28.人造人間誕生
改稿しました(2021年8月13日)
香織が、ぐつぐつと煮ている釜を見ていると、咲が少し顔を引きつらせながら香織の方を向いた。
「ねぇ、これって見方を変えたら人を煮込んでいるって事にならない?」
咲は、とんでもないことを言い出した。
「いや、確かにそうかもだけど、人造人間が完成するのは、煮込んだ後だから問題なし!」
「そう? ならいいけど……いいのかしら?」
「うん、人は、煮込んでないからね」
香織と咲が、そんな事を話していると、玄関からインターホンが鳴った。
「来たかな?」
香織が時計を確認すると、お昼過ぎを指していた。そう、昨日約束した万里と恵里の修行の時刻だ。
「はーい」
そう言いながら、咲が玄関に向かう。香織は、釜を見ていないといけないので動くことが出来ない。咲が戻ってくると、その後ろには、万里と恵里の姿があった。
「お邪魔します」
「香織さん、こんにちわ!」
万里と恵里は、元気よく挨拶をする。
「こんにちわ。二人ともお昼はもう食べた?」
「はい。食べてきました」
恵里がそう言う。
「じゃあ、ちょっと待ってて。私達は、まだだから」
「わかった! リビングの本読んでもいい?」
「いいよ」
万里と恵里は、二人でリビングに移動する。
「咲、悪いんだけど……」
「ええ、釜を見てないといけないものね。作ってくるわ。炒飯でいい?」
「うん! 咲の炒飯好き!」
香織がそう言うと、咲は嬉しそうに微笑み台所の方に向かった。香織は、釜の様子を確認しながら、小鍋を取り出して小型のコンロに置く。そこに、すり潰した薬草を入れて、回復薬を作り出す。
「う~ん。回復薬も改良点がなくなっちゃったし。どうしようか。薬草自体の改良もしたけど、この上を目指すなら、上位の薬草みたいなのが必要かな」
回復薬の改良を考えていると、釜の沸騰が終わった。しかし、釜からはずっと煙が出続けている。
「おっ、これで、火を落として、煙が収まるのを待つ……」
釜から出ていた煙が収まると、香織は、そっと釜に近づき中を覗く。
「わぁ……」
釜の中には、香織の半分くらいの背丈の女の子が丸くなっていた。その髪の色は黒く、肩ぐらいまで伸びている。その見た目は、至って普通の女の子だ。ただ、一点気になることがあった。
その女の子は……、裸だった。
「服を用意しなきゃ。でも、この子のサイズの服ってあったかな?」
香織は、取りあえず、何故か工房に置いてあった新品のシーツを手に取った。
「まずは、隠せるもので隠しておいて、探しに行こう」
その香織の声に気付いたのか、女の子が目を開ける。女の子の眼は綺麗な猩々緋だった
「う……、あ……?」
「こんにちわ。取りあえず、これを羽織っておいて」
香織はそう言って、女の子にシーツを被せる。
「ま…す…たー?」
「香織だよ。でも、あなたからしたらマスターで合ってるかも」
「マスター」
少し、言葉が流暢になってきた。そして、次に発する言葉からは、たどたどしさが消える。
「初めまして、マスター。私に名前をください」
「名前かぁ」
いきなり、普通に喋っても香織は驚きはしなかった。人造人間を作る際に、魔法式を流し込んだ。この魔法式には、言語習得を司るものも存在するからだ。
「う~ん…………焔」
香織は、ぼそっと言う。
「どう? あなたの核になった赤龍、その炎から取ったんだけど」
「焔……」
女の子は、自分の心に刻むようにそう呟いた。
「はい。私の名前は、焔です。よろしくお願いします、マスター」
「うん、よろしく。焔」
焔はニコっと笑った。それにつられて、香織も笑う。
「少し待ってね。服を探してくるから」
香織は、釜の中から焔を抱き上げて、工房の椅子に座らせる。
「かしこまりました」
焔が頷いたのを見て、香織は工房を出て自分の部屋に向かう。
「えっと、お母さん、どこに仕舞ったのかな」
香織は、タンスを開けて中を探していく。香織の記憶では、母は香織の服を捨てずにとっておいたはずなのだ。
「う~んと、ここにないとすると、お母さん達の部屋かな」
香織は部屋を移動して、服を探し続ける。
「あ、あった!」
香織は、母の部屋にあるクローゼットのプラケースから昔着ていた服を取り出していく。
「う~ん。なかなか似合う服が見付からないなぁ」
ここで大きな問題に直面する。焔に似合う服がなかったのだ。
「香織。工房に知らない女の子がいるんだけど」
「うん。人造人間だよ。焔って、名前を付けた」
「そう、焔って言うの。それで、香織は、今何をしているの?」
「服を探してるんだけど、いい服がないんだよね」
香織は、服を広げては畳んで、広げては畳んでを繰り返していた。
「香織の服は、かわいい系のものばかりだものね」
「うん。焔には、似合わないと思って、でも、取りあえずこれでいいかな」
香織は、自分の持っている中で、一番地味な服であろう白いワンピースを手に取る。
「香織にしては、珍しく買った白いワンピースね。いつもピンクとか空色だったのに」
「なんとなく買ったけど、結局あまり着なかった気がする」
思い出話もしながら二人で工房に向かう。
「おまたせ、焔」
香織は、焔にワンピースを着せてあげる。もちろん下着も着けさせている。ブラは無かったが、パンツは新品があったので持ってきたのだ。
「ありがとうございます。マスター」
服を着た焔がお辞儀をする。
「う~ん、可愛いけど、もっと可愛くなれると思うんだよね」
香織は、色々な角度から焔を見ながらそう言う。咲は呆れ顔になっている。
「そうだ。焔、こっちにいるのが咲だよ」
香織が、咲を焔に紹介する。
「初めまして、咲よ。香織と一緒に暮らしているわ」
「初めまして、咲様。これからよろしくお願いします」
「そんなにかしこまらないでも、咲でいいわよ」
「いえ、マスターの同居人となれば、マスターとほぼ同じなので、これは譲ることは出来ません」
焔には、焔の譲れない部分があるらしかった。咲は、無理強いする訳にもいかないので、ひとまず退くことにした。
「じゃあ、行こうか。咲、ご飯は出来てる?」
「ええ、だからこっちに来たのよ。一応、多めに作ったから、焔の分もあるわ」
「よかった。行こ、焔」
香織は、焔に手を差し出す。焔は、少し戸惑ったがそっと香織の手を取った。もしかしたら、手を取ってはくれないのではないかと思っていた香織は、嬉しそうに微笑む。
香織と咲が、焔を連れてリビングに来ると、万里と恵里は驚いて固まった。いきなり知らない女の子が来たので、当然の反応と言えるだろう。
「万里ちゃん、恵里ちゃん、紹介するね。さっき生まれた人造人間の焔だよ。焔、こっちの二人は、万里ちゃんと恵里ちゃん。双子の弟子だよ」
香織は、万里達に焔を、焔に万里達の紹介をする。
「初めまして、万里様、恵里様。私は焔と申します」
「初めまして、万里だよ」
「初めまして、恵里って言います。よろしくお願いします」
互いの自己紹介も済んだので、香織と咲、焔はご飯を食べることにする。
「……美味しいです」
一口食べた焔がぽろっとそう呟いた。それを聞いた咲は、嬉しそうに笑う。
「そう? よかったわ」
香織達は、すぐに食べ終わり、後片付けをする。
「私がやります」
と焔が言うので、香織が傍で見ているのを条件に了承した。咲は、リビングで万里、恵里と喋っている。
「私は、信用出来ませんか?」
焔は、香織が傍についているのを、自分のことが信用出来ないからなのではと思っていた。そう言われた香織は、目を丸くした後に少し悲しげな顔をした。
「ううん。そうじゃないよ。焔は、まだ生まれたばかりだから、何かしらの不調があるかもしれない。だから、焔の色々な行動を見ておきたいの。焔がきちんと動けるようにね」
香織は、人造人間について詳しいわけでは無い。なので、焔に何の問題もないのかがわからない。だからこそ、こうして一緒に行動をしている。
香織が、焔の発言に驚いたのは、人造人間の思考能力の高さを感じたからだ。香織が、入れた魔法式には、この思考能力を司る部分がある。人と同様の考えなどを持たせるために必要なものだ。
香織は、ここまで考えることが出来ると言う事実に驚いたのだった。
そして、同時にそう考えさせてしまうことをしたのだということを実感し、申し訳ないと思い、悲しげな顔になったのだった。
「そうですか? 何か、不手際などがあればおっしゃってください。すぐに修正します」
「うん、分かったよ。焔も、何か不調があったら言ってね」
「はい」
香織は、焔が洗い物を終えるまで、ずっと見守っていた。その間、焔には、何の不調も無かった。きちんと、洗い物のやり方も理解していた。
「ちゃんと出来たね。少し驚いたよ」
「マスターが、丁寧に作ってくれたからです。言語、常識などは習得しております。ですが、まだ、分からない点などもあると思いますので、ご指導お願いいたします」
「うん! 任せて!」
香織は、焔を連れてリビングに向かう。
「おまたせ。じゃあ、修行を始めようか」
そう香織が言った直後、ピンポーンとインターホンが鳴った。
「誰だろう?」
香織が玄関に行って扉を開ける。
「よっ!」
そこにいたのは、玲二だった。
「坂本さん? 何の用?」
香織は訝しげに玲二を見る。
「そんな眼で見るなよ。情報を持ってきたんだ」
「わざわざ坂本さんが来るって時点でおかしいと思うけど」
「まぁ、情報のすり合わせって部分もあるけどな。後は、これに託けて仕事を休もうと思ってな」
つまりは、体のいいサボりである。
「へぇ、中根さんに伝えておこうかな。坂本さんが仕事をサボってるって」
「残念だったな。綾子は今、本部長秘書になっているんだ。その秘書さんからの言葉でここに来ているから、綾子に言っても無駄だ」
「ふぅん。まぁいいや。じゃあ、中に入って。咲にも話があるんでしょ?」
「ああ、お邪魔します」
玲二は、香織の家に上がる。香織は、そのまま、リビングまで案内する。
「坂本さん?」
咲が、リビングに来た玲二を見て、首を傾げる。
「ああ。万里と恵里もいるのか。ちょうどいい、皆に聞いて欲しい話がある」
玲二を含めた香織達は、テーブルにつく。焔は、台所に行き、お茶を淹れ始める。
「知らない顔がいるな」
「うん。人造人間の焔。今日生まれたんだ」
「ほぉ……はぁ!?」
香織が、何気なく言った言葉に玲二は、目を剥いて驚く。
「人造人間だと!? つまり、香織は人を作ったって言うのか!?」
「うん。店番とか色々任せたくて」
玲二は、開いた口が閉じない。そんな中、焔が皆にお茶を配り、香織の傍に立つ。
「焔、こちら冒険者ギルドの本部長をしてる坂本玲二さん」
「初めまして、玲二様」
焔は、そう言ってお辞儀をする。
「あ、ああ。初めまして」
玲二は、まだ戸惑っていた。いきなり人造人間と言われて、すぐに受け入れるという事は出来なかった。というより、目の前にいる焔が本当に人によって作られたものだということが信じられないのだ。
拾ってきたと言われた方が、まだ信じられる。それくらい、焔は人と変わらないように見えたのだ。
実際、焔は生まれが錬金術なだけで、その組成は人と何ら変わりない。人造人間自体そういった生物なので、焔が特別というわけでは無い。
「焔、座っていいよ」
ずっと立っている焔を見かねて、香織がそう言う。
「いえ、椅子がございませんので」
焔の言うとおり、リビングに置いてある椅子は全て誰かが座っている。
「じゃあ、私の膝に座りな」
「いえ、マスターのお膝に座るなど……」
焔は、香織の申し出にすぐさま遠慮する。焔にとって香織は自分を作ってくれた、神様にも近い存在なので、その膝に座るのは恐れ多いことという認識なのだ。
「じゃあ、マスター権限で命令するね。私の膝に座りなさい」
「…………はい」
焔は、そっと香織の膝に座る。香織は、その焔を後ろから抱きしめる。
「可愛い……」
膝の上で小さくなっている焔に対して、香織はそう言う。
「じゃあ、話すぞ。俺が持ってきたのは黒龍の行方の情報だ」
玲二は、そう切り出した。
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