91.今の日常
咲が、材料集めに行っている間に、香織は、工房に籠もっていた。今日は、焔と星空がいるので、店番を任せている。
「はぁ……設計図作りは、面倒くさいなぁ……」
香織がやっているのは、魔導発電機を図面に引いていた。ついでに、発電効率を上げるために、改良を加えていた。その結果、構造自体が少し変化している。
「ああ~~~~!!!! 思いつかない!! これ以上効率を上げるなんて出来るの!?」
香織は、書いていた設計図を地面に落として、新しい紙を製図台に載せる。
「そもそも、ここの構造が効率を下げる事になっているけど、これを変えると、発電そのものが出来なくなるから、他の構造も変えないと……でも、こうすると、大きさが倍以上になりそうなんだよね……いや、街全体を賄う発電機だから、大きさに拘らなくてもいいはず……じゃあ、この方法で、効率を上げて……後は、魔力以外の発電方法も取り入れるとかも良いかも……大気魔力が薄くなると、ちゃんと稼働するかどうか分からないし……」
改良案を口に出しメモをしながら、図面にも引いていく。こんな風に設計図を引いているせいか、一週間で、一割も進んでいない。
「あああああああああああああ!!!! もう!! 分かんない!! 寝る!!」
何もかもが分からなくなり、不貞寝するまでが、いつも通りとなっていた。
────────────────────────
香織が寝ている間に、咲が家に帰ってきた。
「ただいま。香織は、工房?」
「はい。ずっと、籠もっています」
「さっき、叫び声が聞こえた」
「じゃあ、不貞寝しているわね」
いつも通りの事なので、咲も香織の行動パターンを読んでいる。咲は、店から家の中に入り、工房に向かう。
「起きなさい!」
咲は、容赦なく布団を剥ぎ取って香織を起こす。
「何……? もう、何も思いつかないんだよ……」
香織は、不機嫌そうに口を突き出しながらそう言った。
「ずっと外に出ないで、引きこもっているからよ。気分転換に、外に出て散歩でもしてきなさい」
「うぅ~ん……やだ……」
咲は、青筋を立てて、香織の首根っこを掴み、玄関から投げ出した。靴も一緒に投げ出すのを忘れない。
「ちょっと、散歩してきなさい」
「はい……」
咲に怒られて、香織は、散歩に出た。ちなみに、一週間ぶりの外である。
「う~ん、外に出ても何も変わらないんだけどなぁ」
香織は、道なりに進んでいく。特に、目的地があるわけではないので、適当に歩いているのだ。その道中、香織は、何故か注目を浴びていた。
「なんで、皆、こっちを見るんだろう? 普通に歩いているだけなんだけどなぁ?」
香織は、何気なく下を見てみると、自分の服装が映る。外に出ても問題ないワイシャツと黒いジーパンだ。外に出るつもりはなかったが、焔達に呼ばれたら、すぐに行けるように、普通の服装をするようになっていたのだ。
「そりゃ、こんな寒い時期に、薄着で歩いてたら、びっくりするよね」
雪が降るような冬の気温で、薄着で散歩している時点で、おかしな人認定されても仕方ないだろう。
「適当なコートでも着ておこう」
香織は、アイテムボックスから、コートを取り出して着る。基本的に服をアイテムボックスに入れているので、こういうときにも困らない。咲も、そのことを知っているので、何も持たせないまま、香織を放り出したのだ。
「はぁ、昔は、雪が降ってきただけで喜んだっけ? 今じゃ、二年連続で大雪だから、珍しくもないし、寧ろ、雪かきとかが大変だから、降らないで欲しいって思うくらいなのに」
左右に雪がどけられた道を進んでいく。そして、近くの海に着いた。
「うぅ~ん……」
香織は、海風を浴びながら身体を伸ばす。
「ふぅ……海って、あまり良い匂いじゃないなぁ……」
香織は、少しだけ顔を顰めて、海から離れていった。
「何だか、頭がすっきりしてきた。咲の言うとおり、ちょっと籠もりすぎたかな」
香織は、歩きながら、アイテムボックスから取り出した海蛇を振った。草むらに隠れていたゴブリンのようなモンスターが弾け散った。
「この辺も、意外とモンスターいるんだよね。いっそ、モンスターの発生しない領域みたいなものを作れたら良いかな? でも、色々な問題が起きそうだなぁ。そもそも、それを管理する人をどうするかって事になりそうだし」
香織は、海蛇を腰に括り付けつつ、そんな風な事を考え始める。
「こういう管理についての問題は、これから表面化しそうだよね。空港の発電機は、坂本さん達に任せるけど、他にも色々とあるよね。それこそ、奪還者とか山賊とかが、何かしに来そうだし。そもそも、いつまで、あんな風な行動し続けるんだろう? もう、あまり利点がないはずなのに」
香織と咲によって、権利の全てを解放された今、冒険者達も自由に動く事が出来るようになり始めた。どこかを占有しようとしても、冒険者によって討伐される危険性が上がっているのだ。奪還者の中にも腕の立つ人はいるのだが、冒険者の数の力に敵うはずもない。
「引くに引けないみたいな感じなのかな? まぁ、どうでもいいか。基本的に、冒険者達の方が強いし」
香織は、様々な場所を歩き回った。時折、知り合いの冒険者に会うので、軽く挨拶を交わしたりと、少しの交流をしていた。
結構長い時間、散歩をしてから香織は、家に帰ってきた。
「ただいま~~」
「おかえり。どう? 気分は晴れた?」
「うん。少し、すっきりした。ありがとう」
「どういたしまして。材料は、棚に仕舞っておいたわ。後で、確認しておいて」
「うん」
香織が帰ってくるのと、焔と星空がご飯を作り終わるのは、ほぼ同時だった。
「取りあえず、手を洗って。もうご飯よ」
「分かった」
香織達は、皆で揃って、ご飯を食べた。その後、二人一組でお風呂に入り、ベッドに向かった。
「明日は、焔達、万里ちゃん達と一緒に、冒険に行く日だったよね?」
「そうね。だから、明日はきちんと店番するのよ?」
「分かってるよ。さすがに、それはしっかりするよ」
香織は、咲と一緒のベッドに入る。
香織は、いつも通りの日常を送っていく。この数ヶ月間なかった平和な日々だった。
読んで頂きありがとうございます
面白い
続きが気になる
と感じましたら、評価や感想をお願いします
評価や感想を頂けると励みになりますので何卒よろしくお願いします