第194話 赤褐色シスターズの闇
夜。
グラヴァースはすっかり疲れたと全身で疲労をあらわにしながら自室へ戻って来た。
「ったく、本当にあいつらは……ブツブツ」
アーシェーンとヒュクロ。二人の側近のシャルーアを利用せんとする動きは、グラヴァースを大いに悩ませていた。
将軍職にある身ゆえ他にも仕事は山とある。それをこなすのは普段ならさほどの労ではないが、悩みが1つ2つ重なっては心身の疲労は大幅に増大し、彼をヘトヘトにさせた。
「(しかし、シャルーアちゃんの事も早いとこキチッと決めないといけないのも事実だ。こっちの都合で巻き込んだんだから、俺もいい加減に意志を決めないと―――)」
とはいえ、今日はもう疲れたから早々にベッドに入ってしまおうと思ったグラヴァース。
だが彼が身体を入れた瞬間、何かに下半身を掴まれる感触がした。
布団をめくるとそこには……
「……えーと、だ。何してるのかな、君たち?」
布団の中の暗がりで光る白銀の髪と、闇の中で燃えるように映える赤褐色の肌。そっくりな顔形―――表情の違いからかろうじて区別がつく双子の姉妹がそこにいた。
「……もち、夜這い」
「夜這いでーっす、ようこそいらっしゃいましたー」
シャルーアの仲間ということで昼間もうけた会話の時間に話をした、傭兵のリュッグと一緒にいた双子の傭兵少女たち、とグラヴァースは記憶している。
その双子ちゃんがなぜここに? 夜這い? どういうことだ? シャルーアを妻に迎えさせようとするアーシェーンに対抗してヒュクロが仕向けたのか??
困惑する彼を双子は容赦なくベッドの中へと引き込む。
その装いはいつもの傭兵のモノではなく、ほぼ全裸に等しいような露出度で、布に覆われた部分も半透明な、どこかの王族のセクシーな寝巻のようにも見える衣装をまとっている。
「ちょ、ちょっと待て、待つんだ。どういうつもりだ?」
「どうもこうも……夜這い、子作り、快楽の夜……以上」
ムーの明け透けない答えにグラヴァースは思わず吹く。
「お、おいおい、君たちはそれがどういう事か分かってるのか? その若さでそんな―――」
「若く見られるのは嬉しーけどさ、これでもシャルーアちゃんよりずっと年上なんだよー? 今年で28だしっ」
今度はナーの衝撃発言に再び吹く。
とても28歳には見えない。昼間、シャルーアと並んで話をしていると、むしろこの二人はなお1~2歳下じゃないかとさえ思えたくらいだ。
「こーみえて、経験、豊富……任せろ」
「任せろー、ヘタレ将軍! バッチリキミの子をアタシ達で身籠ったげるからっ☆」
「ま、待て待て待てって!! ちょ―――う、うぁああああーーーーー!!?」
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―――ムーとナー。
二人は南方の国、ア=スワ=マラ共和国で生まれた。しかし姫として、非道の王家に生まれたことは幸せではなかった。
栄光ある次代の王位、そのたった1つの椅子に座れなければ地獄の未来が待ち受けている。それゆえ数多い兄弟姉妹たちはみんな必死だった。
だが双子の彼女らは、片方が王位に入ればもう片方は救われない―――互いに互いを想うがゆえに、王位を巡る骨肉の争いには身が入らなかった。
結局、能力ではなく性格的な素質としてアスマラ王に相応しい非道さを有していた、同じ赤褐色肌の腹違いの弟の1人が現王の座へと就いた。
そして他の兄弟姉妹たち同様、ムーとナーも国の礎となるために王家の暮らしから一転して、地獄へと叩き落とされたのである。
国に数ある非道の部署の中、死ぬまでその身を置く場として定められたのは、特に女性にとって最悪の部署である兵産院。
他の多くの姉妹たちと共に、ムーとナーもこの部署へとその身を置かされた。
地獄の日々に他の姉妹たちがドンドンと廃人化していく中、ムーとナーは持ち前の性格と前向きな気性が幸いして、壊れることなく日々の “ 仕事 ” をこなし続ける。
3人―――兵産院でムーとナーがそれぞれ産んだ子の数も同数。
そして王族でありながらも王位継承できなかった者がこんな扱いを受ける理由も二人は理解していった。それは少数ながらも国の非道のやり方、ひいては王家のやり方に反意を持つ者達のはけ口となるため。
王女様相手に好き放題できるとなれば、粗暴なる兵士たちのなんと喜んだことか。
しかもご丁寧に、反旗を翻そうと計画だてている者をいぶり出す餌の役目も担わされていた。
落とされた王家の者に接触し、担ぎ上げようとする不埒者をおびき出す餌としてすら機能させられていては、状況は絶対に好転などしない。
死ぬしか解放される術はなし。そんな、一生この生活が続くはずの双子にある時、転機が訪れる。
『私はアンネっていうの、よろしくね』
精神がほとんどが壊れてしまっている女性ばかりの中、数少ない正常を保っている友人。
年下の少女は健気で “ 仕事 ” にも頑張って耐え続けていた。
ムーとナーは兵産院の先輩としてこの年下の友人にコツや、どう振る舞えば叱られたり叩かれたりしないかを教えた。
……ハッキリと言ってしまおう。兵産院に入れられた女性達は性奴隷である。
それも職業として様々なことが保証された奴隷ではない、生粋の闇の中の奴隷だ。
兵産院を回すスタッフや相手の男の気分次第で、いつ殺されても不思議じゃない扱いをされる者である。
そんな最悪劣悪な地獄で正常を保ち、生き抜くことがどれほどに尊いことか?
あるいはムーとナーは、年下の友人を死なせてしまうのが惜しいと感じていたのかもしれない。
……そして、この友人との出会いから2年後。
幾重もの奇跡と幸運に恵まれた3人は、死ぬまで外に出られないと悪名高い兵産院の歴史の中で唯一、脱走に成功する事となる。
そしてアサマラ共和国から逃亡し、自由を手に入れることができたのだ。
―――そんな地獄からの生還者たるムーとナーに恥じらいなどない。
加えて地獄の中で奴隷として生き抜き、培った経験と胆力と体力と技術力と奉仕力はシャルーア以上。
そんな双子にとっては、ついこの間まで童貞だった男など笑えるくらいに楽勝すぎる相手。
ベッドに引き込まれたグラヴァースは、まんまと姉妹の餌食となった。
……翌朝。
ゲッソリと瘦せこけ、まるで幽霊のようなグラヴァースの姿を廊下で見た兵士がギョッとして魔物と勘違いし、反射的に剣を抜いてしまうという珍事が発生した。




