第40話 怪しくもアブナイ店
――――――大食堂「アンティジャンナジ」
ワッディ・クィルスの町が出来た頃からある古い飲食店。
かつては優れた食事処だった。しかし時代の流れと共に変化に耐えきれず、歴史の名誉と名声に誘われた商売人に買収されて以降、店の赴きはすっかり変貌してしまった。
それもすでに何十年と昔のこと……あるいはこの店の変貌は、この町の平和ボケの証明なのかもしれない。
「おおーい、ねえちゃん。酒だ酒ぇ~、酒もってこぉ~い!」
「でへへ……なぁ~、いーじゃんかぁよぉ~。ちょっとくらいよ~……なっ? その分、いーい夢みさせてやっからよぉ~~…ヒックッ」
「今日も美味そうなのがいっぱいだ~。へっへっへぇ、たまんねぇなぁ、目移りしちまうよ」
かつてこじんまりとしていた店は段階を経て大型化し、今では食事処というよりも巨大な劇場といった方が正しい建物になっている。
内部はところ狭しと大量のテーブルと椅子が並び、百人規模で客を収容できるであろうほど広い空間だ。
食事処としては明らかに過剰な接客エリアに面して巨大な舞台があり、毎日何かしらの催しも行われている。
それだけ聞けば、食事もしながら演劇や文化的な娯楽を楽しめる良さげな店のようにも思えるだろう。しかし……
「(なんだこの店は? いかがわしいにもほどがある)」
シャルーアのことが心配で客として店に来たマーラゴウ将軍は、一人テーブルにつきながら、店内の様子に眉をひそめた。
怪しげな色のライトが薄暗い店内を舞い照らす中、自分と同じようにテーブルについている客は、明らかに下品そうな男ばかり。
そして給仕として狭いテーブル間を忙しなく移動している女性らは、そんな男達の劣情をさらに高めるかのような煽情的な恰好をしていた。
「やぁんっ。もー、お客様、おさわりしないでくださいな、飲み物をこぼしてしまいますわ」
「ご注文のお料理、お持ち致しましたお客さ――――ぁんっ、もうスケベなんですからぁ」
セクシーなダンサー衣装からさらに覆う面積を限界まで奪ったような、半透明の白い薄布だけで構成されている過激な制服。
そんな彼女らを、客の男らは何らはばかることなく、服の向こうに薄っすら透けて見えるものを凝視し、あるいは身体に触れ、いずれも鼻の下を伸ばしている。
しばらく様子を見ていると、どうもそういうことが許容されてる店らしかった。
マーラゴウ将軍は顔を赤らめつつも、嫌なところに来てしまったとただただしかめ面を浮かべ続ける。この異様な雰囲気に飲まれてしまわぬようにと、眉間に深いシワを絶やさなかった。
「(怪し過ぎる店だ。妖精の君はなぜこのようなところで働こうなどと……)」
バシャンッ!
急に明かりが落ちる。店内が真っ暗になったのに客も給仕の女性らも慌てる様子はない――――――どうやら何か始まるらしい。
ァ~、ァ~ァ~……
薄っすらと鳴り始める、どこかの伝統的な民族舞踊を思わせる旋律。
曲の盛り上がりと思しきあたりに差し掛かると、舞台に集中するようにライトが灯った。
パッ!
浮かび上がった一人の少女の姿に、客の男達が一気にワッと盛り上がる。
「!? …よ、妖精の君っ!?」
舞台上には給仕たちと同じように、際どい半透明衣装に身を包んだシャルーアがいた。
そしてやや怪しげな色のライトに照らされ、そのまま踊り始める。優美で、流れるように、しかしてやたら股をおっぴろげる動きの多い妖しい踊りを。
「ヒューヒュー!!! 今日の踊り子ちゃんは大当たりじゃあねーかー!!」
「すんげー美少女、スタイルも最高でたまんねーな!」
「おらー、もっと股ひろげてこっち見せろやー!」
「乳だせ乳ーーー、うひーっひっひっひ!!!」
客席はものすごい熱気に包まれる。上がる歓声はすべて下品で、給仕の女性達が笑顔の下に嫌悪感を隠しているのが分かる。
ところが舞台上のシャルーアは、いつもと変わらず平然とした表情のまま淡々と舞っていた。
媚びるような笑顔も見せなければ、品のない男達の視線に恥じらいを浮かる事もべない。
そのクールそうな無愛想がまた、客の心をくすぐっているようで客席からは歓声があがりっぱなしだった。
「………」
無言のままに踊り続けていた少女は、舞台の上にいつの間にか立てられていた10本の金属ポールに向かって踊りながら近づいていく。
そしてポールに自分の身体全体で絡みつくように、しかして動きを止めることなく動き続け、次のポールへ、また次のポールへと自分の踊りに巻き込むように移っていった。
まるで金属ポールを男性に見立て、睦み事をするかのような仕草まで踊りの中に含める。
そのセクシーなポイントが来るたび客らのボルテージは高まり、下卑た歓声と口笛はその催しの最中、止むことなく舞台上に浴びせ続けられた。
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「フッフッフ、まさかまさかの逸材じゃないか。傭兵を雇う時点で正直期待はしておらなんだが、こんな上玉が舞い込んでこようとは」
舞台袖でほくそ笑むのはこの店の支配人で、名をラダトンと言った。
当初、シャルーアにやらせる仕事は給仕で、客に “ 不審な奴 ” がいないかチェックさせることだった。
ところがギルドに出した募集に応じてきた傭兵が、まさかの超美少女だったことで、ラトダンは彼女に目玉の舞台に立たせることを急遽決めたのだが、その判断は大成功だった。
「とても素直でこちらの言う通りに従ってくれました。踊りも僅か1時間ほどでしたが教えた通り……いえ、期待以上に踊ってくれているかと」
そう言って横に控えている女性は、支配人と同じように悪徳商売人の匂いを漂わせた笑みを浮かべる。妙齢の秘書っぽい恰好と事務的な態度の彼女の名はムーリタ、経理と店員達を指導するこの店の店長である。
「あの身体も素晴らしい。“ あっちの方 ” でもさぞ稼いでくれそうだが……傭兵である以上、やりすぎは危険か?」
「そうでもないかと。まだ若い小娘……酔わせてしまえば簡単に依頼の枠を超えた仕事も当てる事が出来ましょう。しかしながらギルドに出した依頼には期間があります。短期間で堕としきらなくては厄介でしょう」
ギルドに提出した依頼文には期間条件も書かれている。
最大3日の従事―――もしそれを過ぎて依頼の完遂なり失敗なりの報告がない場合、ギルド側から依頼者および依頼内容に沿った調査や追求が向けられる。
取り締まる側に付け入る隙を見せてはいけない。
お縄になりかねない怪しい商売に手を染めている彼らにとって、そこは絶対に忘れるわけにはいかない部分だ。
「クックック、そこは儂に任せておけ。小娘一人仕込むのに一晩もかからんわ」
そう言って舌なめずりするラダトン支配人。
今回傭兵に依頼したそもそもの理由が最近、店の経営について怪しまれつつあったためだ。町の治安維持部隊などが客としてこっそり調査に来ていないかを、傭兵を使って警戒しようと考えてのこと。
しかし、思わぬ大儲けの種が舞い込んできたことで、恐れと慎重は欲望に書き換えられる。
二人は舞台で踊り続けているシャルーアを見ながら終始笑顔を浮かべていた。




