第62話 内は緊迫、外は平和
クサ・イルムの村は、この国全体でいえば確かに辺鄙なところに位置している。
周囲は荒野なれど、短い草がポツポツと生える程度には植物が生育できるようで、村の囲いの木柵の内側にはバーンミヤ畑があった。
「……」
「……」
リュッグとハンムは、互いに分担して左右を伺う。そして一通り周辺を見回した後、向かい合って頷き合った。
「……あまりにも静か過ぎると思わないか、ハンム殿」
「ええ、人が暮らしていた気配はあるというのに、ですね」
さすがにこの妙な雰囲気もあって少し不安げな面持ちながら、兵士達も二人にならって周囲を見回す。
「お前達はここで待機。まず私とリュッグ殿でこの先を確認する」
全員で進んで全滅、なんていうのは最悪だ。不安そうな兵士達はひとまずこの場に留め、隊長であるハンム自身が率先して行動に出ることで、彼らの不安の解消にも努める。
家屋の影から影へ、慎重過ぎるほど慎重に二人は進んだ。
「ふむ、毒ガスの類が出ているといったようでもなし……だがどこの家の中にも人の気配がないというのは……」
「確かに、生活の痕跡は何てことのない日常そのものが残っています、これではまるで―――」
そう、まるである時突然、人だけが消えたかのよう。
村の中にはそれほど生活の痕がしっかり残っており、人間だけが村という空間から消え失せた様だった。
こういうのは、寂れて廃墟と化すよりもはるかに不気味だ。
「村の者が魔物を倒した……現状では、それがこの状況の原因となっていると思われますが、魔物の死骸はどこにあるのでしょう?」
「いや、そうと決まったわけではないですよハンム殿、気になる点であるのは確かですが。それに、村人で対処可能なレベルのヨゥイが、はたして村一つに何等かの悪影響を及ぼす原因となりうるのかは疑問です」
「となると、一番怪しいのはあの老婆ですかね。彼女はあの後、村に戻っていったので、どこかにいるはずなのですが」
村内に人が見当たらない以上、リュッグとハンムが探すのは2つ。
一つは魔物の死骸。もう一つはあの、わざわざ忠告にきた老婆だ。特に老婆は、リュッグ達に立ち去れと言ってきた―――確実に何か知っている。
「よし、まずあの老婆を探そう。ヨゥイの死骸の方は、この村の中にあるかどうかも分かりませんし、見つけたとしても現時点では不明瞭な事が多い」
「ですね、訳知りそうな老婆をつかまえる方が確実でしょう、しかし……」
村にはそれなりの数の家がある。老婆が家の中にいるとしたら、これを探すのはかなり骨が折れそうだった。
「部下を全員動員して探させましょうか」
「いや、その前に村内が本当に安全かどうかを徹底して調べてからの方がいいでしょう。毒ガスの類が充満している様には見えませんが、動き回っていて突然倒れた、なんて事にならないとは、まだ言い切れない」
未知の病気の可能性。
リュッグは慎重に慎重を重ね、なお慎重であるべきだとして隠密活動の継続を選択。二人は家の中には入らずに、念入りに村内を回っていった。
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村外、周囲に比べて僅かに丘になっているところに、ベースキャンプは完成していた。
「見通しも良し。これなら、別の魔物が襲ってきたとしてもすぐ分かるな」
そう言いながら周囲を確認してきたハッジンが戻ってくる。すると兵士達とシャルーアが鍋を囲んで何やらやっていた。
「? 何やってんだい、皆さんお揃いで??」
「リュッグ様のご指示に従いまして “ 薬湯 ” を煮詰めています」
そう言いながら、大きめの匙をゆっくりと回すシャルーア。鍋から立ち上がる湯気は、ただのお湯のものと比べるとゆっくりとしていて、蒸気がたちまち雲のような塊となりながら、彼女の頭の上あたりの高さで辺りに広がっていく。
「へーぇ、これが。……んで、兵士さん達は全員で覗き込んでるけども、いいのかい? 村の方を見てないで??」
ベースキャンプを完成させて一安心、というわけにはいかない。リュッグとハンムおよび他の兵士仲間が、今頃あの村を調べている真っ最中なのだ。
留守番役としても、分担してやるべきことはあるはずで、シャルーアが鍋を掻きまわしている様子を、残った兵士7人全員で眺めているというのは問題がある。
「あ、いや、まぁそれはそうなのだが……」
「傭兵の “ 魔物除け ” の法というモノが珍しくてついな」
「まぁアレだ、後学のためにちょっと見学を……と」
「(とかなんとか言って目当ては女の方だろーに、バレバレだっての)」
ムカウーファの町からここまでの旅路の間、兵士達のシャルーアに対する態度は露骨だった。
リュッグとハンムは苦笑しながらも彼らの態度には寛容で、たいして気にも留めていなかったが、隙あらばシャルーアにアピールしようとするのは一国の栄えある軍隊に所属する兵士としてはどうなのかと、ハッジンは呆れる。
「やれやれ……とりあえず、せめて村の方と周囲の警戒はしといてくれよ? 何か起こったのを見過ごしましたで、後々怒られるのはアンタらだ、オレぁ知らねぇぜ?」
さすがにそこらへんは弁えているらしく、ハッジンの指摘に兵士達はすごすごと持ち場に戻る。
二人は正面で村の様子を見守り、三人がベースキャンプの周囲を常警戒。そして残り二人が大きく外周をまわって危険が迫ってこないかの偵察だ。
シャルーアはベースキャンプに常駐し、リュッグに言われた作業に従事。ハッジンは兵士と交代で周囲の偵察を担いつつ、必要に応じてシャルーアの手伝いをする。
リュッグ達が帰ってくるまでは、そういう役割分担がなされていた。
「やれやれだぜ……。それで、その “ 薬湯 ” っていうのは効くもんなのかい??」
兵士達が持ち場に戻った後、ハッジンは多少馴れ馴れしい距離感ながら、シャルーアの隣に腰を落とした。
このくらいで動じる娘ではない事も、ここまでの旅路で把握している。
「はい。私もどのような作用のものなのかは存じません。ですがリュッグ様によりますと、煮込んで発する香りと蒸気は、多くのヨゥイがお嫌いになるモノなのだそうです」
「へぇ~、オレも傭兵だけどこういうのは知らなかったなぁ」
と言って鍋の中でポコポコいってる緑色の液体を覗き込むフリをしながら、シャル―アの胸元をチラ見るハッジン。
普段から肌の露出の多い少女だが、肩を寄せ合うほど近い位置でマジマジと見れば、なるほど―――堅物なはずの兵士達が、隙あらばお近づきになろうとするのも頷ける美少女だ。
「(金も大事だが、やっぱ女も欲しいよなぁ~……うっへっへ)」
だが、そうは言ってもハッジンは基本小心者。どこぞのまったく憚らない傭兵のように直接手を伸ばすまではできない。
かき混ぜる動きで揺れ動く彼女の胸の動きを追って、その瞳孔を揺れ動かすだけにとどまっていた。




