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ある家庭教師の視点
どうしてこうなった。
「はい、それじゃ……お名前何でしたっけ?」
「え? あ、セイラと申します」
「それじゃあ、セイラ先生による雷属性の基礎魔法の講義を初めていただきたいと思います。よろしくお願いします!」
「「よろしくお願いします!」」
カペラさんの兄の少年にまたお時間は大丈夫ですか? と尋ねられて、家庭教師の本日分のレッスン時間が残っていたのでハイと素直に答えた。素直に答えた私がいけなかったんです。
予測したイメージでは、都合の良い兄が説得して円満解決と私の指導を見て解雇か継続の判断をする(八二で解雇色が強い)正攻法的な? 妥当な妄想の二つ。そんな妄想は浅はかだと知った。
三人に教えるのはなんか違う。
一人は家庭教師に就任してから一度も言うことを聞かなかった私と同属性の少女。私なんかと比べるのが烏滸がましい程に優秀で、天賦の才を有しているだけに私とは違う人生を歩むだろう少女。彼女の気持ちも理解出来なくはなかった。雷属性は皆が座学は優秀なのが特徴だからこそ、実技が優秀な人物に教わりたい。自らを高めたいだけの純粋な欲求。雷属性は自分が優秀でありたいからこそ、格下に教わる暇があれば自分でやりたいという傲り。それが性質だ。
それでも学年の経験差を利用して多少敬れながら、きちんと受けようとする態度は私が求める理想です。それも初動で失敗したのだからそれも意味のないことですけどね。優秀過ぎるが故に私に必要性を感じなくなった彼女は傍若無人に私を斬り捨てました。
頂いた今月の給与分の働きさえ怪しくなり返金をして退職を考えた矢先でした。
全ての不満抑えて、不服そうであるがきちんと受けようとしている現在最初で最後の挽回のチャンスだ。本来チャンスなのだが……頭がそっち方面に向きません。
原因その一。その兄上が隣にいるのです。事前に知ってはいたが、金プラスのエリートです。授けられただけで貴族位が貰える金プラさまです。教師なんて引く手あまたなはずで、お金を払ってでも教えたいって人がいる金プラ。あの金プラですよ? 金プラ。家名に貴族位がある私ですが、世襲するのは兄姉なので、かなり一般ピープルです。そんな一般人な私がお貴族さまを教える事になってるんですかね? 教えるだけで不敬罪とかなりませんよね?
訳分かんないです。
ここまででも何歩譲ろうが、トンでもない状況ですけど……やれる範ちゅうです。兄妹の可愛い微笑ましいって現実逃避できる。小心者の私ですが、一度だけなら図太くなれましょう範囲でした。
何で、当時の女学生の憧れアーノルド・ケミー先輩がいらっしゃるでしょうか?
御身分はかの銘家アーノルド家のご子息ですよ? お生まれからして違う。私なんかごみクズ同然、いえごみクズに失礼というくらいの差はあります。
しかも学園三位の実力者ですよ? 学年でなく学園。私だって家庭教師承けているんだから多かれ少なかれ、小さい子に教える範囲に自信はありました。私とは頭の出来からしてだんちですだんち。もしかして、謀られてます?
一流の家柄に頭と魔法と三拍子が揃い、あの美貌。天は何物を与えるのか。ここまでいくと嫉妬も出ない。歩けば女学生が三人は倒れる(実話)で有名なあのケミー様ですよ? 私はそのお顔を一目見られるだけで一日の活力になった学生時代を過ごし、卒業後もお噂を聞くだけで我が事のように一喜一憂する。そんな憧れの先輩です。
教える? 教わるの間違いでは? 教わるも烏滸がましいですが。
私は何でそんな人たちの前に立っているのでしょうか?――ってか、何を学ぶのでしょう? 学ぶって何でしたけ?
夢? 夢なんですか? 間違いなく夢だ。現実だったらケミー様ファンに刺されるレベルです。夢だからセーフ理論。良かったー。夢でも小心の私には重荷なので覚めて頂きたのですが、この悪夢はいつまで続くのでしょうか? 現実? またまたー、ご冗談を。
「では、基礎魔法の前、魔法の本質から始めましょう」
ま、魔法の本質? 聞いたことないんですが。
「ケミーとカペラに質問。魔法は大きく二つに分かれますが、何と何でしょうか?」
は? 習ってない。習ってないですよ!? 本質とは意味合いが違うが、二つといえば詠唱と無詠唱とかしか思いつきません。
「詠唱と無詠唱でしょ?」
合っていま――
「それは行き過ぎ、そのもっと前」
は? え? 前? 古代魔法とか? 私の卒業論文のテーマですよ。古代魔法。学生前の子がやる範囲じゃないです。
「前期古代魔法と後期古代魔法?」
「もっと根源的なやつだよ。そんな難しい事やるか。ボケ」
ふええええ。わっ、分かんない。先輩が分かんないとなると絶対無理じゃないですかっ! カペラさんと同じ回答をし、ケミー先輩が分からないなんて、お手上げですよ。私生徒じゃない。私が当てられなくって良かったです。
――ん? 今の私は教える側、私先生? 回答の順番回ってくる? 来るううううう! 私の番くりゅううううううううう! 無理無理無理無理、無理ぃ!!
「セイラ先生は存じているでしょうけど、自発能力と操作能力だよ」
「え? マナとエナ?」
「二人は基礎をバカにしているからこんなことも答えられないんだよ」
……え? 正解?
いや、いやいやいやいや。マナとエナは上院進学した人が研究する専門範囲ですよ。運良く聞き覚えがあったから記憶のまま声に出ましたが、説明しろと言われても無理です。
「では、先生。雷属性の基礎魔法の一節をお願いします」
「む、え? 今、なんて?」
「え? 雷属性の基礎魔法の一節ですが?」
「あのー、『弾け』のスパークで大丈夫ございますですか?」
「え? はい。その『弾け』です。お願いします」
入学後の最初の実技で習い、初めての試験で唱える。雷なら誰もが知る基礎魔法です。
そんな一年生の問題が、度忘れで頭の中が真っ白です。
『大気の精霊よ、集結し、力を我に示せ。弾け』
駄目だ。出だしが出てこない。ごめんママ、入学前に二人で頑張って覚えたハズなのに、腑甲斐無い娘でごめんなさい。ママが歌にしてまで教えてくれたのに……そっちの出だしがさえ怪しいです。確か……
「のーじ、ふぁらめーあ、えーんざくとー、わたしたち、いかずちにー、はじめてのー、ちからをー、かしてくれるぅー」
「覚え歌ですか?」
「ふぇ? く、口に出てましたか?」
「はい、バッチリ」
恥ずかしいいいい! 私御年十五ですよ? 学前の子どもが両親と作った幼稚な歌ですよ。恥ずかし過ぎて埋もれたい。
「はい、じゃあ先生がの後に続いて歌いましょう。準備はいいですか? よろしくお願いします」
はああああぁぁぁあ!? あの歌を! 皆の前で歌えってかっ! マジなやつ? マジな? この金プラ狂ってやがる! 先輩の前でやれってか! 何て羞恥プレイだよ! 皆の目線がこっちに、逃げ場がががが。
……やってやる! やってやんよ! やってやんよぉぉぉぉ!! 度胸じゃああああ!!
「い、いきましゅ!」
頭に血が上り過ぎて歌っていた最中の私の歌声の記憶はないが、三人は輪唱みたいに後について歌っていた。
なんだこれ。