111.焔達の訓練
香織が研究している間、咲達は、空港から少し離れた場所で向き合っていた。
「皆、本気で掛かってきなさい。そうじゃないと、訓練にならないから」
「分かりました」
「わかった」
『了解』
咲は、一人で三人を相手にする。三人の対人戦の勘と三人の連携を鍛えるためだ。
まず最初に動いたのは、焔だった。咲目掛けて、正面から突っ込んでいく。その後ろで、星空が黒影を構えて引き絞る。そこに、魔力で出来た矢が番えられた。そして、焔の背中目掛けて放たれる。焔は、矢が放たれると同時に、身体を目一杯前傾させる。焔の頭上を矢が飛んでいった。
咲は、黒百合を振るって矢を打ち払う。咲が、黒百合を振りきった瞬間に、焔が紅桜を突き出す。咲の腹に目掛けて突き出された紅桜を、咲は、身体を軽く捻るだけで避ける。確実に当たるはずの攻撃だったが、咲からしたら、まだまだ遅い攻撃のようだ。身体を捻った咲に対して、氷の槍が放たれた。身体を捻った関係で、氷の槍が飛んできている方の手に、黒百合を持っていない。身体を正面に直して、黒百合を振うには、時間が足りない。
白雪は、当てたと確信した。しかし、次の瞬間、目に映った状況に眼を剥くことになる。
「中々やるわね」
咲は、空いてる手を握りしめて、氷の槍の側面に叩きつける。それだけで、氷の槍は、粉々に砕け散った。
「ふっ……!」
短い呼吸とともに、咲に紅桜が振われる。咲は、難なく黒百合で弾く。その上空から、黒い炎を纏った矢が降ってくる。咲は、水を纏った黒百合を上に向かって斬り上げる。黒い炎を纏った矢は、咲の水を一瞬で蒸発させるが、その下の黒百合によって弾かれた。
黒い炎をまともに受ければ、咲としても、どうなるか分からないために水で予防線を張ったが、炎の勢いを弱めるだけしか効果がなかった。
「黒百合だけでも弾けるみたいね。なら、怖がる必要もないわ」
今度は、咲の方から動き始める。焔に向かって、黒百合を振う。焔は、紅桜で防御するが、受け止めきれず、そのまま吹き飛ばされる。焔が、自分から離れたので、咲は、厄介な星空に向かって駆け出す。星空は、そんな咲に対して、黒影を限界まで引き絞り、矢に魔力を込め続ける。普通であれば、矢を乱射して接近を拒むはずだが、星空に矢を放つそぶりはない。
咲の目の前に、いきなり、氷の壁が生まれる。だが、そのようなものでは、咲の歩みを一瞬止める事しか出来ない。咲は、黒百合を一閃して、目の前の氷の壁を割る。その一瞬が、星空達の狙いだった。一瞬だけ動きを止めた咲目掛けて、魔力を大量に込めた矢を放つ。いつもよりも速く、威力の高い矢は、咲に突き刺さった……ように見えた。実際は、黒百合の腹で受け止めて、防いでいた。香織が作り、咲が進化させた黒百合は、そんな一撃にも軽々と耐えてみせた。ただ、その威力のせいで、咲は、数メートル押し返された。
「中々やるわね……」
避けた咲に、白雪が、地面から突き出てくる氷の槍で、追撃をしてくる。その攻撃を、咲は、風を纏わせた黒百合で、一閃して砕いた。そのタイミングで、咲は、自分の背後に嫌な予感がする事に気が付いた。すぐに背後に向けて、黒百合を振う。黒百合は、赤い炎を纏った紅桜によって防がれた。その持ち主である焔の手足は赤い鱗に覆われ、瞳孔は縦に割けている。そして、その背中には、被膜の張った羽が生えていた。
今の焔の力は、素の咲の力と拮抗している。二人が鍔迫り合いになっていると、今度は、星空の方から、嫌な予感がした。咲が眼だけで、星空を確認すると、星空の身体も黒い鱗で覆われ、黒影に番えられている矢に黒い炎を纏わせている。炎の勢いは、今までで一番強い。このままだと、直撃を避けることが出来ない。咲が、焔を弾き飛ばして、避けようと思うと、脚に冷気が纏わり付き、脚と地面を凍結させた。
(焔と白雪は、足止めに徹して、高威力を出せる星空が、トドメを刺すというわけね。いつも三人でいるから、連携はすごく合ってる。それに、人相手でも、手加減無しで、攻撃出来てもいる。これなら、これからも大丈夫そうね)
咲は、そう考え、訓練を終わらせる。一瞬、鬼神化し、焔を弾き飛ばした後、脚と地面を繋げている氷を無理矢理引き剥がし、星空の放った黒い猛火の矢を叩き斬った。
「さぁ、今日はこれくらいにするわよ。皆も疲れたでしょ?」
咲の言うとおり、焔達は、意外と疲労していた。特に『龍化』していた焔と星空の疲労が酷い。
「三人でも勝てないとは思わなかった」
「改めて、咲様の強さを実感しました。完全に隙を突いて、攻撃していたのですが」
『脚、大丈夫?』
「大丈夫よ。三人とも、かなり良かったわ。焔は、自分を囮にしつつ、自分で攻撃出来る時には、積極的に攻撃していたわね。仲間をきちんと信じているというのも感じたわ」
咲は、最初に焔を褒める。焔の頭を撫でてあげると、焔は、少し照れていた。
「星空は、焔をよく利用していたわね。焔の作り出した隙を見逃さないのは、とても良かったわ。それに、攻撃の選択も良かった。決めるべきところで、特大の攻撃を繰り出すのは、良い事よ。最後の一撃も、かなり強かったわ」
「でも、防がれた」
「あの攻撃を防げる人なんて、そうそういないわよ。そもそも、あの黒い炎は、普通に当たれば、やられる可能性が高いもの」
星空も焔同様に頭を撫でてあげる。星空はくすぐったそうにしている。
「白雪は、攻撃しつつ、皆のサポートが良く出来ていたわ。氷の壁やさっきの足枷ね。味方の一人にサポートをしてくれる人がいれば、戦闘も有利に運ぶことが出来るわ。身近な人だと、香織がそこに当てはまるわね。白雪は、このまま攻撃の自由度が上がっていくと、もっと良いかもしれないわね。その辺りは、香織から習うった方が良いかもしれないわ」
『分かった』
咲は、白雪の頭も撫でてあげる。白雪は、気持ちよさそうにされるがままだ。
「ただ、皆、一つだけ、私と約束しなさい。無闇矢鱈に、人を傷つけないこと。出来る事なら、話し合いで解決出来ると良いわ。もし、こちらから傷つけてしまえば、相手にこちらを害する理由を与えることになるわ。それだけは、絶対に避けないといけない。私達は、人殺しがしたいわけじゃなくて、自衛がしたいだけだから」
「自衛のためなら、人を殺すのは良いんですか?」
焔が、無邪気に問う。
「う~ん、正直なところ、良いことではないわね。でも、そうしないといけないときもあるわ。自分の命と大切な人の命を守るためにはね。今の世の中じゃ、この考えが重要よ。ただ……」
「ただ?」
「世界が平和になった時は、この考えを改めないといけなくなるわ。その時の切り替えが心配ね。まぁ、その時になったら考えれば良いわ。とにかく、自分と大切な人の命優先で動く事。良いわね?」
「はい。分かりました」
「うん」
『分かった』
三人は、素直に頷いた。
(正直、こういう事をしっかり考えないといけないのは、香織の方なのよね。あの子は、私達が、害されると分かれば、遠慮無しに、その相手を殺すもの。そのことを、責める気はないけど、この先、世界が元に戻るようなことがあったら、改めさせないと)
咲は、そんな事を考えつつ、昼ご飯を作るために、空港へと戻っていった。
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