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焦がれる刀のシャルーア  作者: ろーくん
女達の強さ

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第45話 安心と不安の中で




 どこまでも広がる砂と荒地の世界。


 何も見当たらないというのは安心と共に絶望感がこみ上げる。脅威はなくとも、救いもないからだ。




「ハァッ、ハァッ、ハァッ……―――ぐっ、失った血が多いな……」

 リュッグは全身のあちこちに包帯を巻いて、満身創痍ながらも何とか命を繋いでいた。


 長年の傭兵生活が幸いし、イザという時に使えるモノは常時取り揃えて携行していた。

 包帯や消毒薬はもちろんのこと、腹持ちと日持ちの良い保存食もあり、瀕死の重傷とて死を回避するだけの応急処置は十分に行えた。


 だが、あの異様な妖異(ヨゥイ)との戦闘から数日。彼は命こそ繋げてはいたものの、岩陰で身を潜めてからほとんど身動きが取れなくなっていた。



「(保存食は……頑張ればあと5日くらいはなんとか。この怪我じゃ町までの移動はキツいが、食料が尽きる前に何とかしないとな)」

 その5日分というのも1食をスズメのエサ並みに抑えての話で、とてもじゃないが体力の回復は見込めない。

 しかも道中、また妖異(ヨゥイ)に遭遇したらその時点で終わりだ。もっともその危険性は、こうして岩陰でじっとしていたとしても同じこと。


 こういう時に合理的な判断が出来なければ、傭兵はすぐ死ぬ。


「……とにかく人の目につくところまで行くか」

 倒れるにしても人間の生活圏に近い場所でなければならない。それならばまだ、誰かに発見してもらえるという希望が出てくる。


 0.1%でも生存への確率を上げる行動を選択する。


 諦めたり絶望したりしている暇すら勿体ない―――リュッグは戦闘でボロボロになった鋼鉄棒(アイアンポール)を支えに立ち上がると、それをそのまま杖がわりにして1歩、また1歩と歩きだした。




 ・


 ・


 ・



 ブシッ…


「ぐっ…ぅ! 力を入れると傷が開く、もどかしいな」

 1歩を踏みしめると、そのわずかな衝撃ですら身体のあちこちの傷が血を噴きたがる。なので遅々としてその足は進まない。


 数時間をかけてようやく街道まで出てきたものの、当然ながら辺りに人影は一切なし。魔物の出没や被害の報告が世の中に増えていくのに比例して、人の往来は急激に減っているため、当然の光景だ。

 今のリュッグには向かい風な状況だった。


「さて……ワッディ・クィルスまでは、普通に歩ければ2~3時間の距離だが」

 今のリュッグだと1日がかりでも着くかどうか分からない。それでも町に近ければ近いほど、辿り着く前に力尽きたとしても拾われる可能性が出てくる。


「ふう、ふう……っ、ぐ…っ、くっう! はぁ、はぁ……シャルーアの奴は大人しくしているだろうな、大丈夫だと思いたいが」

 自分(リュッグ)を探しに出るなんて行動に出られたら困る。二次被害が出ては泣きっ面に蜂だからだ。

 今までの教えをキチンと守って、町で待っていると信じるしかない。


「誰か一人でもいいから通りかかってくれたら、色々と助かるんだがな……ふう」

 休憩がてらに立ち止まって周囲を見渡す。砂煙を立たせる風が吹くだけで当然のように誰もいない。

 もっとも、妖異(ヨゥイ)の気配もないので落胆ばかりの状況でもない。


「……刀を失ったのは大きいな、あれで誰か襲われたらかなり危険だ」

 強力な武器は頼もしい反面、こういう時に怖ろしい。敵に奪われて用いられたらその性能はそのまま効果的に誰かを傷つける。


 優れた得物も良し悪し。そう考えると、(なまく)らな量産武器はある意味、安心して喪失できる良さがあるなと、リュッグは苦笑した。





 ズキンッ


「ぐっ?! ……やれやれ、軽く笑うだけでコレか」

 満身創痍なのは分かり切っているが、それでもなお傷の深さは想定以上に重くのしかかってくる。

 ただでさえ遅かった歩みがさらに遅くなり、フラフラと勝手に左右へと傾いてしまう。


「(まずい、意識も朦朧としてきた……)」 

 出血はほとんど止まってはいる。それでも包帯の下ではなお少しずつ滲み出し続けていた。それが容赦なくリュッグの意識を奪おうとしてくる。


「(まだ、まだ遠い……ここで倒れるのは、まだ……マズ、い……)」

 鋼鉄棒が地面を突く音がやけに大きく聞こえる。ザクザクと、まるで地面を掘っているかのよう。

 ボロボロの外套(マント)の風が吹くたびにバタつく音が、まるで嵐のような突風と錯覚する。


「(感覚までおかしくなってきた……これは、本格的に、……、……、……)」

 走馬灯が見える。

 オアシスの蜃気楼を見るかのように、リュッグの視界の先で彼の人生が振り返られる。


 ―――歳は離れていたが、仲の良かった兄

 ―――戦争で財政が苦しくなった家

 ―――少しでも家族を楽にするため、自分から家を出て独立した自分

 


「(兄は……まだ生きているだろうか? ………何も言わずに家を出たあの頃、心配をかけてしまっただろうか……)」

 幻すらも掻き消え、急に夜が来たかのように辺りが暗くなっていく。それは失血による視力低下。

 そして意識が落ちてゆき、見えるものすべてが黒一色に閉ざされてゆく。




 身体の感覚がなくなり、視界が完全に闇に閉ざされる直前―――砂と荒野の先に誰かがいたような気がした。


 しかしリュッグには、ソレが野の魔物か人間かを確認する余力も時間もないままに気絶し、その場で倒れてしまった。








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