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焦がれる刀のシャルーア  作者: ろーくん
邂逅

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第57話 状況を好転させる石



 ブンッ! ドカッ!



 いかにリュッグが善戦しようとも、その身体能力の差は絶望的。素手の攻撃がいくら当たろうが、眼前の妖異にダメージらしいダメージは与えられない。

 一方で、直撃こそ避けてはいても、ラハスの攻撃はリュッグの身を徐々に痛めつけ、全身傷だらけになっていた。


 時間にして10分は戦い続けているだろうか? 体力と集中力も限界が近づいていた。


「……はぁはぁ、はぁ、ふぅ、何だってんだ……まったく」

 完全なる劣勢。だが、先の不可思議な鎧の妖異との戦いよりかは絶望感を感じない。

 あの時とは違って場所は町の中。あるいは救援が来る可能性もある。いくら武具や道具なしの戦いといっても希望があった。


 しかも不思議なことに、ラハスの動きは徐々に良くなってきてはいるものの、その戦闘方法は変わらず四肢での近接格闘戦だけ。


「(尻尾に翼……だけじゃない。その気になれば風を操る事も可能なヨゥイだと聞いた事があるが、そんな真似をしてくる気配もない)」

 ありがたいが、同時に恐ろしい。

 本当にこの魔物が人工的に操られているのだとしたら、ここを凌いでもこれから先の未来、嫌な想像を思い浮かべてしまう。



「……とんだ仕事外戦闘だ、割に合わないったらないな」

 それでも降りかかる火の粉に無抵抗でいるわけにもいかない。リュッグは気を引き締め直し、もう10分は敵を抑え続けねばと改めて構え直した。


 時間さえ稼げば、さきほど逃げ散っていった町の人々が町の治安維持の兵なり、それこそハンム達なりにここの事が伝わって、ここに駆け付けてくるはず。


 増援がくる可能性は高い。


 今は勝ち目がないとしても、こうしてこの場に釘付けにしておくことが最善―――だが問題はそれがいつ来てくれるかということ。

 リュッグがやられる前に間に合うかどうかは不明だ。




『ハァー、ハー、ヴヴヴヴヴ……フーハァーッ!』


 ドッ、ヒュゴッ、ブンッ、シュバッ!


 どんどん動きの良くなるラハスの一撃一撃がキツい。受け流すのもさばくのも回避するのも難しくなり、防御で耐えることが増える。

 リュッグの全身の打撲痕が増えていく。まさに相手の攻撃の精度が高まっていることの証だが、そのうち致命傷の一撃を避けきれなくなる。


「(くっ、コイツ……いい加減に―――)―――しろっ!!」

 歯を食いしばり、渾身の力を込めて横っ面を殴る。直後すぐさまフックで殴った右腕をそのままに、右肩を押し付けるようにタックルをかけ、相手の左肩付近から体勢を崩させた。


『っっっ!?』

「まだまだぁっ」

 このままだと一緒に倒れ込んでしまう。なのでリュッグは傾きかけた自分のカラダを捻って半回転させながら、左足の後ろ回し蹴りでラハスの左太もも辺りを蹴る。

 その反動を利用して地面と抱き合うのを回避。相手だけを砂ぼこりまみれにした。


「はぁはぁ、ぜぇぜぇ……」

 リュッグとて2m近い大柄な体躯の持ち主だ。格闘戦においてはそれなりのパワーを発揮できる。

 しかし寄る年波には勝てない。四十路を越えた彼には、機敏で激しい動きはしんどい。しかしラハスに対抗するには無理をおしてでも素早く隙なく動かなくてはならなかった。


「リュッグ様、大丈夫ですかっ?」

 シャルーアが心配になるのも仕方ない。傍目からみてもリュッグのダメージと疲労具合は明らか。


 虚勢を張っても余計に心配させてしまうだけ―――そこでリュッグは、ただ大丈夫だと言うのではなく、一つ付け加えることにした。


「心配ない。それよりシャルーア、足元にある小石を拾うんだ。もちろん敵から目を離さずに隙を見て、だぞ」

「?? わかりました」

 何か指示を与えることで、心配による余計な行動を取らせない。もちろん出した指示にはそれ以外の意味がある。


「(……さて、上手くいってくれればありがたいが)」

 リュッグは息を飲む。ラハスが立ち上がるのをじっと観察し続け、そして完全に戦闘再開できる状態になった瞬間――――


「今だ、どこでもいい、屋根の上に向かって石を投げろ!」

「! は、はいっ」

 ムカウーファの町は、天井を覆うドーム設備のおかげで砂嵐の日でも外出可能な環境下にある。

 なので家々の造りは他の町とは違い、砂嵐対策の必要がない。


 特にリュッグ達が歩いていたこの町の繁華街とでもいうべきエリアの建物は、総木造に加えて随所に色のついた金属板などが施され、多少は華美に仕上げられていた。


 人々が逃げた後の静寂が占める中、石一つとはいえ、ソレが屋根を打つ音はよく響く。


 カツーン、カンカンカンッ……


『?』

 リュッグの狙いは2つ。

 まず投げられた石にラハスの視線がいくこと。


 一瞬でも意識が相手から逸れることは、戦闘では大きな隙をうむ。


「ここだっ!」


 ドカッ!


『フハァアッ!?』

 その一瞬で、リュッグは思いっきり伸ばした脚で蹴る。

 やや間合いが遠く、威力はないが安全。そして態勢を整えなおしたばかりの相手を再び崩させるには十分。


「戦闘でよそ見は厳禁だっ」

 さらにリュッグは地面を削るように蹴り、砂ぼこりと共に小石をいくつか巻き上げる。

 身体に石礫(いしつぶて)が当たり、砂ぼこりが目に入りそうになって、ラハスは腕で顔前を塞いだ。


「(やはり。人間のような動きをするとは思っていたが……ならば、砂が目にかかりそうになればそうするだろうなっ)」

 もしこれが野生の魔物であったならそんな動きはしない。しかもラハスは、翼を軽くはためかせるだけで砂ぼこりなど追い払える風を起こせる。


 それをしないのは、翼というものを意識しないと使えないと言っているも同じだ。


 ドドドッ!


『ハバッ?! ウグググッッ』

 当然、顔前を塞げばリュッグの姿も見えなくなる。さらに蹴りをお見舞いしない手はなく連続でラハスを蹴る。


「このくらいか……はぁ、はぁ、ぜぇぜぇ……」

 しかし、やりすぎるのはダメだ。3、4度ほど蹴りをくれてやったら、後ろに下がって間合いをあける。


 もしリュッグの考え通りであれば、そろそろ石を屋根上に投げさせたもう一つの狙いが発動する。




「……―――お、おい、あそこ! いたぞ、魔物だ! シャルーアさん達もいるぞ!」

 遠巻きに聞こえてくる声に、リュッグはニッと軽く微笑んだ。


 ハンム達がもし自分達を探しているのであれば、そろそろ近くまで来ているはずだと睨んでいた。そこに音が聞こえてくれば、音のする方へ来るだろうと。



 シャルーアに取らせたのは簡単な行為だが、そのおかげで救援が間に合ったのだ。








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