第44話 消えゆく安全
――――――スルナ・フィ・アイアの町から南へと向かう道すがら。
「まさか隣町に行くのに護衛を雇う日が来るなんてね」
普段は小さな酒場の給仕で町から離れることのないウェネ・シー。
だが、その酒場の主人が持病悪化で入院し、酒場を開ける事が出来なくなってしまった。なので同業者の知り合いを紹介してもらい、隣町の酒場へと出向する事になったのだが……
「ハハハ、オレらとしちゃあこんな綺麗な女性の護衛が出来て光栄ですよ」
「上手いこといって、簡単に儲けられてラッキーってのが本音でしょ?」
そう言いながらも彼女は、持ち前の色香をアピールするかのように軽く動いて見せる。
護衛の傭兵たちは鼻の下を伸ばしながら後頭部を掻いた―――性欲と金欲の両方をくすぐる、ありがたい仕事というわけだ。
「(それにしても……)……ホント、物騒になったものね」
ポツリと呟いたその一言に、最近の治安事情の全てが含まれていた。
ほんの数か月前までこの辺りで魔物など見かけることはまずなかった。にも関わらず日を追うごとに魔物の出現の話は増えて、いつしか酒場にくる客の会話は魔物に遭遇しただの被害が出ただのと嘆くものばかりになった。
「さほど強い奴が出たって話は聞かないですからね。心配はいりませんよ」
傭兵達は気楽に言う反面、周囲を警戒するように隊列じみた位置取りで歩いている。
隣町まで約10kmは決して短くない距離だ。昨今の魔物の出現情報を考えれば、途中で遭遇する可能性はかなり高い。
「頼りにしてますわ」
ニコッと微笑み返す。それだけのことで、傭兵達はデレーっとだらしない表情を浮かべた。
笑顔一つでやる気になってくれるなら安いモノ。だが道中はたして、彼らで対処しきれる程度のトラブルで済んでくれるだろうか?
こういう時は大抵ピンチがやってくるものと、ウェネ・シーは不安に思っていた。
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そしてスルナ・フィ・アイアの南隣、ジューバの町から1km強ほどの地点。
「……はぁ、やっぱりこうなるのね」
不安は的中。魔物は突如として目の前に現れた。
くたびれきった兵士のような態勢で、中身のない全身鎧が、やたら切れ味の良い剣を振り回しながら襲ってきたのだ。
「ぐあああ! な、なんだってんだコイツ!?」
「腕を止血しろ、俺達が前にでる! あの剣に気を付けろ、下手に受けるな!!」
魔物が振り回している剣は、魔物の身体と思しき鎧とは汚れや損耗の度合い、意匠の雰囲気などがまるで違う。
おそらくは襲った誰かから奪い取ったモノなのだろうが、今までだって死線を越えてきたはずの傭兵達が慄くほど、切れ味が良すぎる。
「ウェネ・シーさん、もっと下がって。コイツはヤバイ」
しかしながら傭兵達も負けてはいない。
腕が切断されてしまった仲間1人と彼女を守るために2人が傍につき、残り2人が魔物と対峙する。
ガッ! ギャシュッ!!
前に出る彼らは、いくら切れ味が良かろうと簡単には切り裂けないであろう重武装だ。武器も防具も壁役に最適……それでいて、決して動きも遅くない。
魔物の剣がその身を捕らえても、金属を切り裂ききれない摩擦音を伴った斬撃の音がこだまする。
「あの鎧の斬り傷の数々……おそらくあの剣の前の持ち主が付けたのだろう。あれだけ傷ついていても動きに影響している様子はない」
「ああ、普通の生き物じゃないな。痛めつけるだけじゃ倒せなさそうだ」
彼らの戦闘力は一流ではない。それは護衛という荒事前提の仕事を多人数で請け負う時点でお察しだろう。
だが傭兵とは、自己分析と状況判断が正確でないとやっていけない生業。彼らも自分らがたいした強さを持たない事くらい、よく自認している。
なのでこういう時にどうするか? それも彼らの中にはキチンとあった。
「よしみんな、例の手でいくぜ。3、2,1……GO!!」
「ウェネ・シーさん、失礼しますっ!」
逃げの一手。
彼らの最善とは生き延びること。それはどんな依頼を請けようが絶対的に共有している点だ。
一人がウェネ・シーを抱えあげ、もう一人が負傷者を支える。
ボムッ!!
そして、一人が魔物に向かって何かを投げつけると、全員が町に向かって走り始めた。
「どうだ、特製の煙幕は!? 粘着剤もオマケしといたぜ、よっく味わってくれよ!!」
魔物の動きは基本遅い。その上で視界も遮られ、粘着剤でさらに動きが制限されたなら、いかにケガ人を抱えていようとも彼らは逃げ切れる。
ただし、魔物が彼らを視認できないということは、彼らからも魔物の姿は見えないという事で―――
シュッ……ドシュウッ!!
「ゴハッ!!? ……うぐ、野郎……剣を…な、投げやがった……」
ウェネ・シーを抱えあげていた男の脇腹を貫いて、完全に突き刺さった刃。
迷いなき投擲は魔物ならではの思考なのか、それとも他人から奪った武器など手放したところで問題ないのか。
魔物は変わらずその動きこそゆったりしているものの、確実に煙幕の向こうから歩み寄ってくる。
「剣を引き抜いてる暇はない!! 動けるか!?」
「ちょ、ちょっと……キツい、かもしれ……―――!?」
負傷した男がフラリと倒れそうになるのを、抱えられていたウェネ・シーが受け止めて支える。
「弱音を吐かないの。ほら、町まで走るんでしょ!?」
「うう、……す、すみません……ごほ、がほっ!」
吐血―――そうはいっても傷は深い。気合いだけで堪えるには厳しい重傷。
すぐに前衛を張ってた二人もケガ人の元へ集結し、なるべく早い移動が可能な態勢を整え、遅々とはしていても何とか走り出した。
不幸中の幸いと言うべきか、剣を投げた魔物には他に武器はないらしく、ただひたすらにゆっくりと追いかけてくるだけ。
全力で逃げの態勢に移った彼らは、そんな魔物との距離をドンドンあけていき、そして町まで無事に逃げ切ることができた時には、どんなに目を凝らしても魔物の姿はなくなっていた。




