第36話 ズシリとプスリ
「――――と、いうわけでサークォウコ7匹けしかけた成果は傭兵2人だけでした」
その者、深海の青のような色のローブの裾を翻しながら、男が差し出した薄っぺらい報告書を受け取る。
深いローブの奥で顔も分からない彼は、沈黙したまましばしその書面に目を通していた。
「(かー、不気味だぜ相変わらず。ま、こちとら金さえもらえりゃ何でもいいんだけどな)」
男が口に出さずともその欲望が透けて見える。ローブの男は呆れると共に、だからこそ扱いやすいとほくそ笑んでから、報告に対する質問を投げかけた。
「……それで、傭兵2人とやらは死んだのか?」
「いえ、どうでしょう? バレないうちにと早々撤収しましたんで―――あ、いえ、状況的に考えてたぶん生きてると思いますよ、1人は」
なんとも曖昧な答えに、今度は不愉快を感じて軽く舌打ちする。
「……最後まで戦闘を見届けなかった理由は理解しよう。で? 1人は生きている、というその根拠は何か?」
「いやー、それがですね……その1人が5匹のサークォウコをあっという間に斬り倒したんですよ。残り2匹は見習いっぽいもう一人に襲い掛かっちゃいましたから、そっちは殺されたとしてもですね、あっちの奴はたぶん残りの2匹ぽっちじゃあ殺れないでしょうから」
程度の低い者は金さえはずめばよく働いてくれる。しかし、その能力のほどはやはり低い。
言いたい事は分かるとはいえ、まとまりの悪い話し方は聞いていて疲れる。ローブの男は小さく息を吐いた。
「傭兵の腕もピンキリ、たまたま強い輩に当たったということだな。………どうやら実験を重ねる必要はまだありそうだが、これ以上 “ 奴 ” の管轄内での活動はさすがに話を通さねばならんか。―――ともかくご苦労だった、これが今回の報酬だ、受け取るがいい」
男は投げ渡された袋を受け取る。ズシリと重い。
それだけで袋の中身は相当な金額の貨幣が詰まっていると、開けなくても分かる。こんな簡単な仕事でここまで割のいい仕事は他にはない。
「へへっ、ありがとうございやす。また何かあったらいつでも―――」
「そうか。ならばすぐに一つ、頼むとしよう」
「へ? ……そ、そいつは、どうも。それで次は何をやればいいんですかね?」
――――――ワッディ・クィルスの町。
ファルマズィの中腹やや北、東の国境近くに位置している町。
地面から滑らかに伸び上がる傾斜が、切り立ったテーブル状の岩山のファルマズィ側にもたれかかって上り下りする坂道を形成。その頂上にある天然の高地は、広陵とした荒野や砂漠が遥か遠くまで見渡せる絶景ポイントとして、この町は観光でも有名を成していた。
「よし、通って構わん。治療院は門をくぐって大通りを進めばすぐ右に見えてくるはずだ。連れを大事にするがよい」
「ありがとうございます」
それなりの城壁で囲まれ、出入りには常駐兵の検分が都度必要だが、あくまでも念のためであり、国境付近の町としては似つかわしくないほど平穏な場所。
なのでジウ王国の侵略の気配を感じる昨今にあっても、町の人々も兵士達も不思議と気風は柔らかい。
「大丈夫か、シャルーア? 怪我は痛むか?」
「はい、平気ですリュッグ様。この程度の痛みは痛いうちには入りません」
そう言われてもと、リュッグは顔をしかめた。
サークォウコに抱き着かれ、そのツメが胸や脚などカラダの各所に食い込んだ傷は思いのほか深く、赤い線を長く引くほどには血が流れた。
今も巻いてある包帯が半日程度で赤くにじんで取り替えが必要なくらいだ。
「ともかくまずは治療にいこう。ギルドへの報告はその後でも問題ないからな」
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治療院は病院に比べて規模が小さく、いわゆる町医者が切り盛りする医院が2つ3つ合体したような場所だ。
なので町医者では不足かもしれないが、大病院に行くには大袈裟かもしれないといった、中間的な病気やケガの者が頼みにする医療施設として、ファルマズィ国内では人々に頼りとされている。
「あらあら、オッパイもこんなに傷ついちゃって。せっかくこんな巨美乳なのにもったいないわね」
包帯を外し、消毒や傷薬の塗布、止血などの処置を施されている間も、シャルーアは表情一つ変えずに平然としていた。
「マハミュンヌ医師、彼女の傷跡は……やはり残りますかね」
リュッグの位置からはシャルーアの背中しか見えない。が、背中にもある傷の処置の痕を見ていると、自分の保護者としての失態を強く意識してしまう。
「大丈夫よ~、まだ若いしちゃあんと処置しておくから綺麗に治るわ……あ、妖異にやられたって言ってたわね? じゃ、念のために抗生物質のお注射もしておきましょうかー」
サークォウコ自体が毒を持っていないとしても、野をさ迷う妖異。自然の中でどんな黴菌や毒成分がそのツメについていたとしても不思議ではない。
「よろしくお願い致します」
そして意外にもシャルーアの方からお願いの意を申し出る。
「(注射が怖くないのか。にしては何だか少し……)」
申し出が早かったというか、流れるようだったというか。
普通はいくら平気といっても、身体に針を突きたてられるのだから僅かでも臆する気持ちがあるもの。
だが、とリュッグが不思議に思っていると――――
プスリ
「~~~っっっ」
リュッグどころか、注射を行うマハミュンヌ女性医師ですら、ぎょっとする。針が彼女の腕に突き立った瞬間、シャルーアの表情がほんのりと色っぽく、ウットリとしていたからだ。
「え、え~っとぉ……はぁい、おしまいよ。い、痛くはなかったみたいね? よかったわぁ」
「はい、ありがとうございます」
心なしか、お礼の言葉がいつもよりもちょっぴり元気な気がする。
「(注射好き? いやいや、まさか……まさか、な)」
どうにもこの娘さんはまだ分からないなと思いながらも、怪我の処置が一通り終わったことで、リュッグはとりあえず安堵した。




