったが、すぐに気を引き締め直す。その理由は、悪魔が咲に向かって、その鋭い手を振り下ろしてきたからだ。
後ろに飛び退くことで避けるが、悪魔の追撃は凄まじいものだった。両手を乱雑に振ったかと思えば、尻尾が的確に咲を突いていく。乱雑な攻撃は、軽く避けることが出来るが、尻尾の攻撃は咲でもギリギリ弾くことしかできなかった。
「尻尾の攻撃に気を付けて!」
「分かりました!」
咲に夢中になっている悪魔の背後を突いて、焔が斬りつける。しかし、その一撃は、悪魔の尻尾により防がれる。そのまま反撃に移られる前に、焔は悪魔の尻尾を足場にして、その場を飛び退く。一瞬前まで焔がいた位置に、悪魔の裏拳が通っていく。
咲と違い、空中を駆ける事が出来ない焔は、ビルの中に入っていく。それを追い掛けようとする悪魔を、咲が割り込んで止める。先程は、悪魔に一方的に攻撃されていたのだが、今度は逆の構図になった。
咲の二刀による連撃を悪魔は、両手をクロスさせて耐えている。時折、反撃とばかりに尻尾による攻撃が来るが、直撃のコースで無い限り、咲は一切防ごうとしなかった。
身体のあっちこっちにかすり傷を負っていくが、超再生で回復させて無視する。咲の攻撃も悪魔の攻撃も、互いに小さな傷を量産していくだけだ。悪魔も再生を持っているようだが、咲の超再生よりは速度が遅い。
「硬いわね……!」
咲の連撃はずっと続いている。それに苛ついたのか、悪魔は防御をやめて、拳を叩きつけてきた。紙一重でそれを避け、悪魔の胸目掛けて突きを放っていく。その一撃によって、悪魔は軽く後ろに押し出される。
「やぁぁぁぁぁ!!」
よろけた悪魔に対して、咲と入れ替わりにビルから飛び出して来た、火の粉を纏った焔が、鋭い一撃を打ち込む。咲の一撃と相まって、悪魔が地面に墜落し、砂埃に覆われる。悪魔と一緒に落ちていく焔を回収して、咲も地上に降り立つ。
「!!……咲様!!」
降り立つと同時に、焔が咲を突き飛ばす。焔の身体に、悪魔の尻尾が突き刺さり、咲から見えないほど遠くに吹き飛んでいく。尻尾が直撃する直前に、刀を盾にしたため、貫かれることは免れた。
「焔!」
声は掛けながらも、咲の眼は悪魔を捉えている。咲達と悪魔との距離は、互いの攻撃が届かないぐらいには離れていた。それなのに、悪魔の尻尾が咲達の所まで届いた。それが意味することは……
「尻尾が伸ばせるなんて聞いてないわよ……」
悪魔は、にやりと笑った感じがする。その身体には、咲と焔で刻んだ大きな傷があるのだが、大きいだけで深くはない。
「一人でどこまで時間を稼げるか……でも、やるしかないわね」
咲は、刀を構える。悪魔も前傾姿勢を取った。そして、半瞬後に両者が激突した。
────────────────────────
咲達に殿を任せた玲二達は、大きく迂回した進路をとって港区に向かっていた。咲達の戦闘範囲が広がる可能性を考慮しての行動だった。しかし、その正面には、大量の小さな悪魔が群れを成していた。
「はああああ!」
万里が、その内の一体の頭を刎ね飛ばす。その後ろから、複数の魔法が飛んでいき、複数の悪魔をまとめて倒していく。順調に数を減らしている……訳でも無かった。悪魔達は、どこからともなく際限無しに湧いて出てきていた。
「うおおおおお!」
香織を後方に任せた重吉が、悪魔を両断する。
「玲二! ここは、キリが無いぞ!」
「それは、どこも一緒だ!」
「ちっ! ここを切り抜けるしかないのか!」
ここまでの数が進路を塞いでいる以上、他の道を選んでも同じだということが予測される。
「魔法部隊の魔力が切れかけだ!」
後方から声が届く。その報告に、玲二達の顔が険しくなる。玲二達は完全に劣勢に立たされた。その時、後方から猛スピードで飛んできたものが玲二達の近くにあるビルに激しい音を出しながら激突した。
「な、なんだ……?」
その場にいる人だけでなく、悪魔達も呆然と見ていていた。その視線の先で、瓦礫が吹き飛ぶ。そこから出てきたのは、口元から血が垂れている焔だった。
「くそが……!」
焔の眼は、赤く爛々と輝いていた。
「焔ちゃん……?」
万里が呟いた声は、焔に届いていなかった。玲二達に目もくれずに、咲と悪魔が戦う場所まで一直線に向かっていった。
────────────────────────
(大きな音が聞こえる……これは……戦闘音……?)
香織は、激しい戦闘音によって眼を覚ました。
「ここは……?」
香織は、周りを見回し場所の確認をする。香織の周りには、魔法を使う冒険者達がいた。
「香織ちゃん!?」
女性冒険者の一人が、香織の意識が回復したことに気付いた。
「戦闘中ですか……?」
「うん、そうよ。まだ休んでいて、傷は治ってるけど、体力はまだ回復していないでしょ?」
「……咲は?」
「…………」
女性冒険者は、声を詰まらせる。一瞬、伝えるか伝えないか迷ったが、正直に伝えることにした。
「今、ここのボスと思わしきモンスターと戦っているよ。焔ちゃんも一緒に戦ってる。私達は、今、そこから逃げている所だよ」
「…………分かりました」
女性冒険者から話を聞いた香織は、身を起こす。
「ちょ、香織ちゃん!?」
「この状況で寝ているわけにはいきません」
「でも……」
「大丈夫ですよ。大分回復しています」
女性冒険者は香織を心配していたのだが、香織は、それを固辞して立ち上がった。
「あれは……」
立ち上がった香織が見たのは、悪魔の大群と戦っている玲二達の姿だった。
「悪魔みたい……なら、これかな」
香織は、悪魔達の方向に手を伸ばした。悪魔達の頭上に白い光が生じた。その光が細かい光線となって、悪魔達に降り注いだ。今までと比べものにならないほど規模で悪魔が消滅した。
「な、なんだ!?」
いきなり起こったことに玲二も大きく戸惑う。
「坂本さん!」
香織が、玲二の元まで空を駆けてくる。
「香織!?」
「私が先頭で悪魔を蹴散らすから、後に続いて」
「いや、だが……」
「いいから! 今はそれが最善でしょ!」
香織の進言に、玲二は逡巡する。
「……分かった。頼む」
玲二は、恥を忍んで香織に頼んだ。香織は、笑って請け負った。
「お前等! 香織が血路を切り開く! 置いて行かれないように付いてこい!」
玲二の言葉に、冒険者が頷く。
「行きます」
香織が、放った攻撃で空いた穴は、すでに悪魔達が埋めている。それを見ても、香織は一切動じることなく、魔法による攻撃を続ける。その攻撃は、普段の香織の攻撃とは大違いだった。
香織が放った魔法は、大量の炎の弾だった。その弾は、人と同じくらいの大きさだった。そのくらいの魔法なら、他の冒険者も使用するが、香織のは、他の冒険者と全く違った。
着弾した炎の弾は悪魔を倒すだけでなく、大きな爆発を起こしていく。香織の絨毯爆撃によって、悪魔達の群れの中に一つの道が出来る。
「続けぇ!」
その道を香織を先頭にして、冒険者達が走って行く。左右から来る悪魔に対して、香織は結晶を投げて簡易結界を張り、侵攻を防ぐ。空から来る悪魔に対しても、香織が逐一撃退している。
「もうすぐ境界線!」
「!! お前等! スピードを上げろ!」
香織の言葉を受けた玲二が冒険者に檄を飛ばす。香織が境界線を見つけることが出来た理由。それは、悪魔が途切れていたからだった。
香織の助力も有り、冒険者達は、千代田区から脱出をすることが出来た。
「香織、助かった。ありがとう」
「うん。これ、今出せるありったけの回復薬」
香織は、玲二との話をそこそこに回復薬を渡す。
「あ、ああ……」
「私は、咲の手助けに行くから」
香織は、玲二の返事聞かずに千代田区に戻っていった。
玲二は、香織の背を見送る事しか出来なかった。しかし、玲二はすぐに思考を切り替えた。
「香織から回復薬が渡された! 怪我人はすぐに使用しろ! 俺達は、あいつらが帰ってくるまで、ここで待機する!」
『おう!』
玲二の言葉に冒険者が返事をする。
「香織、咲、焔、無事に帰ってくれよ……」
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