真鍮
彼女は下から静かにそえた左の三つの指でやわらかに握ったノブをひねるとすぐに頑なな跳ね返しにあうのを、よかったとほっとしながら、しかし今日こそなめらかにまわってくれるのを暗に期待しているといえばいえる戯れの儀式を終えて、手をノブからはなすと、もうひとつの手をハンドバッグに入れ、内側についたちいさなポケットのファスナーを指先でつまみあけてほのかに錆びた真鍮の鍵を取りだせば、廊下の天井からさす親しいひかりに淡くあてられて、ことさら鈍く輝いて見える。見とれながらも、すうっと鍵穴へしなやかに差し入れゆるやかにまわせば、添えた左手もこんどは滞りなかった。
ドアをいっぱいに引いて、閉まり始まるまえにからだをなかへ入れた後ろからおもむろに扉が迫って来るのを知りながら、タイトスカートの右足をやさしく後ろへ蹴り上げて、ヒールのかかとをつかんで抜きとり手先をひらくと、馴染みのひびきが耳に届いてふっと息が漏れる。薬指と小指にはさんだ真鍮の鍵も刹那の戯れに離したくなってやめた。
バタンと鳴ったのをしおに足をおろせば、ひやりとストッキング越しにふくらはぎまで伝ったのをかえって嫌うように彼女は腰をかけて、左足からもうひとつの靴もはなす。と、先に落ちたのを暗闇のなか探そうとして、すぐと立ちあがり指先でスイッチをさぐりあて点けた、その明かりの煌めきに、瞬間めまいを覚えながらも片方を拾って、いつものようにショートブーツの隣に揃えて置くと、スイッチを押した。
暗がりを当たり前にすすんで部屋へはいるや見えてはいないソファにハンドバッグを投げながら、これも見えないベッドへ歩むまま伸ばした手がやわらかなものに触れてまえからくずおれ、握る指は解けて真鍮はふわりところがって鳴った。
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