第35話 意外な苦痛への耐性
遠く離れた砂丘の影で砂漠の民っぽい装いをしている男は、じっとリュッグ達がサークォウコと戦ってる様子を観察していた。
「ふーん、傭兵相手ではこんなものか。7匹もいながら成果が見習いの娘1人のみとか、この妖異は使えない……っと」
そう吐き捨てながらメモを取り終えると、もう用はないとばかりに立ち上がる。
「さっさと報告に戻るとするか。この調子じゃ、まだまだ実験が必要になりそうだ」
戦いの様子を最後まで見ることなく、男はその場からさっさと立ち去った。
少し前。
「……? ―――ぁ」
リュッグが戦っている様子を、言いつけ通り離れて観察していたシャルーアだが、不意に自分に影が落ちてきたことで空を仰ぐように振り向く。
影の主は他ならぬサークォウコ、それも2体だった。
『キキキッ、クキーッ』
腹ばいで地面に伏せるような形でいた彼女に、上から抑えんと1匹が飛び乗って捕まえた。
「んっ、はなしてください…っ!! リュッグさまっ」
妖異を引き剥がそうとその場でのたうち回りながら、リュッグに向かって叫ぶ。しかし、体勢が悪いこともあって声がイマイチ張らない。
『ギャギャギャッ! ギャーハハハッァ!!』
もう1匹が楽し気に笑った。足を交互に上げながら手を叩く姿はまるでハシャぐ子供のよう。
シャルーアに抱き着いたサークォウコは、ますます掴みを強くして離れそうにない。それどころか彼女の衣服が乱れ、一部が破けはじめた。
「ハァハァ、このままでは……、っ!」
不意に目にとまった、散乱している自分の荷物。武器の柄が掴める位置にある。
シャルーアは迷わず手を伸ばし、掴むと同時に転がった。
『ギギッ?!』
ドバキャッ!!
鞘を付けたままの刀が、遠心力で空を漕ぐように弧を描き、ハシャいでいたサークォウコの顔面を思いっきり横から叩いて吹っ飛ばした。
直後、刀を支えにして何とか立ち上がるが、もう1匹は全身でシャルーアを掴んだまま離れない。
『ギギッ、グギギィッ!!』
仲間がぶちのめされて怒ったのか、掴んでいるシャルーアの乳房を強く握り込んでくる。食い込んだ指の辺りから赤いものが一筋流れた。並みの女性ならそれで悲鳴をあげ、苦痛を訴えるレベル。
しかし、その程度シャルーアにはなんて事もない。
かつて愛した人から受けた、エスカレートした性愛の加虐を受けた経験は数知れない。
あの時の経験と比べれば、多少の苦痛を与えられたところで怯みすらしない。
「ハァ、ハァ……いい加減に、離れてくださいっ!!」
その場で思いっきり回転する。が、サークォウコは目を回しそうになりつつも頑なにシャルーアから離れない。
「ダメ……では、何とかリュッグ様の方に走って……リュッグさまーーーー!!」
叫びながら移動を開始する。が、リュッグには聞こえていない様子だ。そうこうしている内にぶちのめされたもう1匹が怒りと共に飛び掛かってくる!
『ギャァァアーーーッ!!!』
「っ、足に……離れて、くださいっ」
上半身と下半身にそれぞれ1匹づつ掴まれ、移動もままならなくなる。
何とか動く腕で刀を振り、鞘の先でポカポカと下のサークォウコの頭を殴るが、ただでさえ腕力不足でまともに振るえない上に体勢も悪い。
引き剥がす事もままならず、サークォウコは痛くないぜと言わんばかりにほくそ笑みながら太ももへと這い上がってくる。
そして、より腕を絡ませて捕縛の度合いを強めてきた。
『シャルーアーーーッッ!!』
ようやくリュッグがこちらに走ってきているのが見えた。しかしまだ少しばかり距離がある。サークォウコ達も敵の増援が来ることを理解してか、シャルーアへの攻勢を強めようと蠢く。
「う、動けません……ですが、それならば……。えいっ!!」
シャルーアは考えた。移動できないなら移動しなければいいと。
その場であえて足を崩し、倒れるようにしながら身を捻る。
『ギャッ!!』『グギュッ!!』
シャルーアに抱き着いていた2匹はただ地面に打ち付けられるだけでなく、捻りによって半回転したことで強く地面との摩擦に擦られる。
さらに1匹はシャルーアの身体と地面でサンドイッチされる形となり、ギュッと押し潰れて一瞬、身動きが完全に取れなくなる。
結果、下半身の1匹だけがシャルーアより上に出されるような形になって彼らは地面に転がっていた。
「! いい形だっ、オオォォオオオ!!!!」
それはリュッグが取り付いた内の1匹に斬りかかるに丁度いい状態。全力で走ってきた勢いそのままに、水平に刃が斬り抜ける!
サッ……ン!
『ギャッ………―――――――』
シャルーアの下半身に引っ付いていたサークォウコは、後頭部から背中、尻と自分の後半分を綺麗に斬り裂かれ、目玉がグリンと乱れ動いて血を噴き、絶命した。
それでもなお、シャルーアの股座を通すように絡んだその腕は放れなかった。
『ギャッ!? …グググッ、ギャギャオオオ!!!』
仲間を殺された怒りか、劣勢に立たされた焦りか、明らかに冷静さを喪失する残りのサークォウコ。
両腕で掴んでいたシャルーアの身体から片手を放し、彼女に危害を加えようと爪を立てて振り上げる。
「そのまま掴んでいたらこちらは困ったものを、わざわざありがとうよっ」
フヒュンッ!
リュッグの刀が閃く。シャルーアの身体から離れるように上へと伸びた妖異の腕は、恰好の斬り落とし対象であった。
刃は少女の身体に触れることなく、サークォウコの右腕を斬り飛ばしていた。
『ギャーーーーーーーァアァァ!!!?』
「っ。シャルーア、その場で回転しろ!!」
「はいっ!!」
疑うことなく即座に言われた通りにする。
いくら両脚と左腕は絡め掴んでいるといっても、人一人に掴まり続けるのは簡単ではない。
右腕を失ったことと激しい痛みを感じている今、シャルーアの回転する遠心力に抗いきることができず、サークォウコの上半身は彼女の身体から離れようとするかのように、外へと飛び出さんばかりに空を舞った。
「もらった!!」
ザンッ!!
『ガッ……、……―――』
今度は上からの斬りおとし。
綺麗に胸筋と腹部の境目辺りで切り分けるようにサークォウコの上半身が両断され、下半身とズレて落ちてゆく。
信じられないと言わんばかりの表情で絶命し、地面へと落ちた。




