第77話 生くる輩の後先
ジューバの町の、とある酒場。
「ヒューヒュー! いいぞねえちゃん!」
「色っぺーなっ、もっと乳ゆらせ乳ーっ」
「いっそ脱いじまえー、ウェッハッハァ」
並みの食事どころよりはやや大きめな店内は、大変賑わっていた。
「(やれやれ……稼げるのはいーけど、客質は低いわね)」
小ぶりなステージで舞うのはこの町に出向中のウェネ・シー。いつも愛用している踊り装束よりも更にセクシーな衣装に身を包んでいる。
踊りそのものは割と雑に。しかし店に貢献するため、性的魅力を振りまくように身体を動かして、酔いどれ客の目を楽しませる。
悲しい話だが、こうした酒と食事がメインの酒場では、真剣な踊りはなかなかウケない。下町酒場のワイワイとした賑わいに合わせた、程よい " 下品さ ” を見せる方が客を呼び寄せる。
ジューバのように酒場が多数存在し、選択幅が十分に用意されているような町では、いい酒とウマいつまみ、そしてスケベな女の存在こそが客引きの武器となる。
ハイレベルな芸はその価値を理解できる客の多い、上品な場所でしか意味をなさない。
……要するにこういう庶民派な酒場では、色気を振りまく客寄せパンダになりきってしまえば良いのだ。
それはウェネ・シーにとって、あまりにチョロイ仕事だった。
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「おつかれ、シーちゃん。出向に来てくれてから連日2割増しの客入りで店の売り上げは上々だよ」
「マスターもお疲れ様ですわ。……今度ばかりは、さすがのカッジラさんも入院が長引きそうで、こちらで働かせてもらえるのは私も大変助かります」
カッジラとは、普段ウェネ・シーが働いているスルナ・フィ・アイアの小さな酒場のマスターで、今は持病の悪化で何度目かの入院中。
当然彼の酒場は休業し、そこで給仕兼踊り子をしていたウェネ・シーは、働きどころを一時的とはいえ失うことになった。
しかしカッジラは彼女に、ジューバにあるこの酒場を紹介した。
(※「第44話 消えゆく安全」参照)
「まぁ、カッジラさんも歳だからね。故郷に引っ込むまでは伝説的なバーマスターとしてうちらの界隈じゃ有名だったが、やっぱ寄る年波には勝てないってヤツかな。それはそうと……」
マスターがちらりとキッチンに視線を向ける。
つられてウェネ・シーもそちらを見やると、数人の酒場スタッフ(男性)に囲まれながら野菜の皮むきに挑戦しているシャルーアの姿があった。
「あのコはシーちゃんの妹か何かかい?」
「いえ、最近知り合った方のお連れです。この町で彼女が一人留守番する運びになったので時々見てやってほしい、と言われまして」
刀の件でギルドを介して知り合った浅い縁。
しかしながらリュッグからシャルーアの事情を聞いたウェネ・シーは、彼の留守の間、この少女の面倒を見ることをこころよく承諾した。
といっても四六時中張り付いているつもりはない。たまーに宿を覗いては暇そうにしている彼女を見つけると連れ出す、といった程度。
今回はいい刺激になればと、自分が働いている酒場のバックヤードに社会見学的な感覚で連れてきたのだが……
「そうそう、上手くなったよー」
「あ、そこ、もうちょっと力抜いて……そーそー、ゆっくりでいいからねー」
「うん、なかなか均一にむけるようになってきたね。いやー、皮むきの才能あるんじゃないかな、シャルーアちゃんは?」
言ってることは面倒見のいいお兄さんっぽいが、どいつもこいつも表情はだらしなく、鼻の下は伸び伸びだ。
しかもたかだか野菜の皮むきのレクチャーで男性スタッフ5人がかりという滑稽な光景に、ウェネ・シーは口をおさえてブフッと盛大に笑った。
「―――できました。今回のものはご指示どおりでしょうか??」
やや長く太めな根菜。丁寧に皮むき用の刃物を置くと、両手で持って自分の胸の上まで掲げ、恭しさすらにじむ姿勢で男性スタッフたちに差し出すシャルーア。
見ると調理台の上には、彼女に剥かせたと思われる、様々な根菜たちが転がっていた。
「………あ、呆れるわね。彼ら、たまっているのかしら?」
「はぁ、まったくあいつらは―――おおい、それくらいにしとけ。根菜ばかり皮むき体験させたんだ、今日のまかないメシはソレだけになる覚悟はあるんだろうなお前達?」
マスターが男性スタッフたちのもとに向かう。ウェネ・シーもシャルーアに歩み寄った。
「待たせちゃってゴメンなさいね、でも退屈は……しなかったみたいで何よりだわ」
キッチンに入ると、これまで視界に収められなかったところにまで皮をむかれた根菜が並んでいるのを確認し、ウェネ・シーはどんだけよと、改めてここの男性スタッフたちに呆れた。
「はい、お料理の経験はあまりありませんでしたので、とても勉強になりました」
「(うーん、ホント素直ちゃんよねー。ま、この容姿でこの性格……男が群がるのも当然かな、可哀想に)」
普通の女ならシャルーアの若さと美貌、そして男受けの良さに嫉妬して当然なのかもしれない。
だがウェネ・シーは違った。
少女の頃よりなまじ踊りの才と容姿に恵まれたせいでロリコン商人に娶られ、その後の人生は決して良かったとは言えない道を歩んできた彼女は、異性から好かれる事の恐ろしさを知っている。
見目麗しい美貌や、男に愛される性格という女の武器―――ソレが引き寄せてしまうものは、決して幸せだけではない。ウェネ・シーが我が身でもって経験し、痛感している真理である。
だからこそ、シャルーアのような人生の後輩には嫉妬心など微塵も沸いてこない。むしろ、安穏とした道を歩くことがそう遠くない未来、極めて困難になってしまうのが目に見えていて、心の底から可哀想に思えてならない。
「……お腹空いたでしょ。皮むいた野菜は彼らに美味しくいただいてもらって、私達はもっといいもの食べに行きましょ」
美人薄命―――容姿がいいことを羨んだり妬む人間は男女問わず少なくない。だがその美人とて、人生においての波乱が向こうから襲ってくる機会は多くなってしまう。
ウェネ・シーは人生の先輩として、せめて安穏としている時くらいはこの若き後輩に、少しでも良い思い出を積み重ねてほしいと思い、そして願う。
いつか波乱がこの少女の身を沈めようとしてきても、心折れる事なく乗り越えていけますように―――と。




