128.賢者の石
咲達が、モンスターを引き受けている間に、香織は、賢者の石の錬成を始める。材料は、ヴクブ・カキシュの命、赤龍、黒龍、氷雪龍、黄龍、紫竜、リヴァイアサン、香織が作った回復薬だ。
「大丈夫なはず……やろう」
香織は複数の魔法陣を展開する。それらの魔法陣は、素材を中心に配置されて、大きな立体を描いている。
「錬金釜でやっている反応を、この場で起こす……いつもは、釜が制御してくれるけど、今は私が制御する」
魔法陣の中で、素材達が浮き上がっていく。そして、それらがヴクブ・カキシュに合わさっていく。
ガアア……
ヴクブ・カキシュが苦しげに声を挙げる。
「ごめんね。必要な事なんだ」
香織は、錬成を続けていく。段々とヴクブ・カキシュの身体が、原型を留めなくなっていき、白い光に包まれる。香織の額から頬に掛けて汗が落ちていく。今までの錬成は、錬金釜が制御してくれる事がほとんどだった。だから、精度の高い錬成を行えたのだ。だが、今やっているのは、錬金釜を使わずに行っている高度な錬成だ。これまで以上に集中力が必要になってくる。汗が眼の中に入っても、集中を途切れさせない。
今やってる錬成に失敗すれば、賢者の石に含まれる大きなエネルギーが、周りに撒き散らされる。そうなれば、ここら一帯を吹き飛ばすことになるだろう。それで、ベヒモスを倒せるなら良いかもしれないが、本当に倒しきれるとは限らない。それに、そんな事をしてしまえば、錬成している香織だけで無く、咲や焔達、真夜達も吹き飛ばしてしまう事になる。
「圧縮……制御……包み込む……」
段々と、形が整っていく。白い光が赤くなっていき、さらに小さくなっていく。そして、出来上がったのは、庭にある砂利石のような形をした石だった。
「出来た……」
香織の手のひらにある賢者の石は、香織の想像以上に高密度のエネルギーを含んでいた。
「これなら……」
香織が賢者の石を作り出したと同時に、地響きが起きる。ベヒモスが起きたのだ。
「どうせならもっと寝ていれば良いのに」
香織は、ぼやきつつ賢者の石をアイテムボックスに仕舞う。
『ヴクブ・カキシュを倒したことで領空権が委譲します。南アメリカの領空権がヴクブ・カキシュから桜野香織に委譲。ヴクブ・カキシュ討伐の功労者である、桜野香織に報酬として、進化の権利と武具を授与します。
支配者の討伐を確認しましたので、一部の情報を解禁します。権利の所有者は、神との謁見を許されます。選択をするのは、その権利の所有者達になります。統治権、領空権、領海権は、支配する権利であると同時に、神との謁見の権利でもあるのです。現在開示できる情報は以上となります』
空からの声と同時に、空から別のモンスターが降ってきた。それは、咲や焔、星空が戦っているモンスターではない。九つの尾を持つ狐だ。九尾は、九つの尾を香織に向かって突き出す。突然の事で、すぐに反応出来なかった香織は、まともに攻撃を受けることになる。
「うぐっ……」
香織は、九尾の攻撃で吹き飛ばされ、地面を転がっていく。その途中で地面に手を付き、支配を行う。九尾の周りの土が鉄となり、勢いよく九尾に向かって突き出した。九尾は、尻尾を素早く動かして鉄の槍を砕く。その間に、香織は雷羽を呼び出し、九尾に向かわせる。九尾は鬱陶しそうに尻尾を振り回して、雷羽を払っている。だが、雷羽の数が多くすぐに全部を振り払うことが出来ていない。
「今のうちに……」
香織は、地面を支配して、最初に作ったグングニルを増産しようとする。しかし、その前に九尾の方が動き始めた。雷羽が青い炎によって燃やされていく。香織は、グングニルの量産を中止して雷羽を引き戻す。
「あんまり、あなたに時間を掛ける余裕はないんだけど」
九尾は、青い炎を揺らして、香織を見続ける。次の瞬間、突風が吹き荒れる。香織は、思わず眼を覆った。そうして、眼を開けたとき、世界は暗闇に包まれていた。
「何これ……? 私の身体は見えるから、眼をやられたわけじゃない。じゃあ……黒いものに覆われている? いや、そんな感じはしない……」
香織が混乱していると、目の前に小さな青い炎が二つ現れた。香織は、何の躊躇も無くグングニルを放つ。しかし、何の手応えもない。
「??」
青い炎が近づいてくるとそれがなんであるか分かってきた。それは、香織が過去に殺した咲を追い掛けていた人だったのだ。
「死霊術……いや、幻覚の方かな。どちらにせよ、悪趣味だね」
他にも香織が殺した人が現れてくる。その眼は、全員青い炎で出来ていた。
「幻覚なら、対策はあるんだよね」
香織は、アイテムボックスから、正気薬を取り出す。これを服用すれば、狂わされた感覚を元に戻すことが出来る。正気に戻った香織の目の前に、九尾の尻尾が迫ってくる。香織は、すかさず地面を支配して、足元の土を退ける。その結果、香織の頭上を尻尾が通り過ぎる。
「…………」
香織は、何を思ったのか、通り過ぎていく尻尾を鷲摑みにした。
「さっきの感覚で……」
香織の手のひらから赤い光が瞬く。恐らく強烈な痛みを感じたのだろう。九尾は、自分の尻尾を自ら斬り落とす。斬り落とした尻尾が赤色に染まっていき香織の手に集まっていく。
「さすがに、龍の素材無しじゃ安定しないか」
香織の手のひらには、先程作った賢者の石よりも遙かに小さい賢者の石があった。ただ、その賢者の石は、小さく明滅している。
「やばっ!」
香織は、九尾に向けて投げつける。そして、すぐに後ろに飛び退いた。九尾は、投げられた賢者の石を尻尾で弾き飛ばそうとする。しかし、その前に、賢者の石が弾けた。内包されていたエネルギーが周囲に拡散し、九尾の半身を飲み込んだ。エネルギーが拡散した余波が、香織にもやってくる。香織は、自分の足元につっかえを作り、踏み留まった。エネルギーの拡散が終わった後、その場には、九尾の下半身しか残っていなかった。
『九尾を倒したことで統治権が委譲します。アジア・中東の統治権が九尾から桜野香織に委譲。九尾討伐の功労者である、桜野香織に報酬として、進化の権利と武具を授与します。
支配者の討伐を確認しましたので、一部の情報を解禁します。仮に世界をこのままにした場合、権利所有モンスターが復活するということはありません。権利を所有している人が、寿命で亡くなった場合、近しい血縁者に移る事になります。現在開示できる情報は以上となります』
香織は、九尾からベヒモスに視線を移す。ベヒモスは、ようやくかという風に、身体を起こした。
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咲は、デュラハンとフェンリルの二体を相手していた。二体の攻撃を弾きながら、炎月を拾い二刀流になっていた。黒百合には風を、炎月には炎を纏わせて、攻撃している。デュラハンとフェンリルの二体は、咲の攻撃に当たらないように避け、同じ場所に逃げたら互いに攻撃をしていた。完全に三つ巴の戦いである。
「意外と鎧の方も身軽なのね。でも、もう終わらせるわ」
咲は、側頭部に生えていた角と紫色のオーラを引っ込め、額から角を出し、赤黒いオーラを纏う。そして、オーラを纏わせた黒百合と炎月を一気に振り下ろす。その延長線上が割れていく。フェンリルは、その身軽さで避けて行くが、デュラハンの方は馬に乗っているので、動きが鈍くなる。咲は、デュラハンの方に瞬時に近づき、馬ごと粉々に斬り裂く。
『デュラハンを倒したことで統治権が委譲します。カナダ・グリーンランドの統治権がデュラハンから高山咲に委譲。デュラハン討伐の功労者である、高山咲に報酬として、進化の権利と武具を授与します。
支配者の討伐を確認しましたので、一部の情報を解禁します。神の領域の持ち主は、神に至れる可能性を持つ事が出来ます。神に至った人は、これまでと比較にならない力を得る事が出来るでしょう。ただ、全ての人が神に至れる訳ではありません。現在開示できる情報は以上となります』
デュラハンを葬った咲は、フェンリルの方に向き直った。




