第89話 我らの将軍がお出かけするわけがない
「―――つまり、お相手が妊娠しておらぬのは、ほんとーに間違いないのですな!?」
「あ、ああ…まず間違いなかろう。あのゴウ殿…近い、近いし顔が怖いのだが……」
身を乗り出し、目を血走らせ、鼻息荒いゴウの形相は、剛の者かつ大らかな性格のミルスをして思わず引くほどの凄まじいものだった。
強いショックと安堵の波が短期間に押し寄せた巨漢は、椅子に座り直しても軽い放心状態に陥っていた。
「でもでもミルスさまー、ほんとーにシャルーアちゃんに種つかなかったのー?」
「うむ、それは間違いない……ついたなら即座に分かる。代々のミルス王家に伝わっておるのだ」
コトダマをはじめとしてラージャとフゥーラの道具など、ミルス王家には遥か昔より伝わっている不思議が多い。
(※「第29話 非常識なるも不可思議な術」参照)
数多あるその中の一つに、ミルス王族の血筋の特別性があった。
「我が父上殿もおっしゃっていたがミルス王家は代々、子に恵まれるか否かは行為の時にわかるのだ。己が種を与えた瞬間にな」
「わかる……ですか。何か感覚的に違いがあるということですか?」
フゥーラの問いに、ミルスは肯定も否定もしなかった。
「与えた種の行く末を解する、とでも言えばよいのか……一種の予知のような、先見の力が、ミルス王家血筋の者に働く。そして成せるなら、その子は100%次のミルス王家を担う者となる―――裏を返せば、子が成らぬならばその時ではないか、母体側は後継を宿せぬ事を示しているのだと……母上がやたらと多かった我だが、兄弟はおらんのがその証拠と言えよう」
「じゃー、シャルーアちゃんは母体じゃなかったってことー?」
ラージャがつまんないなーと言わんばかりに問うが、それに対してミルスは難しい表情を浮かべた。
「それなのだが、よく分からんのだ。子が成らなかったのは間違いないのだがな」
「? 随分と曖昧なようですが、種が付かなかったのは間違いないと何故言い切れるのでしょうか?」
瞬間、比較的楽に話していたミルスの顔に真剣味が宿る。
「フゥーラよ、あのアズドゥッハを焼き払ったシャルーア嬢の異様は覚えているな? まさにアレと同じなのだ―――我が種の行く末は……焼失」
「ええー、それってシャルーアちゃんのお腹の中が燃えてるってことー??」
しかしラージャの発言を否定するように、ミルスは首を横に振った。
「分からんが、さすがにそのような事はなかろう。だが感じたフィーリングとしては、まさにあの時のアレなのだ。……まるであのアズドゥッハが拒絶されるかのように高熱で焼かれたと同じ―――そう、拒絶されるかのような……しかしシャルーア嬢の意志ではなく、もっと深い部分からのような……つまりはよく分からん」
腕を組んで結論を述べるミルスに、ラージャはテーブルの上に上体を投げだした。
「なーんだ、それって結局ミルスさまの感覚ってだけでしょー? ホントに赤ちゃんできてないか確かめにいこーよー」
「ラージャの言葉に一理あるかと思われます。リュッグ様も、ミルス様とのご縁であればとおっしゃっておられましたし、もしお出来になっていらっしゃれば、責任を取らなくてはいけないのでは? キチンとお確かめになっておくべきでしょうね」
なにせもしシャルーアが子を成していた場合、その子供はミルス22世となるべき後継者なのだ。ラージャとフゥーラにしてみれば仕えるべき次代の王子様である。
さすがの二人もミルス王家の秘事には詳しくないため、ミルスの感覚的かつ曖昧な話だけではモヤモヤが取れない。
「ふむ、確かにな。シャルーア嬢のことは間違いないと確信しているが……どのみち我らの目的は失敗したも同じ。なれば一度ファルマズィに戻り、仕切り直すべきやもしれん」
諸国の説得どころか面会もままならなかった以上、粘ってみてももはや大きな進展や成果は期待できない。
「それならば! ぜひ同行させてもらえないだろうかっ!?」
突如、半分魂が抜けかけてたもう一人の巨漢が、現実に戻ってきて、再び勢いよく椅子から立ち上がった。
「ぬおう!? ご、ゴウ殿?? しかし、ゴウ殿は軍人……」
「それもこのジウ王国の軍属でしょー、攻め込もうとしている国の軍人さんがその相手国に行くとか、危ないんじゃないの?」
ミルスとラージャが懸念を示す中、ゴウが反応するよりも早く、フゥーラがもしやと口を開く。
「私達に同行してファルマズィの内情を調べる素振りをし、ジウ王国を説得してもらえる―――という事でしょうか?」
「え? あ、いや……うん、まぁその、なんだ……そう、そうだっ、うんそういう事だな、うむ! ただ上に陳情するだけでは聞き入れてはもらえんからな、うん」
完全にゴウの私的な感情から出た同行の申し出だったのに、フゥーラの解釈で母国が起こさんとしている戦争を止めようと説得するために動く話にされてしまう。
ミルスとラージャがおおっと感嘆し、光明見えたりと期待の眼差しを向けてくるのが眩しい。
いち将軍としては、自国の方針を覆すような言動は出来ないので、三人に対して後ろめたい気分になる。
だが三度ファルマズィに行ける口実が作れそうなので、今はそういう事にしておこうと、この色ボケ将軍はフゥーラの言に乗っかってしまった。
「ゴホンッ……とはいえ、だ。行ってすぐ戻るでは説得力もない。適当を述べてみたところで無意味であろう。できれば多少強引でも良いが、上が踏みとどまりそうな確かな情報を持ち帰りたい。そのためには時間と準備が必要……何とか都合をつけるゆえ、しばしの間、貴殿らに同行させてはもらえないだろうか?」
こうしてサーレウ=ジ=マーラゴウは、一国の将軍でありながら、再び自分の持ち場を離れ、ファルマズィ=ヴァ=ハールへの潜入任務へと出かけるのだった。




