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「じゃあ、××さん。第三章一節から読んでください」
××教諭に指名された少年は元気良くハイッ !と返事して立ち上がり、
「せいれいにあたえられしななつのちからは――」
舌っ足らず気味に読み始めた。
そんな右斜め二つ前の少年は本に向かってややねこ背気味に傾き、音読に集中している。
青みがかった金色な髪は音読の強弱に体が揺れるのに合わせて微少に動いた。
それを横目に俺は欠伸が一つ出て、教師に叱られた。
俺は別人の記憶が残っている。
今は早いもので、思い出してから二年目の夏になった。
窓辺の席からは虫の暑苦しい鳴き声がこちらまで響き、ここから見える校舎前庭はゆらゆらと陽炎が浮かんでいる。
暑くてダルい。
#
××。
いつの間にかその名前と生涯の記憶が突然俺の頭の中に存在した。
切っ掛けなど存在しない唐突な出来事だったが、戸惑いはそれほどせず、心の受け入れは早かった。
単位や季節など馴染みのある単語が多かったこともあるが、別人の記憶の方が順応性が高かったのが幸いだと思う。
気が狂うなんて可能性もあったのだから。
自分は幸運などてはなく悪運が強いと思う。
××はどうもこちら側の世界を夢みていたらしく、随分と物好きな性格だ。
自分であれば逆の近未来な平和都市の方が憧れる。
そんな、その名の人物は別世界の平和な超近代都市で一生を過ごしたらしい。
高速で進む様々な乗り物や夜でも明るい街並みは、こちらで書かれた物語よりも遥かに嘘っぽいような幻想だった。
魔法とは別の人の手を煩わせない科学という超技術。こちらにない技術の数々は絵空事のようだった。
理にかなうというのはおかしな物言いだが、謎の真実味があり、実現できそうと説得力があるのだから嫌になる。
幻想で終わればやらなくていいと踏ん切りがつくのに、下手な希望がある分だけ疲れるのだから。
嘘と思えない要因として、××の記憶が人生より遥かに長い事も関係あるのだろう。
そんな日本の東京というメトロポリスな都市は、惹かれるという感覚と同時に存在して当たり前のような感覚が同居している不思議な感覚だ。
御年××才の自分は××が一生の記憶情報が自分の年齢より遥かに多く、オーバーフローしている次第だ。
むしろ、そっちが地元に錯覚するほど。いや、それはないと断固として意思は固い。そこだけは曲げてはならない。
兎にも角にも、多大に精神に影響を、被害を受けている。
この同年より達観してるのもきっと現在進行形だろう。
あれ? まだ読んでるんだけど、音読の文章ここの区切で終わらんの? 次の区切りまで長いじゃん。可哀想に。授業終わらんかなー。そんな雑念が過り無意識で肘を付こうとしました。××先生ガンを飛ばさんで下さい。未遂、未然です。ギリセーフ、ギリセーフですから。
そんな別人物の記憶に気が付いたのはたしか、能力判定の儀式の丁度一年前だった。
記憶が発生してからの自分は変だった。
当たり前だった魔法も、心を躍らせる新しい自分がいて、自分でも驚くほど心が変化していた。
別人の記憶というより悪霊。乗っ取られていたってのがしっくりくるぐらいに奇行に走り、魔法知識を得るために必死こいていたのである。
両親や兄弟より詳しいんじゃないかってくらい、家庭教師に間違いを指摘できるくらい、一生分の本を読んだってくらい、キモいほどのめり込んだのだ。
学校前の子供が徹夜もありきで書庫に籠るのだから当然、家族は不安がる。早々の親不孝。家族には心配を随分とかけたと思い起こせば、今や薄ら笑いが出る位には思い出に変わった。
自分はどんな能力なんだろう? と日々期待に胸を膨らませていた少年は、
火とか水だったらキャンプに困らないし攻撃も優秀だし、風だったら空が飛べるのか、雷は意外に使い勝手良くない? とか、光? 闇? うわっどうしよーとか……
生前の記憶も合間って妄想は余計を含めて広げていくのである。
はー、しんど。その時のハイテンションな自分を思い出すのがしんどい。
いろいろ思いを馳せた訳ですよ。
今か今かと指折り日付を数えていたのはいつまでだっけな、
「××さん。集中出来ないようであれば、本日は寮に戻って結構ですよ?」
一部口に出ていたらしく注意された。
立ち上りすんませんと手早く平謝りに席に着く。
残りは後何分と気になり時計を見れば、針は以前見てから秒針が数回しか回っていない。
終わり直前の時間は毎度遅く感じる。
稚拙な音読のテンポに誘われる眠気から耐えている現状、多少の悪い素行を見逃して欲しい。
今や名前すら思い出せない何とかの儀式。
「××さん。続きを」
「××神のかごをうけて――」
そうそれ、××の儀式。
七つの属性に十四の能力の中から自分の能力が決まるとあって、興奮は最高潮になり、前日からよく寝れていなかったのは覚えてる。鼻血も出して詰めものをした位である。
前世的に言えば、複数能力もしくは例外能力の所有の異端性や未領域の能力応用で他者から抜きん出るのを待ちわびていた。
儀式当日。前日の馬車移動で大人しくしなさいと嗜められたソワソワが最高潮と思っていたが、会場に到着するとそれを遥かに上回りドキドキと鼓動が高まり、未来予想図で想像で頭が一杯になっていた。
同年齢の集団が厳かできらびやかな聖堂に集まる。
誰がどうなる、未来の冒険パーティーメンバーが! とかも妄想したな。これまでにない数倍のスピードで脳がフル回転した。
順番待ちだってソワソワは収まらない。一緒に並んだ幼馴染に大人しくして恥ずかしいとぶっ叩かれても痛みに勝つくらいドキドキしていた。そういえば、知恵熱で足取りがふらついた。
前の人物が選ばれるのに聞き耳を立てて興奮を誤魔化した。
一人ずつ高くなった舞台に登らされ、結果に一喜一憂しているのは合否判定に似ていた。自分からすれば、どれも当たりのようなクジみたいな感覚で待っていた。
自分の番になる。
紫の立派な装束の神官が立っている姿は厳かに思えて、他者に近寄りがたい雰囲気を出す。
意味合いは真逆であるが、前世の十三階段という単語が何故だか浮かんだ。実際は五段程だったけど。
ここからが、人生の始りなのである。
神官はシワが多くて、曾祖父より年老いて見え風格がある。
手をかざせば燦然と輝き能力を示す巨大な水晶玉が鎮座する。
本当にここから物語が、と二度目のモノローグが頭に流れる。
読み重ねた知識と前世からの憧れが重なる。
やっと……。
ここまでは良かった。
良かったんだ。
自分物語としてはね。
玉は金色に輝いていた。
それはもう、ピッカーンと。
ガラガラ抽選で金が引けたら嬉しいですかね? 瞬間は嬉しいでしょうが、悪用はされないですけどなんか名前は書きたくないですね。ほら、後ろに張ってある当選者みたいなやつ。晒し者っぽく思えるませんか? そんな今日この頃。ガラガラの方が嬉しい。ティッシュでも嬉しい。ガラガラは回すまでが楽しいので――。
『おめでとうございます。貴方は、金性。そのプラスです』
神官に言われてしまった。
決して能力の宣告で放心していた訳では無くて、現実逃避をしたくてぼけらーっとしていたのだという言い訳をしたい。ってか現実逃避したい。
一つの希望が絶たれた。
引いてならない約五パーを引く。ソシャゲだったら嬉しんだろう? ハズレ枠でした。ハズレアだからそうでもないか。ソシャゲってこっちでは何て言い表すんだろ?
変な方向に逃避が進む、それだけショックは大きい。
まだ一縷の望みはあったが、すぐにそれも潰れることはこの時はまだ知らないが、近く絶望することになる。
まだ助かる、まだ助かると念仏じゃないけど何度も唱えたんだぜ?
そして、今に至る。ちゃんちゃん。ちゃんちゃんって何でしたっけ? あちらの世界の古典舞台とかに使われた用語とか?
「ねぇねぇ、それなぁに?」
回想を遮り、隣の少女が目を輝かせ言う。
「涼しいよ。使う?」
年相応の受け答え方を演じる。
○ナンくんってすげぇや! しんどいもん。
少女は「うん!」笑顔で首肯くと僕は持っていた手持ちの扇風機を手渡して、「わぁー」と輝やかしい声を出し送風を顔に浴びて髪をなびかせた。
物珍しさにクラスの人物は近付き尋ねると、
「××がつくったんだよ!」
少女は自分が作ったカのように自慢する。
これがも一つの原因だと思うと、これからの学園生活辛い。
魔法は大まかに七つの属性と二つの性質に分類される。
光、火、水、植物、金属錬成、土、熱の7つのプラスの能力と対になる闇、氷、風、時、雷、毒、冷の7つのマイナス能力。
そして、俺は金属錬成能力だった。
能力に応じてクラス分けされるので、当然の如く俺は金属錬成クラスな訳で。
将来を悲観する溜め息は、ワイワイと騒ぐ隣達にかき消されるのだった。