第81話 遠くの不幸は存ぜぬもの
「ん、っしょ……」
大きなカゴ。中には同じ色の果実が山のように入れられている。取っ手があるとはいえ、運ぶのに苦労する重さだろう。
「いやー、すまんね旅の人に手伝ってもらって。今は働き手が少なくて大変でねー」
「気になさらないでください。困った時はお互い様、というヤツですわ」
そう言ってにこやかに微笑むローブの女性に、壮年の男性は思わず鼻の下を伸ばしてしまい、自分が持っていた大荷物を落としかけた。
「っとと、危ない危ない。……前はもっと男手があったんだがね。村の若い連中ときたら “ 今は魔物退治の方が儲かるしカッコイイ ”とか息巻いて、どいつもこいつも村から出ていっちまいやがった。まったく……そんな簡単にいくわきゃねーってわかりそうなモンだろうになぁ」
「フフ、よろしいではありませんか? 若さに猛るからこそ輝く命……、それもまた美しい生き様というものですわ」
ゾクッとする美女の微笑み。ローブに覆われていてハッキリとは見えないものの、時おり覗き見える顔は、妖しくも美しくて男性の心は引き込まれる。
再び鼻の下を伸ばしつつも、今度は落とさないよう新たに持ち上げた麻袋をしかと抱え直した。
「………随分と悠長な事をしているな、ンニァーハ」
ローブの女―――ンニァーハが、話をしていた村の人間と別れた直後に、ソレは声をかけてきた。
「! ……これはシオニューク様っ。いつこちらへいらしたのですか?」
黄色じみた暗いローブを纏った男―――シオニュークは、大胆にもローブのフード部分を外す。
露わになったのは短髪でガッシリとした雰囲気の、鋭くも落ち着きある眼光をたたえた中年男性の顔だった。
「(ああ、シオニューク様……いつ見てもカッコいいですわぁ)」
ンニァーハが惚けていると、シオニュークは先ほどの男性に近づいていく。
そして―――
「ん? おや、アンタも旅のひ―――」
シュガッ、ドブシャァッ!!
あっけなく村人を殺害した。
「え、えええっ、シオニューク様??」
「予定変更だ。お前に任せていたこの村は、今日限りで地図から消すこととなった。もちろん我らの痕跡は残さない、いつも通りだ」
これまでの労が無に帰すのは嫌だが、他ならぬシオニュークの命令。ンニァーハに異議などない。
「はーい、了解ですわぁ、シオニューク様♪」
ンニァーハは笑顔で殺戮に参加した。
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――――――ファルマズィ=ヴァ=ハール王国の南方、国境付近。
「……ふーん。ちょっと離れてるけど、動いてるわね」
石塔から手を離し、南方へと視線を向けるムシュサファ。
その表情に、感じ取った不条理に散らされている命への同情や哀しみはない。どこの誰とも知らない者の生死など、興味ないと言わんばかりだ。
「こっちには近づいてこないようにしてるっぽいけど、甘いわね。バレてないつもりなのかしら?」
両手を腰にあて、胸を張る少女。遥か遠くにいる相手を小馬鹿にするように笑った。
「(……あの石塔に触れることで何か見えるのか?)」
「(さぁ、わからん。だが少なくともサファ様には何か見えておられるようだな)」
「(まわりに丸聞こえな独り言されると、どう反応していいかこっちが困るなぁ)」
ムシュサファの取り巻きたちは、すっかり彼女の日課になっている、この石塔へのお出かけに同行するのに慣れていた。
主が一体何をしているのか、この石塔は一体何なのかを、待ってる間に議論するのが常態化しているほどに。
「(まったく、静かに待ってられないのかしらね?)」
コソコソ話をしている彼らの言葉は丸聞こえ。ムシュサファは軽くため息を吐くと、再び石塔に片手をつけた。
「(アスマラの……最南端……ちょい東寄り辺りの村ね。……アサマラの赤ザルは知らなさそう。ま、ヤツらの存在自体、知らないだろーし? ……動いてるのは、普段アサマラ付近にいる奴とは別のっぽい―――新手?)」
一通り見るもの見たと区切りをつけるように両目を閉じて息を吐くと、同時に肩を落とす。
そして改めて両手を石塔につけると、ムシュサファは集中するために頭を垂れ、小さく長い呼吸をした。
「とりあえず念のため―――ふー………、………―――っん!」
――――ッ
静かな波動が、石塔から全周囲に放射される。
常人の目には見えず感じない、その水面を走る1輪の波紋のようなオーラは、空の雲を一瞬だけ揺らしながら、一瞬で消えさった。
「……ま、こんなものね。それじゃ帰るわよあなた達」
「「「ハッ、サファ様!」」」
取り巻きたち達も手慣れたもので、ムシュサファの前にすぐさま馬を引いてくる。
もちろん馬にまたがるわけではない。引いている後ろの客車に搭乗するのだが、これが普通の馬車とは違う。
「ご用意できました、サファ様。どうぞお乗りください」
「ええ」
一口に砂漠といっても多様だ。砂地でも走る馬や車は存在するが、最近ムシュサファが外出によく用いているのは、特殊なソリ車だった。
比較的地面が緩くて車輪が取られやすい砂地を考慮した、接地面の広いソリがついている客車で、ギミックをいじれば車輪でも走れるようになっている。
客車そのものはエウロパ圏のものを購入・流用しており、貴族が搭乗するような豪華で居心地のよいハイグレード品。
それを改造し、ほどほどに現地の景観に沿うように黄系色に塗装し直したものが、ムシュサファ専用車として活用されていた。
「ではサファ様、出発いたします」
「お願いね。あ、帰ったらお風呂の準備なさい。それと夕飯はエウロパ風コフタがいいわ、手配して」
石塔から離れた途端、我儘少女に戻るムシュサファ。
しかしその意識は、南方に現れた新しい気配にいつまでも向けられていた。




