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焦がれる刀のシャルーア  作者: ろーくん
変化に巡る思惑

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第18話 王様の務め




『待ってくれ、アッシアド将軍! そなたほどの者がいてくれねばこの国はっ』



 呼びかける相手の姿は逆光のせいで影で満たされ、そのシルエットしか分からない。

 ゆっくりと振り返るも、やはりその顔は見えなかった。



『ムファム王子…いや、新たなるファルメジア王。あなたは立派になった。あのワガママ王子がよくここまで成長した。今のキミならば大丈夫、国は安泰だ』

 彼に追いすがろうと伸ばされた若い手はみるみる老いてゆく。

 若造だった新王は、何十年もの歳月の光を浴びて急激に老い、威厳こそある初老の王たる姿へと変わり果てた。

 だが去ってゆく影を見るその表情は、子供の泣き顔そのもの。


『そんな事はない! 我は…いや、僕はまだっ。いかないでくれアッシアド将軍! 僕には…この国にはまだ将軍の助けが必要なんだ!!』

 しかし影は微笑むと背を向け、そのまま止まる事なく去っていく。


 どんどんどんどん遠ざかる。


 老いた王が懸命に追いかけても、そのシルエットは逆光の中へと消えゆく…



 足がもつれて転ぶ。もう追いつけない、追いすがれない。

 光り輝く空間の中、初老なる者の涙が1滴、2滴……



『…丈…、き……娘………かわ……、…の国…守……く……………』

 消えた影の方から、いっそう強い輝きと共に聞こえる最後の言葉。そして王の視界全てが白一色に染まった。


 ・


 ・


 ・


「――――はぁっ!!? …はぁ、はぁ…はぁ、……夢……か?」

「大丈夫でございますか? ひどくうなされていらしたようですが…お汗を」

「う、うむ……」

 目を見開いて周囲を伺う。

 よく見知った寝室……汗を拭ってくれているのは40は年下の若い(めかけ)の一人。


「すまぬな、朝から世話をさせ――――」

「い、いえ陛下。その…、もうお昼を過ぎておりますが…」

 言われてハタと気付く。

 カーテンの開いたバルコニーへの出口。そこから差し込んでいる光が、朝のものではない。強い昼の日差しが少し傾きつつある、どこか物悲しさを覚えさせるものだった。


「(まさか、かような時間まで寝過ごしてしまうとは……)」

 このところの疲れが出たのかとため息が出る。


 かつて周囲の手を煩わせたダメな王子(じぶん)を教育してくれた偉大な教育係の死。

 その報を聞いて以来、よく眠れない日は確かに続いていた。しかし、何も信頼ある国の宝と言える人材を失っただけが王の不眠の理由ではなかった。





 

 ―――――翌日、王宮は玉座の間。

 王の前で今日も家臣達が危機感に溢れる議論を交わしていた。


「(ジウの動きが日に日に活発化しておるし、王国内の魔物の出現報告も増して…やはり…北方の “ 御守り ” はもはや機能してはおらぬのか?)」

 毎日のように飛び込んでくる国内各地からの報告を総合すると、そうとしか思えなかった。



 王国――――――ファルマズィ=ヴァ=ハール。


 この縦に細長い領土を持つ国の南北には、災厄よりこの地を守る “ 御守り ” がある。

 それは魔術のように目に見える類のモノではない。はるか昔に設けられたソレは、この地の魔物を不活性化させ、隣国からの侵略すらなくした事実と共に、脈々と王家に伝えられてきた。


 実際この王国は、他国と比べて圧倒的に少ない労力でもって安泰なる国家経営を続けている。

 地域においても稀に見る平和な国……それがファルマズィ=ヴァ=ハールという国家であった。



「我が国はその領地が形状ゆえ、どうしても多くの隣国と境を接する。ジウにばかり気を取られていてはっ」

「そうは言うても、戦力を分散して割けるほど豊かな兵力はない。仮に徴兵を行ったとて急募の雑兵数多なる軍勢ではとても戦力にはなるまい」

「正規軍をジウに注力し、頭数だけでも揃え、国境付近に配備する事で牽制くらいには……いや、ならんか。数万単位であればともかく多少の増兵では…」

 もっぱら隣国の侵略を警戒する議題が過熱しているが、問題はそれだけではない。



「皆のもの、少し落ち着くがよい。国内にて魔物の出現報告もまた急増しておる。どのみち長い目で見らば戦力強化は成していかねばならん事。そしてすぐにもまとまった戦力が必要であるもまた事実じゃ。そこで()は窮余の策として傭兵を利用をしてはどうかと考えておるが、皆の意見を聞きたい」

 王の案に家臣団は一瞬鎮まり、そしてすぐにザワつきはじめる。


「傭兵、でございますか…ううむ」

「確かに普段よりそれなりの危険をかいくぐっている者達ではございますが…」

「兵として大人しく統率の内に入るような者たちでは。雑兵よりかは確かに戦えましょうが…」

 家臣達は一様に難色を示す。だがファルメジア王はたくわえたヒゲを軽くひと撫ですると、左手を椅子の外へと伸ばし、杖持(つえも)ちの侍従より杖を受け取った。


 カツン


 それは小さい音であったが、家臣一同が口を閉ざす。


「魔物の討伐……もとよりそういった仕事を成しておる者と聞く。なればその仕事の賞与に国より色を付けてやろうではないか。さすれば周辺諸国に点在する傭兵も(つど)いて、増加する魔物への対処は成る。さすれば正規軍はすべて侵略に向けて対する事が出来ようぞ」

 家臣達は感嘆の声を上げる。しかし口には出さないが、かなり苦肉の策だとも感じていた。


「(他国が傭兵を起用し、戦力を急増させぬためには必要。しかし、問題は国庫。現状の蓄えでどこまで出せるか……)」

 誰もが国の財布の心配をせずにはいられない。しかし異を唱えないということは、同時にその方策を取り入れる利点も理解していた。

 今までほど豊かな国ではいられなくなるかもしれない。しかし魔物や他国に蹂躙されては、そもそもが全てを失ってしまう。


「(アッシアド将軍よ……我を、今一度この不出来な我をどうか導いておくれ…)」

 王は威厳を醸しつつ、しかし心の中は泣きじゃくりたい気持ちでいっぱいになる。

 それでも彼は現実から逃げないと覚悟を決め、一国の王として毅然とした態度を維持し続けた。






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