122.最悪の進路
観光を含めた探索は、大分進んで行った。探索開始から一週間経った頃、また空から声が響き渡ってきた。
『アスピドケロンを倒したことで領海権が委譲します。カナダ・グリーンランドの領海権がアスピドケロンからガイア・カイエンに委譲。アスピドケロン討伐の功労者である、ガイア・カイエンに報酬として、進化の権利と武具を授与します。
支配者の討伐を確認しましたので、一部の情報を解禁します。この世界の海は十一のエリアに分割されています。その海を支配出来る権利が領海権です。現在開示できる情報は以上となります』
この前の内容の海バージョンというあまり進展のある情報ではなかった。香織達は、この情報が開示されるということは、統治権に関しても同じ内容のものが開示されると予想していた。そして、その予想は、次の日に当たった。
『緑龍を倒したことで領海権が委譲します。ロシアの領海権がヴェルデ・ガライルからアクリーナ・アダモフに委譲。緑龍討伐の功労者である、アクリーナ・アダモフに報酬として、進化の権利と武具を授与します。
支配者の討伐を確認しましたので、一部の情報を解禁します。この世界の土地は十一のエリアに分割されています。その土地を支配出来る権利が統治権です。現在開示できる情報は以上となります』
これで、全てのエリアが十一に分かれている事が判明した。香織達は、ここで、最初に感じた違和感を思い出した。
「どこで分かれて、十一のエリアになっているんだろう?」
「そうね。領海権と統治権だけで言えば、日本が増えただけだろうけど……」
そう、全てのエリアが共通なら、日本とアメリカの領空権は別々になっていなければならない。しかし、実際には、そうなっていない。つまり、何かしらの謎がまだ残っているということだ。これには、真夜も少し考え込んでいた。そして、一つの答えを導き出した。
「仮に、複数箇所の権利を手に入れたとしたら、複数のスキルになるのかしら?」
「それって……」
「可能性として、権利は合わさっていくものなんじゃないかと考えているわ」
「じゃあ、私が、アメリカの統治権と領海権を得たら、私の持つ日本の権利と一緒になるって事?」
「多分よ。もしかしたら、元々アメリカには、領空権を持っているモンスターがいて、それを赤龍が倒したため、一緒の権利になっているんじゃないかしら」
権利の融合。これが真夜の出した答えだった。仮にこの話が本当だったとしたら、色々とまずいことになる。
「つまり、この世界を完全支配出来る可能性があるって事よ。有り体に言えば、世界征服ってところね」
「はぁ……じゃあ、私と咲が狙われる可能性も増えるって事だね」
「そうね。他の権利持ちが、そういう思考に至らないことを願うばかりだわ」
そのような事がありつつ、香織達は、普通に暮らしていた。しかし、それも長続きしなかった。
その日、家に解放軍の一人が朝早くから現れた。ドアを激しくノックする。
「どうしたの?」
朝ご飯を作っていた真夜が出る。既に、香織達も起きている時だった。
「至急、本部までお越しください! 緊急事態です!」
真夜は、ただならぬ事情と判断して、すぐに移動する。香織達も、それに同行した。通される部屋は会議室だ。
「どうしたの!?」
「本部長。こちらを見て下さい」
部下の一人が、真夜に紙を渡す。真夜は、それを見て顔を強張らせた。
「これは……本当なの!?」
「はい。予測ルートではありますが、まず間違いないかと」
「今までと違うルート……違う……同じルートを通った事は!?」
「しょ、少々、お待ちください!」
部下の一人が、すぐに調べに動いた。
「お母さん、どういうこと?」
「ベヒモスが、この街に来るわ。近くじゃなくて、この街に向かってくるのよ」
これには、香織と咲も顔を強張らせる。そこに、調べてきた部下が戻ってきた。
「今まで、同一のルートを通ったという事はありません。常に別の場所を歩いています。途中で曲がる事があれば良いですが、基本的にそんな事はないようです。途中で睡眠に入れば、ルートが変わる可能性がありますが……」
「期待するだけ無駄という事ね?」
「最後の睡眠は、およそ二日前。通常通りなら、次の睡眠まで二週間以上あります。ですが、ベヒモスがここに到着するまで、およそ一週間と少しです」
「ほぼ確実に、ここに来るわね……すぐに対策を考えるわ! 解放軍のメンバーを集めて。それと住人の避難を進めて。避難先は、ボストンよ」
真夜の指示で、部下達が動き出す。
「お母さん、私達も手伝うよ!」
「ありがとう。じゃあ、一緒に対策を考えて貰うわ。あなた、避難先に向かって、受け入れ準備を整えて」
「分かった」
悟は、ボストンの受け入れ準備を整えるために、すぐに部屋を出て行く。
「香織、ベヒモスを倒す事は出来る?」
「分からない。やれるだけやってみてもいいけど、トドメはそっちでやってくれないと困るよ?」
「そうね……後は、ベヒモスの進行ルートを変える事が出来れば良いんだけどね……」
「大きな壁を作り出す事は出来るよ。周囲の土地を使用する事になるけど」
「この際、贅沢は言っていられないから、それもお願い。厚みは三メートルから五メートル。高さは、百メートル付近まで上げられるといいわ」
「出来るかな……?」
香織が地面を支配すれば、壁を作り出すことは出来るが、注文通りに出来るかは、正直分からなかった。
「やってみるよ」
「じゃあ、このラインでお願い」
真夜が、地図に指でラインを引く。
「ここまで、一日掛かるから、向こうでの泊まりになってしまうけど頼める?」
「うん。大丈夫。じゃあ、壁の前に罠を張り巡らせておくから。そこに人が行かないようにしておいて」
「分かったわ。気を付けて」
「それと、ベヒモスについての情報を頂戴。仮に、予想よりも早く来たら、こっちで対応しないといけなくなるから」
「そうね。まず、ベヒモスは異常なまでに巨大よ。全長二十キロ、高さは十キロあるわ。そして、時速五キロの速度で歩いている。途中にある障害物は全て無視して進み続ける。二、三週間に一度、一週間以上の睡眠につく。後は、ほとんどの攻撃が効かない。これが一番厄介ね。あらゆる攻撃手段を試したけど、どれも効果がなかった」
本当に厄介な特性を携えているようだ。
「攻撃が効かないか……神の領域に入っている人の攻撃はどうなんだろう?」
「可能性はあるけど、神の領域に入らないと倒せないモンスターって、意地悪すぎるわね」
神の領域に入ったのは、恐らく香織達くらいしかいない。まず、レイモンドは持っていなかっただろう。持っていれば、香織達も苦戦するくらいの戦闘力を持っているはずだったが、香織は、レイモンドの攻撃をあっさりと支配出来た。同じように能力を得ていても、何かしらで大きな差が生まれているようだ。恐らくは、権利所有モンスターとの死線などと考えられる。
「じゃあ、行って来るね。壁造りが終わったら、帰ってきた方がいい?」
「その方が良いわ。よろしく」
「うん!」
香織は、咲達と一緒に、真夜が指示した場所まで空を駆けて進んで行く。