33.香織の戦い
改稿しました(2021年10月25日)
咲、焔と別れた香織は、一人で大蜘蛛と対峙していた。
「食らえ!!」
香織は、幾条もの雷撃を放っていく。大蜘蛛は俊敏な動きで雷撃を避けていく。
「あの巨体で、あの素早さってどうなってるの? それに、曲がりなりにも雷だよ? 雷速を越える動きって……」
香織は、思わず呆れ顔になる。大蜘蛛は、先に向かった咲達を気にしているのか、香織を無視して、この場を離れようとしているようだった。それに対して、香織は鋭敏に察して、大蜘蛛に向かって雷撃を撃ち続ける。この場合、相手の弱点である炎の魔法よりも、出の早い雷の魔法が適切なのだ。
「逃がさないよ!」
香織の足下に大きな魔法陣が刻まれる。すると、ターミナルの壁や床が変形し、咲達が向かった先が、少しずつ塞がっていく。それだけでは無く、窓なども塞がっていった。周囲の壁などを土魔法で操ったのだ。
「これで逃げにくいし、咲達を追いにくいでしょ? ここを通りたかったら、私を倒してからにしなよ!!」
香織は、アイテムボックスから火臨を取り出す。このまま接近戦をするかに見えたが、香織は、大蜘蛛に近づこうとしない。そのまま、魔法による攻撃を続けた。さっきよりも、高い密度で。
水、雷、風、光、闇属性の魔法の弾が、大蜘蛛に向かって飛んでいる。大蜘蛛は、それを何とか避けている。大蜘蛛が避ける度に周りの店などが、崩れていく。
「まだ! まだ! まだ! まだ! まだ! まだ!!」
魔法の密度が上がっていく。そして、大蜘蛛の避ける場所が無くなり、とうとう攻撃が当たってしまう。
大蜘蛛は、天井から落ちてきて苦しそうに痙攣する。どう見ても瀕死の状態だ。だが、香織は、大蜘蛛に近づくことは無い。それどころか、追撃として大量の爆弾を投げつける。威力は低め、爆破範囲も狭めのしょぼい爆弾だが、数が多くなれば話は別だった。
大蜘蛛は、藻掻き続け何とか爆破範囲から抜け出す。そして、香織には理解出来ない謎の行動を取る。香織のいない床を、ダンッ、ダンッ、ダンッと脚で叩いているのだ。すると、周りからうじゃうじゃと蜘蛛の子供が湧き出てきた。
「気持ち悪い!! なんで、こんなにいるの!?」
子蜘蛛は、香織目掛けて殺到する。ターミナル内で、咲と焔があまり子蜘蛛に襲われなかったのは、香織の所にほとんどが集まっていたためだ。
「うぅ、近づくな!」
香織は、自分の周りに小さな竜巻を発生させて、子蜘蛛を近づけない。すり抜けてきたものには、火臨による打撃が待っていた。
そして、その場から少しずつ移動していく。子蜘蛛に追い詰められているかのように……
「まだ、火魔法は使えない。子蜘蛛による邪魔で、大蜘蛛がフリーになるのはダメだし。なら、魔法を使った接近戦かな……」
香織は、靴に魔力を集め、宙を駆け出す。さらに、自分の後ろに風魔法を発生させて、速度を速める。そして、細かい電撃を大蜘蛛に放っていく。大蜘蛛は、それを避けるが避けた先……香織のいた場所に踏み入れると、地面から電撃が空中を走って行く。
「地雷型魔法。刻印魔法で、魔法陣に加圧されると発動する条件起動式だよ。こういうこともあろうかと、さっき設置しておいたの」
大蜘蛛は、香織がターミナルの変形に使った大きな魔法陣の上に向かった。既に魔法陣がある場所なら安全だと判断したのだろう。しかし、大きな魔法陣の上でも、地雷型魔法が発動する。電撃、氷瀑、風爆など、多種多様の魔法が発動してくる。大蜘蛛の脚の一部が千切れ落ちていった。
「その魔法陣の上なら大丈夫だと思った? きちんと、その魔法陣自体に細かく組み込んでおいたんだよ」
大蜘蛛は牙をギチギチと動かして、香織を睨み付けている。そして、急に後ろを向く。
「うげ……」
大蜘蛛のお尻から白い糸が吹き出してくる。香織は、火臨を手のひらの上で素早く回転させることで糸を燃やしていく。白い糸が途切れた瞬間、目の前まで大蜘蛛が迫ってくる。しかし、香織に焦りは全く無い。
「近づいてくれてありがとう」
香織はにこりと笑いながらそう言った。そして、香織から氷点下の風が吹きすさんで来た。大蜘蛛の身体に霜が降り始める。それを感じた瞬間、大蜘蛛はその場から飛び退いた。
「そのまま近づいてくれればよかったのに」
香織は、氷点下の風を止めずに常に流し続ける。ターミナル内の温度がどんどん低くなっていき、子蜘蛛達が、凍っていく。
「私には、環境適応があるから、どんなに寒くなっても平気だけど、そっちはどうかな?」
香織は、どんどん室温を下げていく。大蜘蛛にも再び霜が降り始めた。大蜘蛛はなりふり構ってられないと思ったのか、またお尻から白い糸を吐き出してくる。その糸すら凍っていくのだが、凍結のスピードはあまり早くない。
「凍りにくい? 粘着性があるから?」
香織はそう分析し始めるが、すぐにその余裕は無くなる。
「うぇ?」
大蜘蛛が勢いよく突っ込んできたからだ。香織は反射的に、火臨で殴る。そして、大蜘蛛は地面に叩きつけられる。火臨の効果で、大蜘蛛の身体に炎が纏わり付く。その効果で、身体に降りた霜が溶けていた。
「危ない……反射的に殴らなかったら、まともに受けてたかも。でも、そのせいで、相手を温めちゃった」
大蜘蛛は、叩きつけられてもめげずに、天井、壁、床を縦横無尽に飛び回る。火臨の炎で、霜が溶けた事によって、俊敏性が元の状態に近くなっていた。その過程で香織にも攻撃を加えようとしてくるので、香織も同様に壁や床、天井を駆けていく。
「子蜘蛛はさっきの冷風で全滅したし、後は、こいつの足止めをきちんとしないと」
香織は、大蜘蛛とすれ違う瞬間に、勘だよりにだが攻撃を加える。あまりの速さに正確に攻撃を合わせることが出来ない。
「速さは伊達じゃ無いね。でも、私もどうにか……」
香織は、色々考えるが、スピードに追いつく方法は思いついても、きちんと認識する方法が思いつかない。
「五感強化でも、なんとなくの認識しか出来ないんだもんなぁ」
大蜘蛛の攻撃は、なんとなくの勘で防いでいた。その間にも香織は、周りの様子を確認する。
「私と大蜘蛛が飛び回りすぎて、壁や天井がぼろぼろになり始めてる。これ以上、続けていたら、このターミナルが保たないかも。咲、焔、まだなの?」
香織がそう呟いた瞬間、ターミナルの外から大きな音が聞こえた。大蜘蛛は、いきなりの音に驚き、動きを一瞬止める。だが、香織は違った。にやりと笑みを浮かべたのだ。
「ここからは、本気だよ!」
香織は、魔力を高めていき、炎の波動を放つ。今まで氷点下になっていた温度が急激に上がっていく。それだけでなく、子蜘蛛の死体も燃え上がる。大蜘蛛は、少し狼狽えたように後ろに退いていく。
「燃えて」
香織のその一言がきっかけだった。炎の波がターミナル内を流れていく。大蜘蛛も、その炎を浴びる。大蜘蛛は、身体の毛が燃え始め、それを消そうと藻掻き始めた。
「私は錬金術師なんだ」
香織は、大蜘蛛の方に歩きながらそう言い始める。
「錬金術師は、卑金属を貴金属に変えたり、不老不死の薬を作り出すのが最終目標なんだって。つまり、錬金術師は、物体の変化や変質を促す……いや、強制的に変えさせると言った方が良いかもね」
香織は、そう言いながら、魔力をターミナル全体に広げていく。
「だから、さっきみたいにターミナルの形を変形させる事が出来るんだ。魔法でやったさっきよりも早くね」
香織の広げた魔力が、天井や床、壁に魔法陣を浮かばせる。さっきの大蜘蛛との攻防の間に刻んでいたのだ。
「ここ、潰すね」
香織はそう言って、魔法陣を発動させる。すると、ターミナルが崩れ始める。香織は、出口に向かって走って行く。出口自体は、香織自身によって塞がれたが、人一人通れるくらいの穴を開けて外に駆けだしていった。
外に出た香織の後ろでターミナルが音を立てて崩れ落ちた。
「ふぅ、咲と焔に合流しよ」
香織が走って行くと、少しして、咲達の姿を見つけることが出来た。
「咲!」
「香織!?」
香織は咲に再会した喜びで、笑顔で走る。しかし、咲の方は香織の姿を見て驚きの声を上げる。香織は、咲の様子に気付かずに飛びつく。咲は、飛びつく香織を受け止めて抱きしめる。
「咲、大丈夫だった?」
「ええ、私達は大丈夫よ。それよりも……」
「マスター、煤まみれですよ」
行方不明になっていた五班メンバーの看病をしていた焔が、香織の姿を見ながら言う。
「ふぇ?」
香織は焔に言われて身体を見回す。
「あ~、最後に、全体を燃やしていたからかな?」
「全く、びっくりしたじゃない」
咲は改めて、香織を抱きしめる。香織が生きているということを確認するかのように。
「焔、怪我はない?」
咲から離れた香織が、焔の方に来てそう訊いた。香織は訊きながら、焔の身体を見る。
「大丈夫です。怪我も何もありません」
「よかった。刀はどう? 実際にモンスターと戦って不便みたいなのはない?」
「はい、切れ味も十分です」
香織はにこりと笑いながら、焔の頭を撫でる。
「全員無事に救出出来たんだね」
「そうね。ただ、五班の人達の他にも人がいたんだけど……」
咲が少し言い淀む。それによって香織は察した。
「……死体だった?」
「ええ、もう亡くなっていたわ」
「そう、まぁ、当初の目的は果たしたから良しとしよ」
「そうね。焔、この人達を荷台に載せるのを手伝ってくれる?」
「はい」
咲と焔は、治療するために降ろしていた五班の人達を、再び荷台に載せようとする。
「私も……」
香織も手伝おうとする。だが、
「香織は、まず身体の煤を落としなさい」
と咲に言われて、しぶしぶ引き下がった。香織が、煤を落としている内に、荷台に載せ終わった。
「落としたよ。服は無理だったけど」
「まだ、顔に付いてるわよ」
咲が綺麗なハンカチで煤を拭っていく。
「ほら、綺麗になった」
香織と咲の顔は目と鼻の先まで近づいていた。何も事情を知らない人から見れば、キスをしようとしているようにも見える。実際、そういう風に見られてしまった。
「香織さん、咲さん、やっぱり……」
「い、いけない関係です……」
「仲が良いと思っていたが、まさか、ここまでいっていたとはな」
香織達が、声のした方を振り向くと、そこには万里、恵里、玲二、重吉の姿があった。
「皆、もう来たんだ」
香織が、ニコッと笑ってそう言う。先程の声は聞こえていなかったようだ。
「ああ、他のメンツは、野営地を作っている。救出には成功したんだな」
「はい、全員消耗してはいますが無事です」
咲が、玲二を荷台の方に誘導して確認してもらう。
「……空港、崩れていないか?」
重吉が、羽田空港の方を見てそう言った。それにつられて、玲二や万里、恵里も見る。
「あれって崩れてるの?」
「そう言うデザインでは無いんですね」
万里と恵里は、羽田空港の元の姿を知らないので、少し変わった事を言う。
「ああ、あれは違うな。香織だな?」
玲二は、ジトッと香織を見る。香織はすぐさま目線を外した。
「香織、観念しなさい」
咲に言われて、ようやく、香織が認めた。
「むぅ、仕方なかったんだよ。埋めないと出てくる可能性があったし」
「確実に倒したのか?」
重吉が香織にそう訊く。
「いえ、確認はしてないです。火達磨にして埋めたって感じですね」
「坂本さんの命令通り、無理に倒しはしなかったって事?」
咲がそう訊くと、香織は頷く。
「まぁ、それはいいだろう。今は、こいつらを安全な野営地まで運ぶぞ」
玲二が荷台を押して、先頭に立つ。香織達もその後に続いて行く。
この時、大蜘蛛の安否を確認しなかったことを、香織達は後悔することになる。
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