38.近づいていく二人
改稿しました(2021年10月31日)
香織は、転移された練馬区から、豊島区、北区、荒川区、台東区、文京区と移動していった。そして、今は新宿区にいる。
「はぁ、二日間歩き続けてようやく新宿まで来たけど……」
香織はふらふらと歩いていたが、その場で止まり、空に向かって叫んだ。
「何で、ずっと魔法が使えないエリアなんだよぉぉぉぉぉぉ!!!!」
その言葉は、星空に吸い込まれていく。そう、香織が豊島区に入ってからのエリア全てが、魔法を使えないエリアだったのだ。おかげで、常に接近戦をする羽目になっていたのだった。
「はぁ……身体がばっきばきだよ。休める場所がないから不眠不休だし!」
香織は一通りぼやいてから、再び歩き出す。ここまでの道のりの中で、満足に休めるような場所は、どこにも無かった。そのため、香織は、ずっと休まずに歩き続けることになってしまっていたのだ。
「ここまでのボスは、鳥、狼、熊、蛇、カブトムシ、モグラ……共通点が無いんだよね」
香織は、ここのボスを予測しようとしたのだが、今までのボスに共通点が無かった。ダンジョンの中に現れるモンスターは、基本的に同種族のものが多い。だが、フィールドダンジョンになった東京のモンスターに統一性はなかった。だが、エリア毎なら、統一性がある。つまり、エリア毎に別のダンジョンになっていると考えた方が良さそうだ。
「う~ん、考えても仕方ないし先に進もう。ここは……歌舞伎町あたりかな?」
香織は、周りの看板から自分が今いる位置を確認した。そこは、確かに歌舞伎町なのだが、周りの店は全て朽ちており、ビルなどは途中からへし折れていた。
「今までで、一番ぼろぼろの街だね。なんか、ゾンビとかが出てきそう」
香織は、そう言った事を深く後悔した。なぜなら、周りの店などから本当にゾンビが現れたからだ。
「フラグ立てちゃった!? もう! キモいから来ないで!」
香織は、鞭を取り出し、ゾンビの頭を破裂させていく。音を立てながらゾンビを倒していくのだが、その数は異常に多かった。どれだけ倒してもキリが無い。
「まずいかも……」
あまりの多さに鞭での戦いが不利になると考えた香織は、鞭から火臨に持ち替える。そして、容赦なくゾンビ達に振っていった。火臨を叩きつけられたゾンビ達は、次々に燃えていった。
「燃やせば頭を狙わなくても死んでいくね……でも、あまり近づきたくなかったんだよね。臭いし……」
香織は、ゾンビの包囲網に穴を開けて、抜け出していった。どれだけ倒していっても、敵が湧き出てくるので、逃げる方が良いと判断したためだ。
「どうしよう。早くボスを倒したいんだけど、あれを見ると、ボスもゾンビだよね……」
香織は、今から憂鬱になっていた。ゾンビは腐臭が酷いので正直なところ遠距離から魔法で焼き払うのが一番なのだ。
「でも、ここゾンビ多過ぎ! どれがボスか分からんわ!!」
ゾンビの包囲網を抜けた途端、再びゾンビの包囲網に掴まってしまうのだった。
「邪魔じゃぁぁぁぁぁぁ!!」
二日二晩、一睡もせずに動き回っている香織のテンションは異常なまでに高くなっていた。
「もう! 全滅させてやるわぁぁぁぁ!!」
香織は、周りにいるゾンビを片っ端から蹴散らしていった。無限のように現れるゾンビを香織は根気よく倒し続けた。約三時間戦い続けて、ようやく香織の周りから、ゾンビがいなくなった。香織は、燃えさかるゾンビに囲まれていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、これで、終わりかな。ボスがどこにいるか分からないけど、取りあえず次のエリアに向かってみようかな。もしかしたら、あの中にボスがいたかもしれないし」
香織は、幽鬼のような目付きと足取りで歩いて行く。しばらく歩いていると、空から水滴が落ちてきた。
「ん? 雨?」
香織はアイテムボックスから、撥水剤を染みこませた布で作ったコートを取り出して着た。
「これで雨は防げるし、このまま進んで行こう。どうせ」
香織は雨の中進んで行く。自分が何処に向かっているかも分からないまま……
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港区の探索を進めていた咲達は、野営地にて食事をしていた。その際に、咲が空を見上げると、雲が空を覆っていた。
「一雨来そうね。確か、香織に貰った撥水剤があるはず、雨が降る前に塗って乾かしておきましょう」
咲は焔と手分けして、布やテントに薄く撥水剤を塗っていく。その際かなりぬめっとしていたので、念のため持ってきておいたゴム手袋を使った。
「何でゴム手袋を持っていらっしゃるんですか?」
焔が首を傾げる。
「何でだったかしら、確か……カッパもどきを討伐しに行くときに、持っていった方が良いと思って持っていって、そのままだった気がするわ」
「なるほど、でも、そのおかげで気持ち悪い思いをしなくて済みます」
「そうね。さて、そろそろ、良いかしらね。後は乾かして終わりよ。焔、お願い出来る?」
「はい」
焔は、火魔法を使って、テントと布を乾かしていく。その様子を見た後、咲は持参してきた地図を確認していた。これは、二十三区の地図だ。学校で貰った地図帳を千切ってまとめてきたものだ。
「今いるのが、港区。そのまま北に向かえば、千代田区。東京駅があるから、ここに核があるかもしれないという話が多いけど、ここは皇居もあるのよね。ここも十分に怪しいわ」
咲が確認しているのは、自分達の位置と目的地の位置、そして、そこに何があるのかということだ。
「それにしても、予想していたよりもかなり順調ね。まだ一週間も経っていない。ボスが向こうから来てくれるということもあるけれど……そう、なんで、ボスが自らこっちに来るのかしら?」
「どういうことですか?」
テントの設営や食事を終えた万里と恵里が、咲の元に来た。先程の声は、恵里のものだ。
「本来、ボスはエリアの一部を縄張りにして、そこから出てこないはずなのよ。青木ヶ原樹海の時もそうだったわ。だから、攻略に時間が掛かって、探索が困難になったのよ。でも、ここのボスは、まるで、エリア全体が縄張りのようだわ」
「だから、私達がエリアに入ってくると、現れるということなんですね」
「そうだと思うわ。最初の大蜘蛛は、五班の方々が運悪く近くに行ったから、私達の方にまで来なかったということ……」
「それって、今から襲われる可能性もあるって事?」
万里が、少し青ざめて咲に訊く。咲もその可能性に気が付いて、立ち上がる。
「焔!」
「分かりました! 警戒をします!」
咲と焔は、周りの警戒をする。
「万里、恵里、今の話を坂本さんにしてきてくれるかしら」
「分かった!」
「分かりました!」
万里と恵里は、咲の指示に従ってすぐに玲二の元に向かう。そのすぐ後、咲と焔は、自分達の周りに何かがいることを察知する。
「あれは……」
咲が見つけたのは、不定形の粘り気のある液体のような巨大な生物……スライムだった。いつも見ているものなら、核が存在するはずなのだが、そのスライムには核らしきものが見当たらなかった。
「厄介ね」
「魔法がよく効くはずです。魔法部隊を展開すれば、どうにか出来る気がしますが……」
「坂本さん待ちね。その間は私達で時間を稼ぐわよ」
「はい!」
咲は、普段使っている香織の作ってくれた刀ではなく、赤龍討伐報酬である炎月を抜く。
「焔は魔法で援護をお願い」
「分かりました」
咲は、スライムに対して突っ込んでいく。その後ろから、焔が複数の炎の弾を咲に当たらないように、軌道を曲げながら放っていく。スライムは、炎に巻かれていくのだが、全く効いている雰囲気がない。
「魔法無効……? いや、火属性無効?」
咲は、予測を立てつつ炎月で斬り裂く。スライムは、半分に斬られているのだが、すぐに戻っていった。
「……斬撃はやっぱりだめ。火も効いてない? いっその事細切れにして再生を遅らせる方が良いかもしれないわね」
咲は、刀に風魔法を纏わせてスライムにもう一撃加える。咲の一撃の後に、無数の風の刃が追い打ちを掛けていく。スライムを細かく分裂させたのだが、まだスライムは生きている。細かくなったスライムは、すぐに元に戻り、咲に向かって身体の一部を勢いよく伸ばして打撃を加えようとする。
「!!」
咲は、すぐに反応してスライムの攻撃を避ける。スライムは、尚も追撃をしようとするが、焔による炎の壁で防がれてしまう。炎の壁に触れた途端、身体の一部を戻したが、傷ついてもいなければ焦げてもいない。
「火属性無効かしら。いや……」
咲は、スライムの一部分が黒く変色しているのを見つけた。黒くなっている部分は一ミリよりも小さい。
「火耐性ね。結構強めのようだけど、効かないわけでは無いようね」
「咲さん! 焔ちゃん!」
万里と恵里が、咲の方に走ってくる。
「万里、恵里、坂本さんは?」
「あっちにもスライムがたくさん出て、そっちに対応してる!」
「そう、じゃあ、こっちは私達で倒さないとね」
咲と焔に、万里と恵里を加えたメンバーで、巨大スライムと対峙する。
「恵里、氷属性の魔法で凍らせて!」
咲の指示に従い恵里が、氷魔法を使う。
『氷霧よ・彼の者を・抱き止めよ』
スライムの周りに、白い靄が発生し始める。そして、スライムが凍り付き始めた。しかし、スライムは、身体の一部が凍り付いた段階で、身体の一部を切り離してその場から離れる。
「氷は効くわね。焔! 炎も効かないわけじゃないわ! 火力を高めて使いなさい!」
「わかりました!」
焔は、炎の壁でスライムの四方を囲む。炎に囲まれてしまったスライムは、身動きがとれず右往左往していた。さっきまでと火力が違うことを悟ったのだ。安易に突っ込んでしまえば、身体の一部が焼け焦げてしまう。さらに、その内側に向かって、恵里が再び氷霧を発生させる。
スライムは、為す術もなく身体を凍り付かせていく。そして、スライムの身体の全てが凍った後に、焔が炎の壁を消す。
「万里! 粉々に砕くわよ!」
「うん! 分かった!」
咲と万里で、刀と剣を使ってスライムを粉々に砕く。
「ここまで砕くことが出来れば、復活しないと思うけど。焔、焼き尽くしくれるかしら?」
「はい」
焔は、赤い炎を生み出して粉々になったスライムを焼き尽くす。スライムは溶けきってしまい、復活することはなかった。
「核を砕くことが出来たみたいね。火が効かないスライムは、初めてだったけどなんとかなってよかったわ」
「何で、氷が使えると分かったんですか?」
恵里が、スライムを倒すためのきっかけになった咲のアイデアについて訊く。
「相手は液状だからかしら。あの手の敵は炎での蒸発か氷で固めるのが良いのよ。まぁ、核があるスライムだったら核の破壊が一番手っ取り早いけどね」
「へぇ、核を持たないスライムって結構いるの?」
万里が、気になって咲に訊いた。咲は、顎に手を当てて、今まで戦ったモンスターを思い出していく。
「いや、私が戦った中では初めてね」
「初めてなのに、あんな対策を思いつくんですか?」
恵里が咲を羨望の眼差しで見る。
「二人とも、このくらい思いつかないともっと危ないダンジョンでは、命取りになるわよ。これからの修行ではそういう思考の修行もしましょうか?」
「なんか……難しそう……」
「そうね。香織と相談して色々考えてあげるわ。坂本さんの方に行きましょう」
咲の言葉に全員が頷いて、玲二達が戦闘をしている方に向かう。すると、ほとんどのスライムを倒しきっていた。最後に、重吉が斧を振りかぶって、スライムに叩きつけて粉々にした。こっちの戦場でも、スライムを凍らせて攻撃をしていた。
「咲! 大丈夫だったか!?」
「はい。大丈夫です。こっちのスライムは通常の大きさでしたか、恐らくですが、私達の方がボスだったと思います」
「なるほど、蜘蛛の時やゴブリンの時と同じだな。ボスが死んだ瞬間一気に弱くなった」
「ボスによるバフということですか?」
「もしかしたらってだけだがな」
香織と咲は、常にボスと戦っていたので気付くことはほとんど無かったが、ボスの取り巻きはボスの死後、動きが極端に悪くなる。ボスという指揮官を失い烏合の衆になってしまうからと考えられている。
「咲達のおかげでかなり順調に探索出来ている。ありがとう」
「いえ、怪我人の方は?」
「ああ、香織がくれた回復薬で、怪我を治せたから大丈夫だ。だが、これで回復薬も切れた」
「厳しい状況ですね」
「回復魔法を使える奴が何人かいるから、少しは大丈夫だと思うが、早めに香織と合流したいな」
香織の回復薬は、並のものと桁外れに効力が高い。なので、玲二も香織の回復薬を頼りにしていた。
「そうですね。でも、合流したら、まずは休ませてあげないと」
「ああ、分かってる。次は、千代田区に入る。そこで出会う事が出来ればいいなだが……」
「取りあえず、今日の所は、これで休んでおきましょう」
「そうだな。見張りは、こっちでやる。咲達はゆっくり休んでくれ」
「わかりました」
咲、焔、万里、恵里は、玲二に言われたように休むことにした。咲は、テントに行き横になった。いつもは、香織がいるのだが、昨日と同様に隣にはいない。気を遣った焔は、咲の隣で寝息を立てている。
「よく眠っているわね。私も休まないと……」
焔が寝ているのを見て、咲も眠りにつく。焔のおかげなのか、咲の寝顔には焦りなどは一切無かった。明日には、香織に会えると信じているのだろう。
次の日、東京攻略で、一番大きな戦闘が起こるとはつゆ知らずに……
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