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焦がれる刀のシャルーア  作者: ろーくん
懐郷の日

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第61話 クサ・イルム




 ムカウーファの町でのラハスの一件から1週間後。



「お、見えてきた。あそこがクサ・イルムの村だぜ」

 先導するのはムカウーファの町で声をかけてきたハッジン=スグという名の男性。リュッグ達に同行を願ってきた若い傭兵だった。



「街道をそれて道なきとはいえ半日か。聞いていたよりも辺境という感じはないな」

 リュッグ達に、道中の安全のため同行して欲しいと願い出てきたハッジンの目的地たるクサ・イルムの村。


 ファルマズィ=ヴァ=ハール王国の南北を結ぶ主要な街道の一つ、西部街道を北上後、街道を脇にそれてさらに西へと道なきルートを15kmほど、隣国との国境に近い場所に、その村はあった。

 長年活動しているリュッグでも、初めて立ち寄る町だった。



「まぁ、辺境っていうのは方便だぁな。あんま名の知れた村ってわけでもないし、道らしい道も繋がってない。村にもコレといって何か目ぼしいモンはない感じらしーからよ。でもおかげで助かった、一緒に来てもらってホントにサンキュウな」

 ハッジン曰く、最近ギルドで請けた依頼の場所がこの村なのだが、近頃は移動にも危険が伴うということでなかなか現地に向かう事ができず、ムカウーファの町で留まっていた。


 そこへ兵士連れのリュッグ達を見て、同行してもらえないかと声をかけた、というわけなのだが、それは半分は本当で半分は近づくための嘘だった。


「(さーて、上手い事お近づきにゃなれたってぇもんだが……旦那(・・)が喜びそーな情報(モン)はサッパリだったなぁ)」

 彼こそ、ローブの男に雇われて魔物ラハスの遠隔操作を行っていた傭兵その人。


 村での仕事は本当だが、リュッグ達に声をかけたのは偶然ではない。金のため、時間をかけて少しでも情報を得るべくそれっぽい理由付けで、ここまでの旅路に同行してもらったものの、道中で得られたのは名前と最近どんな仕事をしたかなど、傭兵同士が交わすようなありきたりな話題だけだった。






 一行が村の入り口を前にして今後について軽く話をしていると……


「リュッグさま、村からどなたかいらっしゃいましたよ」

 唯一、村の方を眺めていたシャルーアは、中から出てきてこちらに向かってくる人物を指し示した。


「ふむ、村人か? ……何やら様子がおかしいな」

 ハンムが軽く手をあげる。すると他の兵士達が一斉に村に対して向き直った。

 剣を手に取るまではいかないが、場合によってはすぐにも抜剣(ばっけん)できるよう、意識だけ全員が構える。


「……あんた達、旅の者かね? 村に用がないならすぐ立ち去りな……」

 ボロボロの一枚布を頭からかぶったような老婆。杖を両手で持って立つその姿は、どこか病人めいているようにも見える。


「いやいや、村に用があってきたんですよ。ギルドに仕事の依頼を出したでしょ? オレはその仕事を請けてきた傭兵で―――あ、ちょ、おおいっ?!」

 ハッジンの話も聞かずに老婆は踵を返して村に戻っていく。布が地面を擦る音もあいまって、なんだか不気味な様相を呈していた。




「なんだ、今のは? こういう村の人間は確かに余所者には警戒しやすいものだが……何か奇妙だな」

 リュッグも老婆の様子に奇異なものを感じて、怪訝そうに村を眺めた。


「何か問題が起こっているのやもしれません、我々としましてはそのところを確認せねばなりませんが……その前にハッジン殿。貴殿が請け負ったというこの村での仕事について、お聞かせ願えませんか」

 軍人としてハンムは、村に問題が起こっているのであれば確認および対処が必要だと判断している。

 そのためにハッジンが請け負ったという村での仕事について尋ねた。何か関連性があるかもしれないからだ。


「いやあ、そうはいってもなぁ……依頼の内容は、村の人間が処理したヨゥイの死骸を処分するっつー事後処理なんだけど」

 魔物と戦える者が、常に近くにいるはずもなければ、すぐさま来てくれるわけもない。


 なので村や町には、イザという時は自分達で何とか出来るよう、多少は何かしらの備えをしているところは多い。


 ただ、それで魔物を倒すことができたとしても、その死体に触れる者はいない。魔物の中には死後その身から有毒物を出すモノもいて、適切に処分するための知識が現地の人間にないケースが大半だ。


 なのでそういった後処理に関してはギルドに依頼を出したり、近くの兵屯所などにお願いしたりするので、このテの依頼はありふれている。



「よくある依頼だな。……だが、ということは問題が起こっていると仮定するなら、その駆逐したヨゥイの仲間にその後、攻撃を受けたか。あるいはその死骸に関して何か問題が生じたのかもしれん」

 長年の経験から推論を出すリュッグ。

 もちろんそうであるとは限らない。なので彼はあらゆる想定のもと、村に向かうための準備に取り掛かった。


「シャルーア、お前のバッグに入っている “ 薬湯 ” を出してくれ」

「はい、リュッグさま。……こちらですね?」


「ああ、ありがとう。それとハンム殿、火を焚く準備をお願い出来ないだろうか? 可能ならばこの辺に、簡単なベースを設営しておくべきだろう」

 リュッグの言わんとしていること。

 それは、村の中が深刻な状態になっている可能性に備える―――すなわち村の壊滅なり有毒物の蔓延なりと、悲惨な状況が待ち構えていた場合、村の外に拠点を仮設し、行動の基点にするという事だ。


「……なるほど、それならばここに仮設でテントを敷き、何人か待機させることにしましょう」

 何が起こるか分からない。


 それは先のムカウーファの町でもあったことだ。村に入ろうとした途端、それこそまた、強大な魔物が襲い掛かってくるかもしれない。





  ・


  ・


  ・



 村へ向かうのはリュッグ、ハンム、そしてハンムの部下の兵士3人に決まった。

 残りの兵士とシャルーア、そしてハッジンはベース待機だ。


「シャルーア、見える範囲にいる時は随時、ハンドサインで情報を伝える。だが村に入った後、姿が確認できなくなるまで距離が離れたなら、そのまま待機して村の様子を観察すること。万が一の時は、兵士の皆さんに従って行動するようにな」

「……はい」

 シャルーアも緊張気味だ。さきほどの老婆の様子がおかしい事に彼女も気付いていたらしい。


 さすがにアレが、そういう人でなんら異常がいないと思ったりしないくらいには、少しは世間の常識的な感覚や経験がついてきたかもと思いつつ、リュッグは様々な道具を準備して、自分の身体の使いやすい位置に装備する。


「よし……、ではハンム殿」

「こちらも準備は出来ております。慎重に参りましょう。ハッジン殿、こちらはよろしくお願い致します」

「あいよ、そっちも気ぃつけてなー」

 やや緊張感にかけているのは若さゆえだろうと先輩傭兵のリュッグは苦笑してから、表情を引き締め直した。


「では行ってくる。そっちも気を抜かないようにな」




 そして、ここからクサ・イルム村の怪は始まった。








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