第73話 怖れ震える影
リュッグ達が戦っている様子を、砂丘の影から観察している影があった。
「ようやく追いついたな。……ふむ、適当な魔物どもが足止めの役に立ったか」
それは他でもない、ローブの男・バラギだった。
ジューバの町でリュッグの足跡を追ったところ、ギルドで仕事を請けてスルナ・フィ・アイアに向かったと聞き、急いで町を出た。
しかし彼らに接触はしない。ハッジンだけでなく、ムカウーファの町でバラギ自身もリュッグには面が割れている。
あの時からさほど時間は経っていない。この広い国の中で今接触すると、偶然の再会にしては不自然なタイミングになる。
「(不審に思われては動きづらくなる……慎重に確かめねば)」
バラギにとってリュッグは、要注意人物の中でも最重要に位置づけられる相手となっている。
それは、クサ・イルムの村に施した仕掛けを見破った可能性があるからに他ならない。
「(まさか先の波動……“ 御守り ” に関係している人間とはとても思えんが……)」
そこらをウロチョロしている傭兵、それも長くその道にある者の中にソレがいるのであれば、とっくの昔に見つけているはずだ。
そして何より、リュッグは体格こそ大柄ではあれど特別な何かを持っている気配がまるでない。バラギの目から見れば、言ってしまえばどこにでもいる普通人の域を出ない者だった。
「(だが万が一ということもある。我が見落としなど認めたくはないが……)」
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シュガッ……ドシュゥッ!!!
『グルァアッ!!』
その身を斬られたことで怒りあらわに吠え散らす隠れ砂狼。本来は砂地に身を潜めて獲物が通りかかるのを待ってから奇襲を仕掛ける厄介な相手だ。
しかし、こうして真正面から戦ったならその能力は大型の狼並み。決して弱くはないが、経験を積んだ傭兵達には十分対処できる強さしかない。
「しつこいぜ、いい加減砂にかえっちまえ!!」
ブンッ、ドゴァッ!!
一人の傭兵が振るったメイスは先端が大きく重厚。ハンマーと同等の衝撃力を持ちながら柄の反対側には槍の穂先があり、強打と突き刺しが1本で出来る武器だ。
それを巧みに用いて斬られ、叩きのめされる隠れ砂狼は、やがて血のかわりに大量の砂を飛散させながら倒れ、動かなくなった。
「こっちを手伝ってくれ! コイツ、なかなか動きやがるっ」
「おう、任せろっ!!」
魔砂の大蛇と対峙していた仲間に合流。数で圧倒的優位に立った傭兵たちとは逆に、その妖異は劣勢を感じ取って後方に這いずり、距離をあけた。
人の5倍はあろうかという長さの胴を持つ砂の大蛇。一見すると驚異的な魔物に見えるが、普通の蛇と違ってとぐろを巻いてその場にジッとしている事が出来ないという特徴を持つ。
常に動き続けていなくてはいけない上に、スピードがあまり早くない。なので獲物に巻き付いて締め上げるという蛇特有の捕獲攻撃が不可能。
それでもその長い体躯を利用して相手を砂中に埋め込もうとしたり、鋭い牙で噛んで、即効性の麻痺毒を与えるなど、厄介な攻撃を仕掛けてくる。
何より体躯が長くて常に動き続けているために、一点に攻撃を集中することが難しく、ダメージが分散してしまいやすいために仕留めるのに時間がかかってしまう相手だった。
それでも、数がいれば話は違ってくる。
『シュルルルルラァァッ!!!』
やがて、断末魔をあげて空高く伸び上がったかと思うと、脆い砂山の如く崩れ落ちた。
「ハァハァ、や、やったぞ」
「さすがに魔砂の大蛇は時間かかるな……ゼェゼェ」
「安心するのは早い、まだ蜃気楼の息奇がいるんだ、早くリュッグさんの加勢に―――」
傭兵達はすぐさまリュッグが戦っている方へと向き直った。しかし、そこには自分の敵を圧倒している彼の姿があった。
『ガァァーーーハァァァァッ!!』
敵の連続攻撃をかわしていたリュッグは、手にしていた短めの豪打用こん棒を捨て、相手の隙を見計らって返ってきたばかりの刀を素早く抜く。
「甘い、怒り任せの攻撃は動きが見切りやすいんだよ……―――ッシ!!」
シュバァンッ!!
短く息を吐くと同時に振り下ろした斬撃は、縦に真っすぐの軌跡で持って、蜃気楼の息奇を斬り裂いた。
『ガ……ハァ………―――』
断末魔もあげられず、左右に分れた蜃気楼の息奇は、そのまま砂の上でピクリとも動かなくなった。
「す、すごいですねリュッグさん、まさかコイツを一撃で両断とは……」
「恐れ入りました、援護に遅れて申し訳ない」
「なに、皆さんが他のヨゥイ達を抑えてくれていなければ、俺も蜃気楼の息奇一体に集中できませんでしたから」
とりあえず難は退けた。目的地もあと数キロ先……リュッグ達は安堵感と共に戦後処理へと移った。
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「ッ、あれはまさか “ ニホントウ ” !? ……いや、少し形状は違うか? 全体のしつらえ、刃の鍛え具合は遥かに劣る似て非なるモノ。しかし……これは偶然で済ませられるか?」
バラギは、深くかぶったローブの下でワナワナと震える。それは自分達に対する脅威を見たという―――恐怖を感じての震えだ。
「(やはりビンゴか? あの不快な波動、消失したはずの北の " 御守り " に無関係とは思えなくなってきた、いや、あるいはコイツが本命である可能性も……?)」
リュッグ達を遠くに見ながら、バラギの疑念と警戒心が一気に高まっていく。
それはリュッグの命が脅かされる危険が、この先増していくことを意味していた。




