第186話 引く手数多と羨むべからず
「はぁ~……まーた失敗か、ちくしょう~……」
グラヴァースは深いため息をつきながら、宮殿3階のバルコニーでうなだれていた。
「閣下が、ナンパに成功しないのが不思議であります」
傍控えの兵士が、感情のない顔でフォローっぽい言葉を述べるのが、また哀しい。
「くそー、今度こそいけると思ったのにな……まさかアッシアド教官の息女とか思わないっての」
あの性格なら押せば受けてくれるかもしれないが、いくら他界しているとはいえ娘に手出ししたら呪われそうで身震いする。
アッシアドは人格者ではあったが、新兵指導はなかなかのスパルタで、グラヴァースも新兵時代にみっちりとしごかれた。刻まれた恐怖がいまだ拭えないほどだ。
「(俺ももう35だ。……そろそろ嫁さんの1人も欲しいんだがなぁ)」
結果だけを見れば、アッシアド将軍とて結婚して子も残せてはいる。だが齢70近くになってお相手に恵まれたのは奇跡と言っていい。そんな人生の先輩のレアケースは参考にはならない。
昔に比べれば、多少相手の男が年を重ねていても、そのことに若い女性が嫌悪感や抵抗感を抱くことはなくなっている。
それでもやはり、グラヴァースとて適齢期というものを気にしてしまう。
世の女性らが、アッシアド将軍の時代に比べて高齢の男性を選ぶ間口が広がったのはいいが、同時にお見合いの風習も風化しつつある。
自由恋愛―――と言えば聞こえはいいが、実際にはカップルや夫婦が成立する確率が一気に減少してしまっているのが現実だ。
そのあおりをグラヴァースも受けている。国の重鎮の一人であり、家柄も元王家という、世の中的に見ればかなりの優良物件な彼でさえ、異性ごとには意外にも苦戦を強いられていた。
「あ~……どこかにいねぇかなぁ~、カワイ子ちゃんでバンバン子供産んでくれて、俺に尽くしてくれてバッチリ支えてくれる健気な女の子は~……」
「すばらしい理想であります!」
「あー、あんがとよー……はぁ~……」
ビシッとしたままだが、絶対心の中で俺のこと面白がって見てるだろと、傍付きの兵士の態度に穿った見方をしてしまう。
そういう意味では、シャルーアは理想的なコだったのかもしれない。彼女の父親が知己の鬼教官という一点だけが、グラヴァースにとってあまりにも残念であった。
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―――宮殿の中庭。
軍の一大拠点とはいえ、その庭は十分に立派に整備されており、宮殿務めの兵士や士官たちには憩いの場として人気がる。
アーシェーンは、シャルーアをこの庭に連れ出していた。
「(あのアッシアド将軍の御子とはいえ、この器量……王子のお相手に不足はないかもしれませんが……)」
アーシェーン自身は二十歳の時、既に結婚している。夫はあえて気の弱い男を選び、自分が家庭の主導権と夫の手綱を握ることで、人妻となってからも自身の自由を確保し、こうして軍に在籍し続けている。
効率を重視する性格ゆえ、容姿などは二の次三の次。とはいえ、それは自分の場合だ。
グラヴァースの相手には、やはりそれなりの女性をあてがうべきというのは、自分だけでなくヒュクロも同意見であった。
「(王子自身がそれで良しというのであれば、どのような外見の方であろうとも構いませんが、やはり先々のことを考えますと……ふむ)」
今でさえ “ 東西護将 ” 、この国でもトップクラスの立場にある1人である。その身分・立場を考えたなら、1国の王家ゆかりの姫を娶ってもいいくらいだ。
しかし現在、ファルマズィ王家には直系で若い姫はいない。現王も子宝に恵まれずに苦心している。
さらに北の “ 御守り ” に異常が発生して以来、周辺諸国が不穏な動きをしまくっている今、他国から良家の娘を望むのも、国を守る将軍という立場を考えれば危険。
「……シャルーア様、つかぬ事をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
アーシェーンは意を決して、数少ない植え込みの花をしゃがんで眺めている少女に問いかけることにした。
「はい、なんでしょうか?」
「グラヴァース閣下のことは、どのように思われましたでしょうか」
「? どのように……ですか??」
質問の意味があまりよく分からないと小首をかしげる。
確かに今のは、自分の聞き方があいまいで含意が広すぎた。効率を重視する自分にしては遠回しなことだと、アーシェーンは自分で自分に驚く。
あるいはシャルーアの背後に、アッシアド将軍の畏怖を感じてしまっているのかもしれない。彼女も新兵の頃、将軍にしごかれた思い出がちょっとしたトラウマになっている一人だった。
「失礼、聞き方を変えましょう。グラヴァース閣下を、もし……もしもご結婚相手として考えるといたしましたなら、ありでしょうか、なしでしょうか?」
かなり核心的に、しかもYESかNOの2択まで突きつける問い方だ。
普段ならこんな事でドキドキしないはずの冷静沈着なアーシェーンだが、不思議とシャルーア相手だと、何か緊張してしまう。恐れ多い事を問いかけてる気がしてならないのだ。
「……そうですね、ありかなしかと言われますと、……わからない、でしょうか?」
予想外の答えが返ってきた。
表情のほどを観察してみても、特に恥ずかしそうに照れるでもなければ嫌悪するようでもない。
アーシェーンとしては、彼女の人生に関わる質問をしたつもりだが、シャルーアはまるで日常の雑談の中の受け答えのような雰囲気だ。
「わからない、とは?」
さらに踏み込んでみることにする。
もし少しでも脈があるというのであれば、彼女をグラヴァースに近づけるのも悪くはないだろうと思っているからだ。
だが、そんなアーシェーンの思惑を越える答えが、再びシャルーアの口から発せられた。
「子供を身籠ればご結婚もいたしますし、出来なければいたしません。ですがグラヴァース様と夜の閨を共には致しておりませんので、ご結婚相手としてありかなしかと言われましても、分からないとしお答えできないですね」
アーシェーンは最初、シャルーアが何を言っているのか理解できなかった。
頭脳明晰で、兵士達からは鉄の女と陰口をたたかれるほど真面目かつ冷静沈着な彼女が、思わず間の抜けた表情をしてしまったのは、後にも先にもこの時だけであった。




