117.家族の話
香織達は、別室で寛いでいた。真夜と玲二の同盟締結に向けての話し合いが終わるまで暇になったからだ。
「結構早く帰ってきたわね?」
「うん。向こうに攻撃させれば良いだけだからね。一応、相手にも契約で死ぬことになるから、立ち去れって言ったんだけど、信じて貰えなかったんだ」
「まぁ、普通はそうよね。いきなり、攻撃したら死ぬことになるなんて言われても、パッと来ないわよ」
「一気に何百もの人を殺したから、奴隷だった人達に怯えられちゃった。多分、殺したことを何とも思っていないからだと思うけど」
「そんなの見たら、ショックを受けるのは仕方ないわよ。こんな世界で、割り切る事が出来ない人達もいるのよ」
自分が生き残るために、誰かを殺す。そのことを良しとする人ばかりではない。世界が変わっても、殺しを是とするのは、難しいようだ。
「多分、私が間違っているんだよね」
「そうやって、悩むのはやめておきなさい。キリが無くなるわよ」
「でも……」
「確かに、人を殺すという行為は、悪に分類されてしまうような事よ。でも、香織には、理由があるでしょ? 無闇矢鱈に誰かを愉悦のために殺しているわけじゃない。誰かを守るため、そのためにやっているでしょ? 今回だって、香織がやろうとしたのは、私達とおばさん達を守るためでしょ?」
「それはそうだけどさ」
「香織を否定しようとしている人達は、勝手に言っているだけでしょ? 何をしたって、否定してくる人は一定数いるわ。本心で言っている人もいれば、ただ否定したい人もいる。そして、私達人間っていうのは、肯定的な意見よりも否定的な意見の方が、より深く刺さるものよ」
咲の言葉に、少しだけ香織が黙り込む。
「香織のやっている事が正しい事とは言わないわ。本当に正しいものなんて、誰にも分からないもの。逆に言えば、香織が間違っているかどうかもわからない。だから、人の意見なんて、気にしないで、自分の信じるようにいきなさい。もし、仮に間違っている事をしていると思ったら、私が止めてあげるから」
「うん。分かった。ありがとう、咲」
香織達の話が一段落すると、焔達が近寄っていく。そして、五人でゆっくりと話をしていった。
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一時間程経った後、真夜と玲二、悟が、香織達のいる部屋に入ってきた。
「同盟は締結した。取りあえず、俺達の最大の目的は達成した。今日は、野営地に戻るぞ。香織達は、ここに泊めて貰え。積もる話もあるだろうからな」
「うん、分かった」
玲二達冒険者は、野営地に向けて移動していった。野営地にいる仲間にも、この情報を共有させるためだ。香織、咲、焔、星空、白雪は、解放軍本部に残ることになった。真夜や悟と話すためだ。
「改めて、久しぶりね、香織、咲ちゃん。そっちの子達は?」
真夜は、香織と咲の後ろにいる焔、星空、白雪を見て訊く。
「人造人間だよ。私達の娘で、焔、星空、白雪だよ。白雪は、声を出せないから、この筆談板で話すから」
「焔です。よろしくお願いします」
「星空。よろしく」
『白雪。よろしくお願いします』
焔達は、頭を下げて挨拶をする。
「娘!?」
悟は、驚いて固まっている。
「いつの間にか、孫が出来ていたのね」
「可愛いでしょ?」
「まぁ、可愛いけど」
香織は、焔達が褒められたのが嬉しいようで、満面の笑みになる。
「自慢の娘達だよ!」
「そうなの。じゃあ、私達の自慢の孫になるね」
真夜は、焔達の頭を順々に撫でていく。香織とは違う撫で方だが、焔達は嫌がる素振りを見せなかった。
「そういえば、咲ちゃんは、凄く綺麗に成長したけど、香織はちんちくりんのままだね」
「んなっ!?」
香織は、顔を真っ赤にする。恥ずかしさよりも怒りの方が強い。
「誰が、ちんちくりんじゃあああああああ!!!!」
「どっからどう見てもちんちくりんじゃないの。三年前から成長していないみたいに」
「みたいじゃなくて、成長していないの!」
香織がそう言うと、今度は真夜の方が驚きで固まる。
「……あなたは聞いていたの?」
「ああ、咲ちゃんから聞いたよ。ラスベガスのレイモンドのように能力を手に入れたんだったね?」
「うん。家に宝箱が現れて、開けたら、能力を得たんだ。咲も、私の家の宝箱で能力を得てるよ」
「だから、強くなったんだね。その子達がいるって事は、香織は錬金術士になったんだね。咲ちゃんは?」
「剣士です」
「二人とも普通の職業で、異常な強さを得ているんだ?」
悟は、能力を得たと聞いて、特別な職業に就いたのかと思っていたようだった。レイモンドの職業を知らないから、能力を得ている人がどのような感じなのか知らないのだ。
「職業は普通だけど、能力は桁違いだよ。普通の錬金術師には出来ない事が、私には出来るからね。あのレイモンドって人も、桁違いの魔法を使ってたから。やろうと思えば、私にも再現は出来るけど」
「……香織は、それを人のために使っているのかい?」
悟がそう訊く。
「ううん。どちらかというと、私や咲、焔達のために使っているけど」
「向こうで暮らしている時に、何度か香織の力を利用して、金儲けに使おうとしている人や、悪用しようとする人がいましたから、あまり他の人に使おうという気にならなかったんです。それでも、向こうでは店を開いていましたから、完全に私達にだけ向けていたわけではないですよ」
香織の返事に、咲が補足を付け足す。
「まぁ、きちんと自分のためにも使っているなら、文句はないさ。それで、自己犠牲の精神で何かをしているなら、怒ったけど」
「そうなの? でも、なんで? 自己犠牲は美徳って考え方の方が多くない?」
「その考え方をする人もいるけど、自己犠牲なんてしない方が良いに決まっているだろう。それが、自分の愛娘達なら、尚更だよ」
「なるほど。そうだ! お母さん達はどうだったの!?」
香織は、真夜達の三年間について訊く。
「見ての通り。変異の時にも、ここにいたけど、大混乱でね。魔物も沢山現れて、多くの人が被害に遭ったんだよ。軍が出動して、一時的になんとかなった時期もあったんだけどね。今度は、魔法を使える人が増えて、その犯罪も増えてね。このままじゃ、ダメだと思って解放軍を組織したんだ。アメリカを元あった形にする事を目的としたね」
「冒険者と同じような感じだね」
「そうね」
やはり、冒険者と解放軍は、似たようなものを根本としている組織だった。だからこそ、今回の同盟もすんなりと成立させることが出来たのだ。
「解放軍も規模が大きくなってね。色々なところに支部を作り出して、それぞれ信じられる人に任せている。ロサンゼルスのエマも、その一人ね」
「それって、アメリカの全土に散っているの?」
「そうだよ。カナダを挟んだ先にあるアラスカ州にも派遣しているんだ。真夜の判断は的確でね。混乱していたアメリカが、少しずつまとまっていくのを感じたよ。ただ、やっぱり、全ての人達が同じ志を持つことは出来ない。レイモンドのような人達と何度も争いになったけど、どうにか凌いできたんだ。今日までね」
「レイモンドと同じような人は、まだいるの?」
「ここの付近にいたのは、もう全滅したけど、西海岸の方には、まだいるんだったはず。エマからの報告には、そのことについて触れたものはなかったから、最近は見ていないみたいだけど」
日本で言う山賊のような人達の事だろう。どこの国にも同じ考えを持つ者はいるということだ。
「さて、話はこのくらいにして、家に向かおう。他の話は、家に着いてからだ」
このまま話していると、時間があっという間に過ぎていくと判断した悟がそう言った。
「それもそうね。皆、夕飯で食べたいものはある?」
「ハンバーグ!」
「炒飯が食べたいです」
「唐揚げがいい!」
『コロッケ』
香織、焔、星空、白雪は、遠慮無しに、自分達が食べたいものを言った。咲は、そんな四人を苦笑いで見ていた。
「咲ちゃんは?」
真夜は、四人の回答に文句も言わずに、咲にそう問いかけた。
「私は、何でも大丈夫です。香織達の好物を作ってあげて下さい」
「遠慮する事ないのよ? 咲ちゃんも私達の大事な子供の一人なんだから」
咲は、真夜の言葉に少し固まった。真夜の言葉が嫌だった訳では無い。寧ろ、その逆で、嬉しさで固まってしまったのだ。
「じゃ、じゃあ、その……メンチカツが食べたいです」
「意外と、がっつりしたものが好きなのね。じゃあ、今日は腕によりを掛けて、料理を作ってあげるわ」
真夜は、嬉しそうにそう言った。そして、皆揃って、真夜と悟の家に向かった。