第193話 縁に騒ぎて面倒なるは当人達に非ず
その日の夜、リュッグ達は結構な歓待を受けた。音頭をとったのは他でもない、ヒュクロだ。
長テーブルに料理が並ぶ。いずれも傭兵生活をしていると縁のないような凝ったものばかりで、逆に困惑する。
「(リュッグ、リュッグ……あからさま。アイツ、大丈夫?)」
隣に座るムーがテーブルの下で袖を引き、小さな声で話しかける。
「(分かっている。あのヒュクロとかいう男、提案の内容もそうだが、明らかにこちらを自分のいいように動かし、利用する腹積もりだ)」
昼間、ヒュクロから受けた提案とは、シャルーアをグラヴァースに嫁がせるのではなく、王都の王の元に連れて行くというものだった。
シャルーアにその気持ちがないにも関わらず、グラヴァースに無理に嫁がせるような真似は忍びないと、いかにもな理由を言いつくろってはいたが、それはリュッグ達を自分の方へと手繰り寄せるためだろう。
それはアーシェーンという女性官僚の、シャルーアへの話しかけ方やグラヴァースに酒を注がせるなど差し向けている態度を見ていて納得できた。
おそらく臣下の間では、シャルーアをグラヴァースに嫁がせる事に積極的な者とそうでない者でわかれている。
「(ヒュクロとやらがグラヴァース将軍の隣席にシャルーアの席を設けなかったことからしても、内実は二分しているんだろうな。おそらくアーシェーンの方が結婚を推進する派なんだろうが……)」
この宴席の名目は、同じ “ 東西護将 ” のオキューヌが訪ねてきたことへの歓待だ。これもおそらくはアーシェーンとヒュクロの間で静かな争いがあったのだろう。
「(どっちもどっちだよね、それってさ。だってシャルーアちゃんそっちのけで勝手な事言ってるんだし)」
ナーの言う通りだ。
シャルーアが意を表明しているわけでもないのに、周囲が勝手に盛り上がっているだけで、あまり良い流れとは言い難い。
この少女の性格からして、たとえなあなあで決まった縁談であったとしても、それに異を唱えたり拒絶したりはしないだろう。
だが、そこに付け込んで好き勝手するのを看過するほど、リュッグ達とシャルーアの付き合いは短くはない。
「(さて、どうしたものかな。確かに以前、シャルーアがリーファさんから王都に行くことを勧められた話はあったが、だからといってヒュクロの提案に乗るのは違うしな)」
(※「第149話 宴中にしるべは南を指す」参照)
ヒュクロの提案はあくまで、シャルーアを王の所に送るというもの。それもグラヴァース名義の手紙付き―――いかにも主の功にシャルーアを利用しようとしてます感がぷんぷん臭う。
「(かといって、シャルーアがグラヴァース氏に嫁ぐを良しとするかは、シャルーア自身がどう選択するか次第であって……)」
リュッグはちらりと、ムーとは逆の隣席を伺う。
相変わらずの健啖ぶりで、目の前の料理を綺麗な所作でどんどん消していっている少女。
向こう隣りにはしきりに話しかけているアーシェーンがいる。
「(保護者としちゃ、シャルーア自身の意志が第一にしたいからな。どうするか言ってもらいたいんだが……)」
結局、肝心のシャルーアは黙して長考した結果、何か具体的な答えを言葉にすることはなかった。
子供が出来るかどうか―――おそらく彼女の答えはその1点から揺らがない。
長考の理由はたぶん、相手が子供が出来るまで自分を拘束してきた場合に対する答えが出てこないのだろう。
シャルーア的にはそれでも別に構わないのかもしれない。しかしリュッグの問いに対してそうとは答えなかった。
……彼女も感じ取っているのだろう、ヒュクロとアーシェーンというグラヴァースの配下たちの思惑を。
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「なるほどねぇ……ま、こっちでも分かったことも加味すると間違いないね。ただ思惑が二分してるのはヒュクロとアーシェーンだけのようだ。ここの他の連中は単純に、シャルーアちゃんが自分達の主の嫁になるって思ってるだけだったよ」
昼間、王国の将としての訪問と会談を終えたオキューヌが、リュッグ達の部屋を訪ね、互いに情報を突き合わせて話をまとめる。
状況は完全に理解できた。
あとは自分達がどうするか、だ。
「んで、シャルーアちゃんは? グラヴァースのヤツは悪い男じゃあないし、縁談に乗っても全然かまわないと思うよ。だけど嫌なら嫌で、キチンと断らなきゃ妙なことになっちまう……そこんとこどうなんだい?」
オキューヌは、シャルーアの意志を確認せんと問う。
だがシャルーアは目を閉じ、やはり長考し続けたまま、口を開かなかった。
「シャルーア。そんなに長く悩むくらいなら断るべきだぞ。即決できないことは無理をするとズルズルと悪い方向に向かってしまうからな」
「あ、いえリュッグ様。私としましては答えは出ております。ですがその、このままですとグラヴァース様がお可哀想で……どうにかしてあげられないものでしょうかと考えておりました」
シャルーア曰く、周囲に振り回されるようにして自分をあてがわれたグラヴァースが不憫だった、とのこと。
彼女が長く悩んでいたのは、そんなグラヴァースが報われるにはどうすれば良いかを考え、しかし良い答えが出ないからだった。
そもそもジャッカルとでさえ、子供を身籠れば嫁になることを承諾し、日々その情愛を受け止めたシャルーアだ。
誰かに嫁ぐか否かはその判断基準、一切ブレることなし。相手の子を自分が成すか否かという条件であり続けている。
そこのところで彼女が悩むことはない。グラヴァースが相手でも同じだ。
しかし今のままではどちらに転んだとしても、シャルーアは良かろうとも相手のグラヴァースの方が救われないのではと、この少女は考えていた。
「確かにね。元はと言えばグラヴァースのヤツがシャルーアちゃんをナンパして宮殿に連れ込んだわけだけど、今は側近が動きすぎてる感あるね。アイツも何か意気消沈しちゃって、気持ちが定まってない感じだったし」
オキューヌをして別人かと思わせるほど、グラヴァースの精神は不調におちいっていた。
あの調子では、仮にシャルーアがグラヴァースの子供を身籠ったとしても、抵抗感やら責任感やらで、精神状態がますますグルグルになってしまうだろう。
それはこの国のためにもよろしくないし、オキューヌとしても放置しておくわけにはいかないなと、何かいい解決策を模索する。
そんな中―――赤褐色の手が挙がった。
「……私に策、一つ、ある。……全部、吹っ飛ばせる……策」
「え、え、何それどんなのお姉ちゃん? ……ん、私??」
「ナーも協力、私たちの昔取った杵柄……やるよ」
本人以外、まだ誰も分らない秘策を思いついたムーは、ニヤァと自信に満ちた笑みを口元に浮かべた。




