第53話 抹消された歴史の断片
結局。
「道中、よろしくお願い致しまするリュッグ殿、シャルーア殿」
「ああ、こちらこそ。……済まないな、なんだか迷惑をかけてしまったようで」
オキューヌが、自分の軍団から兵士を付けてやろうという話になったのだが、今度はその軍団の兵士らの間で我が我がと、立候補合戦が始まってしまったのだ。
完全に置いてけぼり状態のリュッグがことの次第を見守る中、最終的に選ばれたのは軍団内でも堅物として知られるハンム小隊長およびその傘下の隊員12名だった。
オキューヌ曰く、“ コイツらならお嬢ちゃんに色ボケするこたぁないだろう ” とのことだが、それは同時に彼らへの釘刺しでもあった。
「えっと、こちらが食糧品になります。こちらが野宿のご用意で、あちらが応急処置の品物が入っているリュックです。食料品と応急処置の品物は生命線になりますので、今回は5つに分けていますが、運搬の分担の方をこれからお決めに―――」
「はいっ、それなら1つは……いや、2つはオレが!」
「なら残り3つは俺一人で十分ですよ、シャルーアさんっ」
「ハァ……カッコつけてんじゃないぞ。万が一を考えて分けてるのに一人でいくつも担当したら意味がないだろう。オレは野宿のヤツを持ちましょう」
「んなこと言って、真っ先に寝床作っちまって誘おうって魂胆だろお前?」
「んなっ!? バカいってんじゃあない!」
「そういう事なら俺は応急処置の奴で。シャルーアちゃんが怪我したら真っ先に治してあげるんだ~」
「! そうはいくか、このスケベめっ」
当のシャルーアが困ってしまっているというのに、その目の前で醜い言い争いをする自分の部下たち。
ハンムは頭の装身具のズレを直すように、後頭部を軽くかきながらため息をついた。
「お前たち、いい加減にしないか。シャルーア殿が困っておられる。助けにならんとする気概は良いが、己が醜態を晒しておる事にまず気付け」
隊長は確かにカタブツだが、残念ながらその部下達はそうではないようだ。オキューヌの釘刺しも効果は薄そうだった。
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3時間後、一行はようやくワッディ・クィルスを出発。そこからおよそ2時間かけて、リュッグが以前襲われた現場を通過していた。
「遭遇はこの辺りです。はっきり言ってアレが何なのか……今でも判断がつきません」
「なるほど。気配もなくいきなり襲い掛かってきた……と」
ハンム達がリュッグらに付けられた名目として、リュッグが不意遭遇した謎の妖異の調査および、他の町までの導線上の危険性の調査が命じられている。
隊員たちは、半ば民間の傭兵に兵をつける理由付けだと思っているが、ハンム小隊長は真面目に現地を調べていた。
「辺りは開けていて、これといって隠れる場所はなし。砂中に潜んでいた、という可能性は?」
「ない、でしょうね。あのヨゥイは鎧がそのまま動くようなものだった……もし地面に潜んで通りかかる獲物を待っていたのであれば、全身の微細な凹凸に砂がくまなく詰まっていたはず。しかし遭遇したヤツにそれは見当たりませんでしたから」
「ふむ……なんとも不気味な。蜃気楼のように沸いた魔物、というワケでもあるまいし……リュッグ殿のおっしゃる特徴からして生物的なモノではなさそうな―――」
そこでハンムは言葉を切って唐突に黙った。風で砂が空を舞う中、何か嫌なことに思い至ったと、軽く顔を青ざめさせている。
「まさかその魔物……何者かが使役していた? いや、しかし」
「そのような事があり得るのですか??」
不思議そうに問うシャルーアに、リュッグも分らず答えを返せない。少なくともこれまでそんなモノに遭遇したことはなかった。
しかし近しいところの情報としてなら小耳に挟んだことはあった。
「聞いたことはある。遥か昔、人がそういった事をしようとした時があったが、その試みは失敗したと言われている中、数は少ないが成功した例があって、その当事者らはその事を隠蔽した……なんていう根も葉もない陰謀論が今でも囁かれていたりするが、そんな事が本当にありえるとはとても―――」
「そのお話には続きがあります」
ハンムがそう言った瞬間、それまでは何の気なしに聞いていた配下の兵士達ですらも、えっ?と驚きの声をあげた。
「本当は成功した例などは一つもなく、ならばと考えた当時の異端者が、人工的に魔物を作りだす行為に手を染め……その結果が、魔物を使役することに成功した希少例として陰謀論の間でささやかれている話に繋がっている、というものです」
「隊長、そんなの聞き始めですぜ」
「その話、本当なんですか??」
半信半疑な部下にハンムは頷き返す。
「もちろんこの話も陰謀論の一節です。なれど極一部においてその事について記した書も存在するとか。リュッグ殿のおっしゃられた魔物の特徴を詳しく聞くにつれ、なぜか思い出したのです」
ハンムが青ざめた理由。
それはもし本当に、何者かが魔物並みの脅威を人工的に作り出し、行動させることが出来た時、それを敵対国などが用いてきたらと最悪を想像したからだ。
「……オキューヌ様に伝令を。“ 不確実ながら無視できない話で恐縮ですが、すぐに人工の疑似的な魔物製造に関する歴史と情報を洗い出されますよう、お願い申し上げます ” と」
「ハッ、ではワッディ・クィルスに戻ります」
伝令に走る兵士とそれを守る2名ほどが残惜しそうに隊を離れる。
それらを見送った後のハンムは、これでもかと嫌な予感を感じている表情を浮かべていた。




