第38話 簡単なお仕事に不吉の旗を添えて
――――――ワッディ・クィルスのギルド。
「お疲れ様でした。こちらが今回の報酬になります、お受け取りください」
サークォウコ討伐の報告を終えて報酬の貨幣が入った袋を受け取るやいなや、リュッグはさっそく壁の掲示に向き直って次の依頼を探しはじめた。
「(シャルーアの治療代のこともある、簡単に済ませられそうなものは……)」
手持ちのお金に余裕はあるものの確かな出費がある以上、少しでも所持金の目減りを抑えたい。
根無し草の傭兵稼業なればこそ生活の糧たるお金は大事。報酬が少額であっても簡単な仕事を請け負う理由は何もシャルーアの存在だけでなく、そうした収支管理的な観点によるもの。
労力や時間も加味しての効率を合理的に追求できなければ傭兵稼業は長く続けられない。
「……随分と、物騒な依頼が多いな?」
壁の掲示には難易度の高い依頼が並んでいる。そして内容のほとんどが妖異討伐だった。
「はい、このところ魔物の出没が日に日に多くなっているようでして。国から依頼が出されてくるケースも増えています」
いつかのアズドゥッハの件もそうだ。
ギルドには、民間の個人から組織クラスまで様々なところから依頼が出されて集まる。
しかし国家―――すなわち王様の意向でギルドに依頼が回ってくる案件は滅多にない。何かあれば手持ちの軍隊で人手も戦闘力も事足りるのだから、そもそもからして傭兵に頼る必要がない。
しかしこのところ、凶悪な魔物の事件を筆頭に依頼という形ではあるものの実質、国からの勅令に等しいような仕事が、ギルドに回ってくる例が増えていた。
「(風のウワサでザムの奴も怪我を負ってしばらく動けなくなったとも聞いた……注意しないとな)」
リュッグ達にしても仕事中、割に合わない敵に遭遇するという想定外がちょくちょく起こっている。
先のサークォウコ討伐にしてもそうだ。請け負った依頼内容に対して、現地では事前の情報とは敵の頭数が合わず、結果としてシャルーアが怪我を負った。
「………よし、これを請けたい」
掲示から1枚の紙を剥がして受付カウンターに乗せる。
リュッグが次の仕事に選んだのは “ お使い ” だ。早い話が町から町へ、特定の個人へと荷物を届ける仕事である。
郵送配達のシステムが確立されているとはいえ、道中の治安が一気に悪化した昨今では、お金持ちを中心に戦闘能力のある傭兵に荷を届けてもらおうと、ギルドに依頼してくる事がある。
シャルーアが治療院に入院中の今、リュッグ1人なら身軽。
選んだ依頼は少し距離のある町への小包の配達という簡単なもの。素早く行って帰ってこれるし、その労力に対して得られる報酬額は悪くなく、今のリュッグの希望に沿う依頼内容だった。
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……と、彼は数分前までは思っていた。
「チッ、本当にどうなっているんだかな」
言いながらリュッグは刀を抜いて構える。
ワッディ・クィルスの町を発ってからおよそ2時間弱。
頂上に町をのせた大きな地面の隆起も完全に見えなくなった、荒野と砂漠の中間のような景観が広がる街道のど真ん中。
リュッグは突然、妖異の襲撃を受けた。
『………』
声などは一切発しない。黙々かつ淡々と襲ってくるのは、くたびれきった兵士のような態勢の、中身のない全身鎧。
ガシャンガシャンとけたたましい音を立てるので、接近にはすぐに気付くことができたが、ベテラン傭兵であるリュッグがこれまで見た事も聞いた事もない、完全に未知の妖異だった。
「(この年で初めての妖異と遭遇とはな、勘弁して欲しいもんだ)」
どんなに目を凝らしてみても、兜や鎧の隙間から何者かの身体を見ることはできない。見えるのは鎧の内側の金属の壁だけ。
どうやって各パーツ同士がくっついているのか?
そもそも中身がないならどうやって考えたり、動いたりしているのか? その生態はまるで想像がつかない。
何せ見た目には完璧に、上から下まで古ぼけた雰囲気の鎧のみ。
それが人っぽく動いているというだけなので、どのような妖異なのか判断に困る。
「(幸い、武器の類は持っていないようだ。と、すると攻撃方法は体当たりとか殴るか蹴るくらいしかないが……)」
油断はできない。生物感のない妖異は見た目には分からない能力を持っていたりする。
中身がカラだと思っていたら急に魔力が噴き出してくるだとか、実体が現れるだとかしても驚きはしない。
リュッグは努めて慎重と観察、そして分析を続けながら油断しないよう気を引き締めた。
「……襲い掛かってきた時は両腕で叩こうとしてきたわけだが。さぁて、どうするつもりか―――なっ!!」
語り掛けつつ、リュッグの方から地面を蹴って間合いを詰める。攻撃を仕掛けて反応を見るためだ。
ヒュッ!!
マルサマから貰った刀の切れ味は先のサークォウコ戦で実証済み。たとえ相手の身体が金属鎧とはいえ、薄いところを狙えば斬り裂ける可能性は十分にある。
刃は空を切りながら謎の妖異に迫り、上胴の肩との付け根近くにその刃を付けた。
ギャシィイッ!!!
「くっ!」
金属同士の痛烈な接触。思わず耳を覆いたくなる音が鳴り、リュッグは顔をしかめる。しかし振るった刀は、狙い通りに金属鎧の表面を縦に長く切り開いてくれた。
『………』
まるで動じない。自分の身体が大きく傷ついたというのに、リアクションは一切なし。
構う事なくリュッグに向かって攻撃の意志を見せてくる。
「(鎧が身体そのものだと思ったが、傷ついても問題ないパターンか?)」
ガァンッ、ギンッ!!
攻撃を難なく刀の背や腹で受け止める。
当たればそれなりには痛そうだという程度の打撃ばかりで、特別な何かを仕掛けてくる様子はない。
「(強くはない。だが、どうすれば倒せるのかが見えてこない……厄介だな)」
余裕。しかし勝利する方法が不明瞭。
そんな戦いにリュッグはこの後、実に半日もの時間を費やされてしまう。
そしてその事が後にどれだけその身に危険を及ぼしてしまう事となるのか、この時の彼はまだ気づいていなかった。




