7.悲劇とそれから……(2)
その後も香織は、鞭を振るい男の身体を滅多打ちにする。香織が鞭を振う風切り音と、男に打ち据えられる鞭の音が響き続ける。
「ごめ……ごめん……なさい……やめて……もう……やめて……ください……」
男は、涙を流しながら許しを乞うた。
「あの家の人達は、やめてって言わなかったの? 抵抗しなかったの? 問答無用で、滅多刺しにしたんじゃないの? あの人達に、そんな事したあなたがなんで許されるの?」
香織の怒りは、どこまでも収まらなかった。咲とは、小学校からの親友だ。それぞれの家で遊ぶ事はなかったが、いろんな場所に一緒に遊びに行った。
そんな、親友の家族が無残に殺され、目の前にいる男は、咲まで殺そうとしている。そんな事を許すわけにはいかないのだ。
香織は、五分間、鞭で叩き続けた。相手が何を言っても止めなかった。時折来る魔物は、魔法で蹴散らした。香織の仕打ちを止めるような人も、周りにはいなかった。
そうして、五分がたった時、香織は鞭を収めた。男はまだ生きていた。身体を丸めてビクビク動いている。顔は涙と鼻水と血で汚れていた。
男の周りも血だらけだ。身体中に傷が刻まれている。散々鞭で叩かれたため、皮膚が裂けているのだ。
男は、一分程、身体を丸めていた。そして、自分を襲う衝撃が、収まった事に気づいた。
「許して…くれるの…か?」
男は、声を振り絞ってそう問いかけた。
香織は、無言で棒を担いだ、そのまま、男に近づく。
許されると思っている男は、身体の影にナイフを隠した。最初に飛ばされたものと別のものだ。もしもの時のために、もう一本用意しておいたのだ。
(よくも、ここまでやってくれたな。殺してやる!)
男はそう考えている。そんな事を知らずに、香織は近づいていく。男と香織の距離が後一歩となった瞬間、男はガバッと起き上がり、香織にナイフを突き立てようとした。
その瞬間、手を棒で殴られた。そして、今まで味わった事のない衝撃が、身体を駆け巡った。
棒に刻印された衝撃伝播の効果だ。
「…………!!!!」
男は、声も上げられない。地面にのたうち回る。
香織は、男を見下しながら、
「地獄であの家族に詫びろ」
そう言い、頭を棒で殴った。衝撃伝播の効果により、脳に衝撃が襲い掛かる。その結果、男は身体を大きく痙攣させて、絶命した。
「はぁ……気分悪……」
男を始末した後、香織は自分の家へと帰った。玄関の前まで来ると、扉の前に誰か座っていた。
「……!?」
香織は、瞬時に棒を構えた。
しかし、すぐに構えを解くことになった。
そこにいたのは、傷だらけの女の子だったからだ。その女の子は、香織が探していた咲だった。
「香織!」
顔を伏せっていた咲は、香織が帰ってきた事に気が付くと、駆け寄って抱きついた。
「咲……! 咲! 生きてた……よかった……!」
香織も咲を抱きしめた。ちゃんと生きている事を確認出来た。それは、香織にとって、とてつもなく嬉しい事だった。
香織は、咲を家に入れ鍵を閉めた。咲はあちこちに切り傷が付いていた。
「取りあえず、お風呂に行こう。傷を治すから」
「分かったわ……」
咲をお風呂場に連れてきた香織は、アイテムボックスから回復薬を大量に出した。咲と一緒にお風呂に入り、傷になっている部分に回復薬をかける。
「痛っ!」
「我慢して、これで傷が治るから」
咲の傷は、基本的に浅い切り傷だ。だから、香織の作った回復薬で治すことが出来る。回復薬を掛けた場所の傷が徐々に塞がっていった。
「すごい……」
咲がそう言った。
「私は、錬金術師なんだ。まだ材料とかが無くてこんなのしか作れないけど」
香織はそう言いながら咲の身体を洗う。
「もう自分で出来るわ」
と、咲は言ったが、
「ダメ、私がこうしたいの。きちんと咲が生きてるって事を感じたいの」
と香織が我が儘を言ったため、咲は為されるがままとなっている。
二人はそのまま湯船に入る。香織が、予約して沸かしておいたのだ。
「咲」
「なに、香織?」
「私、咲を追いかけてた人に会った」
香織が、そういうと咲は香織の肩を掴み、
「大丈夫だったの!?」
と心配した。
「うん、見ての通りだよ。私は、生きてるでしょ? 後、咲の家にも上がった」
そう言った瞬間、咲はビクッと震えた。
「誰か……生きてた……?」
咲の眼は、少し願いを含んでいた。生きてるという言葉を聞きたい咲。しかし、香織は、その問いに首を振って答える。ここで、嘘をついたとしても、何も意味がないからだ。
「そう……」
咲は、目元に涙を浮かべる。
「香織、迷惑かもだけど、私を、しばらく、ここに居させてもらえないかしら? まだ、あの男に追われてると思うの。でも、頼れるのは香織しかいなくて……」
咲は、涙目でそう言った。悲しみと恐怖が入り混じっている。
「いいよ。しばらくと言わず、いつまでもいてくれて。でも、咲の方が出て行くことになるかも……」
「どう言うこと?」
咲は、何を言っているのか分からないと言うふうに聞く。
「私、ついさっき、人を殺したの……」
香織が、そう告白すると、咲は顔を強張らせた。
「人を殺したの……? なんで……?」
咲は、声を振り絞ってそう言った。
「殺したのは、咲の家を襲った男。私が会った時、私を人質にして咲を捕まえようとしたの。咲を殺すためにね。
私、咲を殺されたくなくて……それに……咲の家族にあんな事をしたのが許せなくて……それで……殺したの……」
これを言えば、咲は今すぐにでも出ていってしまうだろう。香織は、そう思いながらも勇気を振り絞って言った。どんなに咲に嫌われても、これは言わないといけないと思ったのだ。
あの男が、まだいると思って、震えて生きるよりも、あの男がもういない事を教えておいた方がいいと考えたのだ。
香織は、顔を伏せる。咲の顔を見れないのだ。きっと、恐ろしいものを見るような顔をしてるだろう。そう思うと見れなかった。
そんな香織を見て、咲は……
「ありがとう、香織」
そう言いながら、香織を抱きしめた。
「私……、香織のおかげで生きてるわ……。それに……、これからも生きれるわ……。いつか……、殺されるかもって怯えないで済む……。本当に、ありがとう…… 香織 ……」
咲は、涙を流しながらそう言った。香織も涙を流しながら咲を抱きしめた。
しばらくお風呂場には二人の泣き声がこだました。
二人はお風呂から出て、服を着替え、今、リビングで隣同士で座っている。しかし、二人とも顔を真っ赤にしている。お風呂に入ったのとは別の理由で。
「私達、裸で何やってたんだろうね」
「そうね、ごめんなさい。いきなり抱きしめちゃって」
「ううん、それで私も救われたんだもの」
二人でそう言い合う。二人が顔を真っ赤にしていたのは羞恥心からだった。
「取りあえず、香織に甘えさせてもらうわ。ここに、一緒に住んでもいいのよね?」
「うん。大丈夫だよ。こういう状況だし、一緒にいた方が良いと思う」
「ありがとう」
「どういたしまして。じゃあ、ご飯にしよ」
「そうね。手伝うわ」
二人は、夕飯を食べ、少しゆっくりしてから同じベッドで一緒に寝た。互いに、今日は一人で寝たくなかったというのが理由だった。
二人は、身体的な疲れと精神的な疲れから、ベッドに横になるなり、すぐに意識を手放した。部屋の中に、二人の寝息だけ響く。
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