第84話 満腹の後先
ローブの男・バラギは、油断なくリュッグを尾け続けていた。
「方角からしてジューバに戻るか。さて……」
どうしたものか。
バラギが欲しいのは情報だ。あまりに不確定要素が多すぎて決定打に欠ける。
リュッグを危険人物として始末してしまうのが一番簡単だが、それが最良かどうかも現時点では判断しづらい。
何より気がかりなのは―――
「(―――あのニホントウもどきの委細を知りたいところだが……ニセモノであったとてそれはそれで問題だ。多少なりとも伝わっている可能性があるという事だからな)」
どこぞの鍛冶屋が何も知らぬまま、試行錯誤の末に打ってあの形状になったという偶然もあるだろうが、もしも製法や伝説が伝えられているとしたら?
―――疑わしきは滅せよ、と乱暴な理論で行動するのは楽だが危険だ。人ひとり殺せば、どうしても様々な形でそれなりの影響が出る。
今後の活動に支障が生じてしまうのは避けたい。
「(始末するにしてもこの辺りでは危うい……)」
せっかく旧ジューバ村跡地にアジトを1つ得られそうなのだ。その周辺域ではなるべく不安要素を発生させたくない。
「(あの武器に関するより詳細な情報……できれば出どころを突き止めたい。それを得るまでは、このまま尾行するより他ないか)」
人を使っても良いのだが、あまり協力させる者を増やすと、それはそれで問題の種になる。
バラギはもどかしい思いを抱きつつも、慎重に尾行しながらこのまま観察を続けることにした。
――――――ジューバの町。
リュッグは予定よりも4日遅れて帰ってきた。
「結局、こちらを伺ってた奴は襲ってきませんでしたね」
同行した傭兵チームの一人が、町中に入った途端、安心したと気を抜く。
「ええ。こちらが複数人だったので、手を出しあぐねたのでしょう。視線の感じからして相手は一人のようでしたし」
リュッグもようやく一仕事終えたと、肩から力を抜いた。
が、脱力したその身体に、すぐに力みが戻ることになる。
「!?? シャ、シャルーア?」
「! リュッグさま、お帰りなさいませ」
問題なさそうで何よりと言いたいところだが、町の大通りでばったり遭遇したのは、山のように色々な食べ物を抱えたシャルーアだった。
「どうしたんだその食べ物は??」
「色々なお店で持っていくようにと言われまして……めしあがりますか?」
シャルーアが健啖家であることはリュッグもよく知っている。
が、それでも両腕に袋を4つぶら下げながら、なおテイクアウト容器を5つ重ねて両手で持ちつつ、両の指間に串モノを合わせて6本挟み持ち……よくよく見れば、胸の谷間にさらに9本挿しているという、かなり限界で窮屈そうな運搬状況―――さすがに普段は感情の起伏に乏しい少女も、少し困ったような表情をしていた。
遭遇した時の向きから考えて、とにかく一度宿に帰ろうとしていたのだろう。
「そうだな、じゃあいただこう。皆さんもどうですか、助けると思ってめしあがっていってください」
同行した傭兵チームにも声をかける。この分量ならむしろ丁度よく分けられるだろう。一仕事終えて町に帰ってきたばかりなのもあってお腹を空かせている彼らは、ごちそうになりますとリュッグの申し出を即諾した。
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ささやかながら宿で仕事の打ち上げパーティー(大食い大会)が行われた後、傭兵チームと別れたリュッグは、少し悩んでいた。
「(次の目的地はアイアオネ、のつもりだったが……)」
スルナ・フィ・アイアとの行き来において道中、こちらを見る視線があったことは大きな不安要素だ。
ただでさえ妖異の活発化で移動の危険性が上がっている中、賊徒の類まで相手にするのは骨が折れる。
「(こちらを伺うだけ伺って何もしてこなかったのは、単なる偵察? 街道をいく者を調べ、獲物を物色するためだとすると納得がいく)」
野に潜む賊たちにしても、昨今は妖異たちの危険に晒されているはずで、単独行動というのもおかしい。
多人数の本隊が別にいて、こちらを伺っていたのは街道を見張る役だろうとリュッグが考えるのは当然だった。
「……。……シャルーア、もう少しこのジューバに滞在するぞ。本当はアイアオネに向かうつもりだったが、道中の危険を考えると今は安易に移動しない方がよさそうだ」
「かしこまりました、リュッグさま」
留守にしていた数日。どうやらすっかり元の調子に戻ったようで、シャルーアはせっせと持ち帰った飲食物の包装などのゴミをまとめていた。
「(ヨゥイの出没状況が緩むか、アイアオネに同行してもらえそうな同業者を確保するまではこの町で細々した依頼をこなそう。収入は目減りするが、安全が一番大事だ)」
旅の合間にちょこちょこと教えてはいても、シャルーアはまったく戦えるレベルにない。前向きに頑張ってはいても、振った剣に振られてしまうばかりだ。
「(……マルサマ殿がシャルーアの “ 魂に刻まれた武器 ” とやらを完成させていてくれたら、少しは違ってくるのだろうか?)」
(※「第05話 魂に刻まれた武器」参照)
本人にとって一番手になじみ、扱いやすいという話だが、本当にそんな事があるものなのか。武器は武器……シャルーア自身は筋力も体格もまるでない、か弱い少女だ。
「(確かに、魂の武器のカタチとやらを抜き出したあの不可思議な術には驚いたが……―――現実的に考えておくべきだな、こういうのは。それに、本当にその武器とやらがシャルーアの手になじんだからといって、すぐさま戦えるようになるワケがない)」
何気なく、リュッグは刀を抜く。刃こぼれや痛みが刀身に見て取れるが折れそうな気配はない。
先の戦いでも蜃気楼の息奇を一刀両断した。切れ味は健在だ。
(※「第73話 怖れ震える影」参照)
シャルーアの刀の制作途上の試作品―――早い話が失敗作だが、それでこのレベル。
(※「第34話 お仕事.その4 ― 砂河童 ―」参照)
もし完成したものなら、武器による攻撃力という点だけなら、シャルーアは一気に強化されるだろう。
「(……、どのみち焦らずいくしかない、か)」
皮肉にもローブの男・バラギがマークしはじめたことで、リュッグはより慎重になり、ジューバの町に留まるという選択に至った。




