116.契約の重さ
天幕を飛び出した香織は、ラスベガスから来た敵の一団の前に着地する。敵は、いきなり現れた香織に警戒する。
「今引き返すなら、見逃してあげる! でも、ここで、引き換えさずに、攻撃してくるなら、あなた達全員を殺す事になる!」
香織は、精一杯の脅しをした。ここで引き返してくれるのなら、香織としても有り難い事だからだ。だが、敵の一団は、それで引き返すようなことは無かった。
「何だ!? お前は!? いきなり現れて、何を言ってやがる!?」
一団から前に出てきたのは、異常な程豪華に装飾された服を着た男だった。
「だから、ここで引き返して欲しいって言ってるの。それと、もう二度と、ここには近づかないで。それで、命が助かるなら、安いもんでしょ?」
「いや、ここは潰させて貰う。俺の王国を作るためにもな!」
「そんなしょうも無いことで、ここを潰されても困る。それに、死ぬのは、ここに来ているあなた達だけじゃないよ」
「何を言っている?」
香織の前にいる男、レイモンドは、眉を寄せてそう言った。
「あなたの仲間と契約を結ばせて貰った。私に攻撃すれば、奴隷を除く、あなたの仲間は全員死ぬ。分かったら、ここから離れて欲しいのだけど」
「それが本当という保証は無い。お前が嘘をついているだけだろ」
「はぁ……じゃあ、これが証拠」
香織は、契約内容が書かれた紙を取り出す。そこには、マイクのサインが確かに刻まれていた。
「マイク? そんな奴いたか?」
レイモンドは、マイクの事すら認識していなかったようだ。他の人達も首を捻っている。どうやら、あのマイクという人達は、この組織の中でも末端に位置するのかもしれない。
「それで、どうするの? ここで帰ってくれる? それとも、仲間もろとも、全滅する?」
香織の声色は、ひたすら冷酷だった。これから、多くの人の命を奪うことになるかもしれないというのに、一切の動揺を示していない。その姿を、レイモンドは、嘘がばれないようにしていると取った。
「お前を殺して、ここにいるはずの解放軍を全滅させる。死ぬのはお前達だ!」
レイモンドは、大量の水を生み出して、香織を押し流そうとしてきた。
「はぁ……馬鹿……」
香織は、手を前に突き出す。その手に、レイモンドが出した津波が触れた瞬間、水が空に舞い上がった。香織が、レイモンドの出した水を支配下に置いたためだ。そして、香織は水音にかき消されて聞こえないでいたが、レイモンド達が倒れて苦しんでいた。
「な……なに……が……!?」
レイモンドは首を押さえて、藻掻いている。
「だから言ったじゃん。私を攻撃したら、皆殺すって。だから、今そんな事になっているんでしょ? あなたが、私の出した提案を呑んでいれば、こんなことにはならなかったのに」
この間に、香織は、レイモンドが生み出した水をハドソン川まで移動させて流した。これで、解放軍への被害はゼロだ。
「くそ……おれが……こんな……とこ…………で……」
レイモンド達の息の根が止まった。だが、生き残っている者達もいる。香織は、油断せずに少しずつ近づいていく。
「あなた達は、奴隷の身分になった人達?」
香織が質問すると、生き残った人達は、こくりと頷いた。一瞬で、多くの人を殺した香織を恐れているようだ。
(さすがに、目の前で人が殺されたら、普通の反応かな。いや、私が何も感じていないように見えるからか。実際に、何も感じてはいないんだけど。まぁ、私が、おかしいだけだけどね)
香織は、なるべく怖がらせないように、笑顔になりながら接することにした。
「あなた達を虐げていた人達は、もういないけど、ここを襲撃する気はある?」
生き残った人達は、全力で首を振った。
「じゃあ、どうする? ラスベガスに帰る?」
「……解放軍に入れて貰う事は出来ますか?」
恐る恐るという風に香織に訊いてきた。
「さぁ? 私は解放軍じゃないから。代表に口利きくらいはしてあげるよ。ラスベガスに帰りたい人にも、支援くらいはしてくれると思う。取りあえず、向こうに行こう」
香織が、手招きすると、生き残った人達が付いてきた。
(ラスベガスが、どんな風になっているか分からないけど、エマさんが異変に気が付いたら、どうにかしてくれるはず。う~ん、少し気になるし、坂本さんに頼んで、途中よってもらおう)
香織は、生き残った人達を真夜のところまで案内する。真夜達は、既に戦闘に備えて様々な場所に散っていた。それでも、指揮官がいる場所くらいは分かったので、無事に案内することが出来た。解放軍は、まだ警戒しているのか、生き残った人達に、鋭い眼差しを向けていた。
「香織、その人達は?」
「奴隷の身分にいた人達。解放軍に入りたいって。色々とあるみたいだから、連れてきた。この人達の、これからを考えるためにも、お母さんに相談しないとって思って」
「なるほどね。分かったわ。アルファとベータは、ここの警戒を二日間続けるように。他は撤収。全隊に伝えて」
「了解!」
真夜の傍にいた女性が、すぐに駆けだして行く。
「この人達を保護して。でも、まだ、信用することは出来ない。しばらくは、私達と別の場所に隔離する事になる。それで、良いわね?」
真夜がそう言って、生き残った人達を見ると、全員が一斉に頷いた。自分達の立場を分かっているようだ。
「一人一人に希望を訊いていく事になるから、今後の身の振り方を、もう一度、しっかり考えなさい。私達は、解放軍に入ることを強制するつもりは無いわ」
真夜は、手振りで部下の一人に指示をして、生き残った人達を連れて行かせる。残ったのは、香織だけだ。
「それで、香織は、これからどうするの? アメリカに来たのは、私達に会うためでしょ? それを達成した今、これからどうするの?」
真夜は、何のために香織がアメリカまで来たのかを、一発で言い当てた。
「しばらくは、こっちにいるよ。坂本さん達も、この周りを探索したいだろうし、私も、探索したいし。後は、北に向かって、薬草の上位に位置する植物を探す感じかな」
香織は、今までの旅程で決めた通り、この後は北に向かう気でいた。
「薬霊草ね。栽培出来るか分からないわよ? 私達の研究班は、今も挑戦している最中だし」
「やっぱ、難しいんだね。まぁ、それは日本に帰ってからゆっくりと考えるよ。そうだ! お母さんは、咲に会わないと!」
「咲ちゃんに? ああ、領空権ね」
「そう。後、これ」
香織は、真夜にエマからの手紙を渡す。
「エマから?」
真夜は、すぐに封を開けて、中身を確認する。
「なるほどね。色々と事情は分かったわ。私も、すぐに本部に戻る。香織も付いてきなさい」
「分かった」
香織と真夜は、解放軍と共に解放軍本部に戻る。
「本部長! 研究班からの報告書です!」
「こっちは、探索班からです!」
本部に入るや否や、真夜の元に解放軍の人達が集まって、報告書を手渡していく。
「全く、こういうのは、夫に渡してって言っているのに……分かった。西からの敵は、対処したから、もう大丈夫。これから、その奴隷だった人達が来るけど、念のため、まだ隔離にしておく。衣食住は、ちゃんとしてあげて」
「既に手配済みです」
「じゃあ、通常運行に戻って」
「はっ!」
手早く指示をして、悟の執務室に向かう。すぐに扉を開いて中に入る。
「真夜!?」
いきなり現れた真夜に、悟は驚きの声を上げる。執務室の中には、まだ咲や玲二達もいた。
「事情は、エマからの手紙で知ってる。同盟には同意するわ。すぐにでも、契約を交わしましょう」
そう言いながら、真夜は悟の机まで歩いていく。その途中で、咲に視線が向く。
「咲ちゃん!? あらぁ、すごい美人さんになったわねぇ!」
真夜は、成長していても咲が咲である事に、すぐに気が付き、ぎゅっと抱きしめた。咲の方は、急なことでオロオロとしていた。
「お母さん、咲が困っているよ。積もる話は、後にして、同盟の締結からしないと」
「それもそうね。じゃあ、咲ちゃん、また後でね。香織も一緒によ」
「分かってるよ」
「では、同盟の内容を詰めましょうか」
「ええ、分かりました」
真夜と玲二は、日本とアメリカの同盟内容について話し合いを始める。香織達は、邪魔にならないように、別の部屋に案内された。




