第183話 紐解かれる老英雄の生涯
アッシアド=アムトゥラミュクム。
国に仕えだしたのは現世代より3代前の先々代王の頃ながら、現在でもファルマズィ=ヴァ=ハールにおいて優れた軍人といえば、と問われたら必ずその名が上がるほどの名将。
諸国からも “ 平和ボケしたファルマズィには過ぎたるもの ” と言われ、人材として高く評価され続けている。
元は各国を旅するように流れる一大隊商の、しがない一商人の子として生を受けた、流浪の民の出だった。
しかし幼年期に隊商が賊(を装った他国の勝手な真似をした軍人たち)に襲われて壊滅し、奴隷として売り飛ばされかけていたところ、賊を追ってきたファルマズィ軍によって助けられる。
両親や寄る辺を失った彼は、助けられた軍人の紹介でファルマズィ=ヴァ=ハール王都にある孤児院に入るが、10を迎えた頃には孤児院を出た。
13までの約3年間、各地を1人で巡って見識と力を蓄えた後、ファルマズィ王国へと正式に士官を希望。軍の一兵卒となった。
当初はまだ若い少年兵ということで侮られ、簡単な偵察や雑用ばかりの日々だったが文句を言わずに取り組み、常に周囲の期待以上の成果をあげて見せた。
その甲斐あって2年を過ぎた15の頃、見習い同然の扱いから正式に、イチ兵士として扱われるようになり、そこから一気に頭角をあらわしてゆく。
もともと生まれ持った才能があったのか、個としての戦闘技術は大変に優れたものを発揮。さらには若くして兵法や戦略にも明るく、そして決して驕らない謙虚で向上心ある姿勢が、すぐに若手軍人の有望株として上の目に留まるようになる。
20を過ぎた時点で1個中隊を指揮、時には1個師団の副長を任されることもあるほど、軍内部では間違いなくトップエースであった。
24を迎えたころ、さらに大きな転機が訪れる―――大規模な魔物の群れが発生し、これに対するための軍団にアッシアドの中隊も組み込まれる。
最前線の1個中隊を指揮しつつ、自らも激しい魔物との戦闘に剣を振るった。
だが戦闘開始から3時間後。後方の大隊が奇襲を受け、最初の衝突で大隊長が死亡。
総崩れとなり、アッシアドの中隊は最前線で孤立する寸前まで追いつめられる。
そこで彼がとった選択肢は、意外にも前への直進であった。
敵の群れが彼の中隊の側面から後ろへと回り込むように伸びたため、前方の一部に薄い箇所が出来た事を彼は見逃しておらず、そこを突き破って逆に、魔物達の群れにも混乱を与えるという戦術と部隊運用を実現して見せた。
結果、更に後方にいた味方の軍勢の加勢が間に合い、最前線が完全崩壊する前に立て直しに成功。
アッシアドはこの機転と戦果を大きく評価され、わずか24歳にして一個師団を動かす将軍となる。
当初は “ 若造が ” “ 運が良かっただけ ” といった、頭の固い自称先輩や古参のベテランたちにやっかまれていたが、次々と戦果をあげていく事で次第に彼らを黙らせてゆく。
さらにアッシアドの軍は、他よりも死傷者が少ない事が判明し、さらに評価を受けたことで、彼の将器を疑う者が完全にいなくなったのは28歳の頃―――30を前にして早くも間違いなき英雄級の軍人としての名実を確立した。
しかしそれでも、貴族や金持ちには彼を陰ながら低く見る者は多かった。その理由はひとえに彼が卑しい身分の出であるという、その一点での侮蔑的な出自差別。
この時代はファルマズィに限らず、近隣諸国においても定住しない流れ者な隊商は、浮浪者同然に見られがちだった。
実際そうした隊商には、行き場を失った身元不確かな人間が混ざる事が多く、アッシアドも自分の両親がどういう身の上の者であるか、ついぞ知ることなく死別している。
このためアッシアドがどれだけ輝かしい戦果をあげたとしても、貴族や金持ちなどの上流階級より、見目麗しい異性との縁談を持ち掛けられる事はなかった。
一時は彼を気に入る王が働きかけ、王家ゆかりの血筋より声がかかった事もあったが、側近の貴族や大臣達がやはり彼の血筋を問題視して声高々に猛反対したことで流れてしまう。
しかし、それを隙と見た諸国はアッシアド将軍を引き抜こうと、数々の好条件を携えて彼をかどわかす動きを見せた。
だが当の本人は、厚遇する他国よりも冷遇する自国への忠誠を選び、あらゆる国のあらゆる好条件をも拒絶し続ける。
その人格の良さと忠誠心の高さまでも国内外に示した。
この事にいたく感動し、ますますアッシアド将軍に信を置いたのは他でもない、ファルマズィ王家であった。
だが時はすでに遅く、その頃にはアッシアド将軍はもう40を越えていた。古き時代の常識として、いかに素晴らしい英雄といえど歳を重ね過ぎているとし、持ち掛けられる縁談はやはりなかった。
素晴らしい臣下に子孫がいないなど看過できないとして、王が無理に当てがおうとしても、お相手の令嬢が高齢の男に嫁ぐことに激しく嫌がるなどしたため、結局アッシアド将軍に春は訪れる事はなかった。
しかも不幸は重なる。
さすがに年齢を考慮すると一線に置き続けるのは心配だという王の何気ない気持ちからの呟きを拡大解釈した大臣達により、王宮のしがない近衛勤めに異動させられたのだ。
何ら問題も罪も犯していないというのに、事実上の降格扱いを受けてしまったのである。
この事をすまなく思った先代王はせめてもと、当時ワガママ王子だった14歳の跡継ぎ息子の教育係に彼を抜擢した。単なる近衛の一人よりかはマシな名誉職である。
当初はアッシアド将軍に対する王の配慮で、教育の成果は問わないつもりであったが、彼は扱いに文句ひとつ言う事なく見事、王子を教育して見せる。
それにより教育者としても高評価を得る事となり、アッシアドは52歳でファルマズィ王国の新兵教導を担う事となった。
そして、アッシアド将軍が65歳の時、まだ10歳前半という若さで軍に入隊した若者―――
「―――それがこの俺、グラヴァースだった、ってワケさ」
「ほぁ~……お父様が軍人だったこと、初めて知りました。とても驚きです」
シャルーアが知っているのはその先の歴史からだ。父が68の時に17の母と結婚し、その2年後の70の時に自分が生まれた―――ご近所からは、年の差婚にもほどがあるのと、高齢で子宝を得られたこと、その2度の奇跡を起こしたじいさん、なんて言われてた幼少の頃の記憶がある。
「まさかそのようなご高齢でお子に恵まれていらっしゃったとは……」
ヒュクロが信じられないように眼鏡のズレを直し、驚きと共に感心したような眼差しで改めてシャルーアを見た。
「あのアッシアド将軍が、そんなお若い奥様を得ていたというのも驚きですが、何より驚きなのはシャルーア様の御母上ですね。シャルーア様がアッシアド将軍のことをご存じなかったという事は、母であるその女性も将軍の武名を知ることなくご結婚を決められた可能性が高い……」
それは並大抵のことではない。いかに凄い男性といえど70前の老齢。これと結婚することを良しとする17歳女性が、いったい世の中にどれだけいるだろう?
しかもシャルーアがこうして世に生を受けているのだから、やることもやっていたという事だ。仮に若い女性がアッシアド将軍の財産なりを目当てとした結婚であるなら、そこまではしないだろう。
アーシェーンはその点に驚きを隠せなかった。




