130.ベヒモス戦
咲とフェンリルの戦いは、咲有利に進んでいった。鬼神化した咲は、前よりも動きが良くなっており、フェンリルの速度に余裕をもって追いつくことが出来た。フェンリルは、最後の悪足掻きで咲に噛み付こうと口を大きく開け、飛びかかってくる。
「これで終わりよ」
咲は、フェンリルの噛み付きを避けつつ、黒百合と炎月で口角から尻尾に掛けて斬り裂く。フェンリルは真っ二つになる。
『フェンリルを倒したことで統治権が委譲します。ヨーロッパの統治権がフェンリルから高山咲に委譲。フェンリル討伐の功労者である、高山咲に報酬として、進化の権利と武具を授与します』
これで、ベヒモスが呼んだ権利所有モンスターのほとんどを倒す事が出来た。後は、北極と南極の支配者とベヒモスのみだ。
「香織の援護に行かないと」
咲は、すぐにベヒモスの方を向こうとする。しかし、その前に別の方向に気になるものを見つけてしまった。
「あれは……」
北と南。その両方から得体の知れないものが近づいて来ている。
「さっきの情報の答えがこれって事ね。世界中の権利所有モンスターを集めたと言っていたけど、自分よりも高位のモンスターも呼べるって事なのかしら。これは、早くベヒモスを倒して、あっちに対処する必要がありそうね」
咲は、すぐにベヒモスのいる方へと走る。その間に、鬼神化から竜人化に変更しておく。攻撃速度などで言えば、鬼神化の方が強いのだが、単純な攻撃力で言えば、竜人化の方が優れている。ベヒモスと戦うとすれば、攻撃力の方が重要になると考えたのだ。咲が向かっている先で、ベヒモスが動き始めた。
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香織は、ベヒモスに向かって走り出す。ベヒモスは、そんな香織に向かって空気砲を撃つ。香織は、地面を支配して、大量の高い壁を作り出す。空気砲は、壁を砕いて進んで行くが、その先に香織はいない。ベヒモスの視線からも香織の姿が見えない。ベヒモスは、前脚を薙ぐことによって、暴風を生み出す。暴風の風圧によって壁がどんどんと砕け散っていく。全ての壁が砕けたが、香織の姿はどこにもなかった。
『どこに行った?』
ベヒモスはもう一度腕を振い、暴風を起こしていくが、香織が被害を受けている感じはしない。
『…………』
ベヒモスは、周囲を見回すが香織の姿はない。そして、何かを察したのか地面に向かって前脚を振り下ろす。周囲に地割れが広がっていくが、一部分にだけ地割れが起きていない場所があった。それは、ベヒモスのすぐ近くだ。
香織は、壁を作り出したタイミングで、地面の下に潜り込み、トンネルを生成しながら、ベヒモスに接近していたのだ。地面の下から飛び出した香織は、ベヒモスに触れようと手を伸ばす。しかし、ベヒモスが後方に飛び退いたため、その手は空振る事になった。さらに、その余波で、周囲の地形が変わっていく。
「その巨体で、普通そんな動きが出来る!?」
香織も発生した暴風に煽られて、空に舞い上がる事になる。靴の魔道具を使っても上手く空を駆けることは出来ない。
「香織、大丈夫?」
踏ん張りの利かない状況で、咲が駆けつけて、香織を受け止める。
「咲。もう下は大丈夫なの?」
「こっちに来た権利所有モンスターは倒したわ。焔達も動いてくれているみたいだから、ほとんどの権利所有モンスターは倒したと思うわよ」
「じゃあ、ベヒモスだけって事か」
「まだ、他に三体残っているわよ。向こうとあっちから、向かってきているわ。だから、ベヒモスを早く倒してしまいましょう。賢者の石があれば倒せるんでしょ?」
「うん。でも、直接触らないと錬成が出来ないから、最大限接近する必要があるんだ。どうにかして、ベヒモスの動きを止めないと」
ベヒモスは、空に浮いている香織と咲を見上げている。その二人の背後から赤龍になった焔が飛んできた。
『マスター、ご無事で良かったです』
「焔も無事で良かったよ。星空と白雪は?」
『二人とも体力が尽きてしまったので、玲二様達に任せてきました』
「なるほど。後で、目一杯褒めてあげないとだね。焔は、まだやれるね?」
『はい。大丈夫です』
「じゃあ、ベヒモスを倒すよ」
『はい』
「ええ」
香織達とベヒモスの最後の戦いが始まる。最初に攻撃をしたのは、ベヒモスの方だった。角に雷を溜めて、周囲に放っていく。香織達にも放たれた雷は、咲が黒百合と炎月で弾いた。焔は、永続的なブレスでは無く、炎の球を複数吐いていく。炎の球は、着弾した場所で、爆発を起こしていく。それはベヒモスの身体に当たっても同じだ。だが、その攻撃もベヒモスには効かない。
ベヒモスは、前脚を地面に埋め、勢いよく振り上げる。地面が掘り起こされて、土の塊が香織達に向かって飛んできた。香織が空気を支配して、暴風を起こし土の塊を地面に返していく。その間に、焔が炎の球をベヒモスの周囲に放っていく。土埃が舞い、ベヒモスが巻き上げた土などもあって、視界が悪くなっていく。ベヒモスは、前脚を振り回し、土煙を払っていく。視界が晴れると、焔が急接近してきていた。ベヒモスは、雷を放って牽制してくる。しかし、焔は、バレルロールのように動き、避けて行く。
そして、その手に軽く握っていたものを思いっきり、ベヒモスに投げつけた。焔が手に持っていたのは、香織と咲だった。咲、香織の順にベヒモスに向かって飛んでいく。ベヒモスは、飛んでくる香織達に対して、熱線を放つ。香織達は、焔に投げて貰ったため、すぐに軌道を変えることはできない。だから、この熱線を避ける術がない。だが、それでも、香織達に焦りは無かった。熱線が咲に当たる寸前に、炎月が熱線を斬る。熱線が二叉に分かれる。その真ん中を香織達が飛んで進む。ベヒモスは、熱線の攻撃をやめて、後ろに飛び退こうとする。
その寸前で、香織から赤い光が瞬く。それは、賢者の石を使用した光だ。ベヒモスの足元から、大小無数の杭が生まれて、ベヒモスを動きを縛っていく。
「香織! 行ってきなさい!」
咲は身体を捻って、香織の手を取り、前に向かって投げ飛ばす。二人の手を借りることで、ベヒモスの背中に着地した。ベヒモスは、自分の上から香織を振り落とそうと藻掻く。しかし、それよりも先に香織が行動を起こした。
「これで終わりだよ!!」
香織が両手をベヒモスの背中に付ける。その下には、賢者の石があった。赤い光がベヒモス背中で放たれる。その光は、ベヒモスをそのまま覆っていく。
『ぐあああああ……!! まさか……こんな……方法で……倒される……とはな……』
香織は、賢者の石のエネルギーを使って、ベヒモスの身体を変えていった。ベヒモスのつま先から砂に変わっていき、崩れていく。石のエネルギーの半分を使って、ベヒモスを完全な砂へと変えた。
『ベヒモスを倒したことで統治権が委譲します。アメリカの統治権がベヒモスから桜野香織に委譲。ベヒモス討伐の功労者である、桜野香織に報酬として、進化の権利と武具を授与します』
これで、ベヒモスを倒す事に成功した。香織は、砂の山の上で、座り込んでいる。
「ふぅ……ようやく、ベヒモスを倒せたよ……」
「そうね。でも、まだ終わりじゃ無いわよ」
香織の傍に、咲と焔が合流する。そして、そんな香織達を挟むようにして、三体のモンスターが近づいて来ていた。
十本の角と七つの頭、七つの冠を持つ赤き竜。十本の角と七つの頭、十の冠を持ち、頭に様々な何かが書かれた緋色の獣。二本の角を持ち、子羊のような獣。
香織達の最後の戦いが始まろうとしていた。




