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「××の本日の功労をねぎらいまして、細やかながら豪勢な食事を用意しました。湯も張ってありますので、どうぞ本日の疲れを落として下さい」
細やか、ね。細やかって何でしたっけ? 細やか、縁遠くなってます。
背中を押され廊下へ追いやられる。元気な歩調で押されるのは棒になった足がなかなかに辛いのです。
廊下へ出てから一旦立ち止まると、××は俺の前出て先を行く。
「流石××ですね。一日で稼いで入手までしてしまうのですもの。××は多才ですからこの程度で留まってはいけないのかもしれませんね」
「なーにネガティブになってるんですか! らしくない! 時代を変えるとか宣言してたのはどこの誰ですかね? 俺を半強制的こっち側に引きずり込んだのは××ですよ?」
「でも……」
「でももへったくれもありません。そんなネガティブ発言は、あの二人にも、助けて貰っている皆にも失礼ですから、こういうのやめてください。きっかけはあんなんでも、自分の意思で最終的に断れましたし、俺は俺の意思で決めてここにいるんです」
彼女の強引さと権力に屈した紛れもない事実であったが、断る隙の選択肢を残してくれていた。断った所で問題はあるが、自分は自分の意思でここを選んだのだ。それを否定するのは違う。
「無理強いだったんですね。気付きませんでした」
「気付かないままにしといて下さいよ。言葉のあやってヤツです」
「言質取りましたから」
子供がの嬉しさを隠しきれないような弾む言い方に戻った。
「まったく……、湯浴み行ってきます」
俺は照れ隠しに頭を掻きながら浴場へ向かった。
依頼の成否は依頼は依頼主失踪により自然消滅。無かったことになったらしい。普通は面倒な取得手続きも滞りなくスムーズに進む。受付の笑顔にイラっとしたので、普段は内に封じ込める多少の嫌みを言ってやった。ざまぁみろ。
初任務っていうくらいだから、やっぱり成功の形を残して終わらせたかったな。冒険者には絶対になれないのが分かっているからこそ、やっぱり焦がれる部分もあるんだよなぁ。表沙汰にはならないが、ギルドの内部文書には記載される訳だし。心残りだ。
「……で、何で××と××は脱衣場まで来ているんです?」
「従業員の体調管理は私の仕事ですよ。慰労に何の問題ありますか?」
「お嬢様のメイドですので」
「今日は本っ当に疲れているので、本当に一人にして下さい」
二人に出て行って貰った。
メイドに「へたれ」と罵られたが、本当に精神と体力はへたれているのだから勘弁して欲しい。
この世界は誰かが思うようなファンタジーで出来ている。
ある者は武器を片手にモンスターと対峙し強さを証明し、またある者は宝を獲得し大金を手にする。
富、名声、力。嘘のような輝かしいロードを歩む人は確かに存在して。
そんなきらびやかさに目が眩む人物達は、一角のドリームに挑み、手にするのは僅か。夢半ばで敗れる人物も少なくはない。
冒険者が存在する世界で俺は生きているのである。
――かといって、冒険者が全てではない。
衣食住。人の生きる環境には必須がある。
豪勢な衣服や装飾品、旨い飯や酒、良い生活の拠点。
人は慾望のままにより良いモノを欲する。
贅を尽くす人物がいて。
その日生きるのに困る人や奴隷も確かにいる。
そこら辺の不平等さは些細な違いで、どの世界であれ人の営みになんら違いはない。
人が生きるには必要なものがある。
僕達はそれらのどれにも当てはまらない商売をしている。
冒険者にとっての武器を相棒とする世界であれば、冒険者のサポートとしての商売に成立したであろう。
この世界の武器はさして重要でない。大体が魔法で事足りてしまう。魔法で決闘し、魔法で魔物を退治する。武器はアクセサリーと言い表す言葉があるほど魔法は強力で、武器が全くもって不必要な世界。
伝説の剣で幻の龍を退治する演劇とは全く縁遠いのだ。
では、そんな世界で何故そんな商売が成立のか?
彼女彼らが金持ちのご子息だからである。
金持ちは金を使うのが仕事とせんばかりに、大金をはたいて親族関係者が隠れて買っていくのである。
何故身分を隠すのかと言えば、親だからとしか言い様がない。
売れれば子には職人としての箔を付き、親は税金対策だろうか? 良い金の循環ですね。ごほん、冗談はともかく、我が子は心配らしい。実家を継いだり、大手の工房に入ればそんな心配はないんですがね。事あるごとに手を変えて何かしらの手段で援助するのである。重度な過保護が目の前で繰り広げられる。
……手を抜いている訳ではないですよ? 手抜きも出来ない事はないですけど。
真摯に作ってはいてもお構い無しに売れてしまう、無駄のような自分である必要無い虚無感。承認欲求を欲しているのだろうか? そう思うと空しくなる。ちくせう。
そんな気持ちとは裏腹に、今回みたいな過剰なケースが俺の身のまわりで多々起こる。
その原因はだいたいこいつのせいで間違いない。
世の中には自分の考えが及ばない程の法外な金持ちに、王族より上、国さえ従えてしまうようなトンでもない権力者が確実に存在する。
××。
彼女はその一人なのである。
その家名は全土に轟いている。
知らぬ者はおらず、知らなければモグリだ。
目の前の物一つ持ち上げて、たどれば必ずその名の大本にたどり着くといわれるお嬢様なのである。
そんな彼女が何故こんなところで経営しているのかは、本当に何故だろう。何処で道を間違えたのか。
彼女が物を欲しいと匂わせるだけで誰かが手に入れてくれる、全てを思うがままに達成出来るというのに。それを蹴ってまで、この行為に価値があるのか。
変り者な性格上の問題はあるが、それだけで片付けられない腑に落ちない部分は多々あるのだ。
こちらから見える彼女の心の丈を総括し至った結果は、若気の至り。それで大体に理由がつけられる。親や権力に対する思春期の反抗か、若しくは単純なお金持ちのお遊びの方のお戯れ。
第一、自分が想定する何倍もあり得ない事が起こるのだから、考えれば考える程疲れるのだ。
にしても振り回されるのには慣れた。慣れ過ぎたまである。
ハアと思わず溜め息が。溜め息は幸せが逃げると言いますが、つかずにはいられない。
この世界に俺が心躍るようなハード冒険はもう存在しない。
貴族のお戯れに付き合わされる、人生しかないのだ。
浴槽に張られているお湯を肩からかけると、
「ぬるい」
思わずそう言ってしまうのだ。