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季節は春の終わり。山奥にあった桜に似ている名無しの大樹が花を散らし始めたのは数日前であろうか。倉庫の屋根裏の明かり取りの窓から天辺だけ見えていたのも若葉が雑じる。
机に肘つき物思いに耽て憂う少年。
僕です。
あー、体痛い。
この倉で数日前から引きこもりのhikikomoriプラスingのヒキコモリングの最中。
皆さんお察しの通り、ここで寝て、起きたばかりである。
この椅子は良い木材のものらしいが、クッション性が無く長時間の座り込みに向いてない。流線型のフォルムの手すりが滑らか素敵過ぎてずっと撫でてたい。デザインは良いんだけどねー、デザインは好き過ぎ。当然寝るように作られていない、けど寝てしまったのだからしょうがないね。
立ち上がろうとしたが立てん。ピクリともせん。体が石でテコでも動かん。苔生える。
昨日あたり強い花散らしの雨が降っていたが、音を聞いただけで見てすらない。本当に外に出ていないのだから至極当たり前だ。自己軟禁状態に追い込んではみたものの、馬鹿みたいに魔法を特訓してるはずなのに結果が伴わない。何一つ思い通りにいかないんだなぁー、これが。結果こうなる。
完璧な回想で惚れ惚れする。こうして机に引っ付く理由になった。もう少しこの状態でも罪悪感は生まれないだろう。ひんやりしていて机が気持ちいい。燃え尽き症候群って体も火照るんですかね?
今何時かと置き時計を見ますが、針は六を指すだけ朝ですか? 夕ですか? 明るさでは判別が――眠気でどうでもいい。
あれ? 今日は屋敷に戻るんだっけ? アケミに聞けばいっか……
再び眠気に誘われうつらうつらと机方向に頭が下がる。
「坊ちゃまぁぁぁ! 寝過ごしましたぁぁぁ! すみませぇぇぇぇぇん‼」
「あ、頭が……」
ゴンと鈍い音を鳴らして机に頭突きをかました。凹んだ、確定的明らかに凹んだ奴。痛い。連徹した頭に痛みも足さり声にならないと椅子に足を乗せ踞る。
「坊ちゃま! 坊ちゃま! 坊ちゃまぁぁぁ!」
「ケミ。静かに。で、何が問題なんだ? 答えなさい」
おろおろとしたケミが、
「ご帰宅の時間に遅れそうなんですぅぅぅ」
あわあわとテンパる。
どれくらい遅れてるか言えよ。状況対応変わるだろうが。言わないって事は投げ返しても文句は言えまい。
「君のミスは今に始まったことじゃない。今から早急に支度するけど、準備終わってんの? 馬車待たせてない?」
更に狼狽えるのが、目に見えていたから、
「ケミ。早く取りかかれ。クビにするぞ?」
優しく脅す。
ハイと上ずった返事に、血の気の引いた青ざめた顔で走って行った。
鬼畜に見えるだろうけど、こうしないとコイツは出来ないのだから無理して演じている。その上、失敗したのは星の数より多く、彼にまんまる丸任せは自殺行為に等しい。ある程度行動を絞る指示を出さないと経験則から追加の失敗は目に見えていた。手間がかかる。
一般的商人の幼めな息子に、威厳とか貴族らしさだけでなく、微妙に頭を使う指示まで。上に立つ人間でないのにそれらを求めてられても困る。甘く見積もっても無理です。オーバーです。おーばー。
着てく服、着てく服、あった。とクローゼットを物色したが、そもそもそんなに服を持ち込んでない。ってか軽装しかない。オーバーオールぽいの、ジャージぽいのを作ってはみたものの、金属の噛み合わせがイマイチでちょっと苛立つ失敗作数着が並ぶ。それの一番端に確か……しょうがないと来るときに着た服にしようと袖を通した。一着あって良かった。うん、良かった。
ここから屋敷までの道中は歩いて一時間、馬車だと三十分かからない。ここは貴族街近くの閑静な場所に位置する。確か元の持主だった貴族が使わないからと人伝に譲り受けた倉庫。破産したとかで押収されたらしく、家具一式付き。縁起で語ればよろしくないが、不審死とか笑えんのじゃないだけマシ。隠れ家とか別荘とかそーゆーやつと思っとくのが吉。お貴族サマに提供されただけに文句は言えないさ。霊的なのが出ない事を祈るばかりですわ。
行きの三十分だけ着た服だし、おっけーとした。
クローゼットが物足りなかったので、意味もなく埋め込んだ金属坂を活用して寝癖髪を整える。額ちょっと赤く触れると強めにヒリヒリする。凹んでない? 凹んだ?
やっぱり金髪って違和感だよなぁ、顔が似合わん。黒髪のが落ち着く。別世界の記憶がそう思わせるのも慣れたな。雑念と寝癖と格闘中。寝癖むっちゃ強い、むっちゃ立ち上がるやん。整髪料やだなぁー、ドライヤーないし、水は効き目が……道中でいいや、アケミに任せよう。アイツは変にこういうのが得意だし。
七三に分け! 鏡の前で無駄にやりたくなりません? 七三? 八二じゃーん。みたいなやつ。
「坊ちゃま、まだ馬車が――ナニヤッテルンデスカ?」
ノックしろぉ! アケミィィィ!
おほんと咳ばらいに仕切り直し。
「強力な寝癖ですねー。大人びた坊ちゃまもここだけは年相応って感じですね! さっきの鏡の前の奴自分はやったことないですけど、なんか子供っぽくて安心します!」
その顔うぜぇ、アケミうぜぇ。どうすればそんな表情になるの? 貴族だから? 貴族のたしなみなの?
「アケミ退いて、ドアの前で通れない邪魔」
「ああ、気付かずすみません。ってか自分の名前を変に略すの止めてくださいよぉー」
「行くよ、仮付き人アケミちゃん」
「仮ってなんですかぁ。ちゃんと正式な連盟の依頼で来てますぅ。資格のバッジだって襟についてるんだからぁ! ほらぁ。後、ちゃん付けも止めてくださいよぉー。男ですからぁー」
金属魔法連盟から誤送されてきたポンコツ。
アーノルド・ケミー。略してアケミは男である。喋らなければ中性的な見た目でモテるだろうね。どちらにとは敢えて言いませんが、入れ食いまであったでしょう。そんな一見の容姿端麗な見た目に騙され、話して引いた数は余多なんでしょうね。身だけでなく心も。彼について興味は毛ほどもありませんが、自分に被害が来ないようにどっちの気があるかだけは調査しようと思う。
彼の経歴は学園の三席卒業と学業成績が嘘のようにすこぶる良い。侯爵位の父親を持つアーノルド家の三男であるからして、貴族と金を持っている。替え玉とか擬装が過るが擬装だとしても別に構わない。だろうなって感じで逆に納得がいく。その点は然して重要ではないので追求はしていない。
しがらみに捕らわれない貴族というが希少価値だ。小言も言わん性格だし、面倒かけないだけで十分であろうと。その時は納得したが、思い直せば良かった。
早期判断と度々思う。今日で二回は思った。
「にしても、いつ見てもこれは壮観ですね。金銀宝の山積み」
階段を降りながら金属錬成で作った失敗作達をそう言った。寝食もまばらに没頭して作り続けたのだから数だけはあり、金属は崩れたら間違えなく生埋めになる高さがある。山積みという点では壮観とも言えなくはない。
所有物という感覚だけの、
「ただのごみ山だよ」
ただのガラクタ。
アケミは理解か無興味かどちらとも言えない、ふーんとだけ相づった。
ここだけはケミの良いところだ。
#
いつもより少し重い出入りの引き戸を開ける。
東にある日光とまだ残る朝露。朝だって感覚に触発され伸びをしつつ、門までの数メートル。湿ってジャリジャリする石畳のアプローチを進む。朝が気持ちいい。
門の直ぐ前、長い階段を降りれば馬車の横付けできる場所に出る。だがその階段なぜだか踏み外せば止まりそうにない急勾配に作られている。
大人の靴幅だとはみ出す一段が狭いのだが、今日は一層滑りそうで――
「滑りそうで危ないこんな細い階段、何を思って作ったんですかね? 痛っ!」
「枝が伸びてて、危ないから気をつけてね。通れなくなる前に枝のセンテイよろしくね」
「そういうのは怪我をする前に言って欲しかったですよ。ウインドスラッシュ」
髪色系統選別方法の通りの緑色、透明感のある緑の彼は風属性の魔法を容易く扱う。飛び出した枝を魔法一つで全て落とした。
相変わらずの卓逸な魔力コントロールだが、今やる事ではないよね?
「枝が足元に落ちていて危ないんだけど?」
コイツは自身が先日この急階段を踏み外したのを忘れたのか? 頭鶏なのか? 馬なの? 鹿なの?
「坊ちゃま。掴まってて下さい」
いやこれ、掴まるんでなく腕回されて捕まってません? 二の腕でロックされてて、可動域狭くてどこに掴まれと? 掴まっててってなんですか? 自分に対する掛け声的な? 足ぶらんぶらんしてますけど。
「いきますよ?」いきますじゃないんだが?
やっぱりぃぃぃぃ、飛ぶんですねぇぇぇぇぇ!
急降下。急降下爆撃の爆弾の気持ちがわかりました。
酷い目に、今日一で解雇が喉元まで来ました。
うぇぇぇぇ、気持ち悪いぃ……朝食食べてない、胃に何にも入って無いのに何か戻って……うっぷ。
「全く……坊ちゃま、やわなんだから」
ああ、殴りてぇ。
苛立ちが吐き気に勝利するなんて、ある意味才能。
やっぱ、殴りてぇ。
階段残り二、三段に並んで腰をかける。ここは本来なら目の前が停留位置なんだよなぁ。誰かさんのせいで歩くのしんどい。道を見るだけで疲れず進む魔法は無いですかね? チャリでも作ろうかと思うが、出来る見通しはない。きれいな円形作られない時点で最初から詰んでる。ツンデレラ。それ以前に鋪装されていないからなぁ。
管楽器の甲高い音が響く。
「今、何時間だ?」
「え? 楽団の音が聞こえたので七時ですが?」
「馬車の到着時刻は?」
「七時半……あっ! 時間間違えちゃった☆ まぁ遅れなかったから、オールオッケー☆」
アケミィィィ‼