第174話 子と共に親もまた成長する
ジャッカルの埋葬を終えた後、シャルーアは一度オアシスに戻って来た。
「この道具はこう使います。そうすると、このように火をつけられるんですよ」
『なるほど、かかさま。理解』
火つけの仕方を教える。
「もし、お昼の内が暑すぎる時は、こうして砂を掘って……穴を作って、中でやり過ごしましょう」
『穴掘り、おもしろい、おれ、たのしい』
昼の暑さをしのぐ方法を教える。
『かーさん、かーさん、……まっくろ』
「大丈夫です。これは外側だけですから、中をこうして割れば―――はい、いい感じに火が通っていますよ」
この場で手に入る食材と手持ちだけで行える、簡単な調理方法を教える。
「あの生き物はとても肥えていますが、見た目よりも素早いです。なので静かに後ろにまわりまして………一気に飛び掛かりますっ」
『やりました、ままー。つかまえました』
捕獲が一苦労な獲物の狩りの仕方を教える。
『人間は西か東に案内する。なるほど……わかりました、ママ』
「攻撃してはいけません。どんな相手だったとしてもお話を頑張りましょうね」
今後、人と遭遇した時の応対の仕方を教える。
彼女とて、人の社会でいえば今も世間知らずな少女。だがこの何もない砂漠と、人でない怪人が相手であればこそ、彼女でも教え説くことができた。
それにリュッグから教わった様々なことを今一度自分自身に聞かせることで、より深く、そして生きてゆくための知識をしっかり固める。
奇しくも怪人たちに施す教えは、シャルーア自身の復習でもあった。
そしてシャルーアは “ 母 ” と慕われることで、意外な分野での成長を促されることとなった。それは―――
ザンッ!
『はは、おみごと』
『まま、つよい』
『かーさん、すごい』
不得意なはずの戦闘分野だ。
時間が大きく経過したことで、徐々にオアシス周辺は安全な状態でなくなりつつあり、他の妖異が姿を現すようになってきた。
もちろん|タッカ・ミミクルィゾン《真似をする怪人》達は、子供とはいえ非常に強力な戦闘力をもっているので、並大抵の妖異が襲って来ようとも敵ではないし、シャルーアを守ってくれる。
だが少女は “ 母 ” と呼ばれる自分が、ただ守られているのを少し心苦しく感じた。その結果、戦闘経験を1つ1つ重ね、まだまだ刀に振るわれてしまうとはいえ、少しずつながら扱えるようになってきたのだ。
「皆さん、まだお相手がいるうちは、油断はしないように致しましょう」
『ハイ』
『わかった』
『やります』
『がんばる』
『ママ、任せてください』
母子というよりは幼稚園児と引率の先生のよう。もっとも子供の方が圧倒的強者という歪なパーティなのだが。
シャルーアは、これまでリュッグと共に戦った妖異との経験や教わった知識を頼りに、戦った経験のある妖異には効率よく対処し、知らない妖異には無理せず|タッカ・ミミクルィゾン《真似をする怪人》達に任せるようにする。
この珍妙で不思議な共依存生活は、怪人たちと共にシャルーアもまた、著しく成長してゆく日々であった。
――――――砂漠遭難54日目、昼10:00頃。
『ママ、見えたよ。あれが人間の作った街道ですか?』
シャルーアとの生活で、さらに言葉が流暢になった怪人の長男(便宜上)がソレを指さしてたずねてきた。
シャルーアは馬車の荷台から顔を出して指し示されたものを確認する。
「はい、どうやら間違いないみたいです。これで東に真っすぐくれば、街道に出られることが分かりました」
|タッカ・ミミクルィゾン《真似をする怪人》達が相応に成長してきたことを感じたシャルーアは、かつてジャッカルと目指したように、東西の街道へと至る道をこの数日間、模索しはじめた。
高い戦闘力を持つ怪人たちのおかげで道中は至極安全。なのでさほど慎重になる必要もなく、スピードを出して移動できるので、オアシスから2日ほどで街道が見える位置まで来ることが出来た。
「では、一度お家へと帰りましょう」
『はーい』
『応』
『らじゃー』
『帰る、わかった』
『では反転します』
長男だけでなく、他の怪人達の言葉遣いも成長している。ますます個性的になり、心なしか見た目は同じでもちょっとした仕草なんかにも、個々で変化がみられるようになってきた。
彼らはきっと、もう人を襲わないだろう。
巣立ちの日は近い―――もっと、その日が来たら旅立つのはシャルーアの方なのだが。
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オアシスへの復路、その途上の夜。
「……」
シャルーアは、毛布の中で怪人達に囲まれながら眠りについていたが、ふと目を覚ます。
夜の寒い空気が肌を撫で、思わず毛布の中へ深く入り込みたくなる。だがそれを我慢して彼女は逆に毛布から抜け出た。
「……」
ユラリ。
焚火の火を消した後に立ち上る一筋の煙が、穏やかなれど確かな強さを持った風になびいて流れるかのような―――そんなオーラを知覚した。
荷台の中、|タッカ・ミミクルィゾン《真似をする怪人》達はそれぞれ個性的な寝相で深く眠りについている。
その様子はまさに、小学生くらいの子供達の何かの合宿場大部屋での寝姿のよう。
シャルーアは優しく微笑むと、刀の収まっている鞘を手に取り、静かに馬車の荷台から降りた。
サク、サク、サク……
月明かりが綺麗な、夜の砂漠の光景。なれど思わず身震いしそうな寒さが、彼女の肌から体温を奪っていく。冷たいが、歩みを進めるたびに綺麗な音を立てる砂の大地に神秘性を覚えながらも、馬車から20mほど離れた場所で彼女は立ち止まった。
「……ほう、気配に気づいたのか? 完全に消し、念のため用心しながら近づいたつもりだったのだがな」
総毛だつような感覚が、感じていた凍えそうな寒さを一瞬で吹き飛ばした。
声の主の姿はどこにもない。
しかし、たゆる煙のようなオーラが濃く密集している部分がある。少なくともシャルーアにはそう見えた。
「……―――」
ゆっくりと鞘から刀を抜く。少しはマシになった構え姿は、もうほとんど腕が振るえはしない。
筋力が増したわけではないが、|タッカ・ミミクルィゾン《真似をする怪人》達と一緒に幾度かの戦闘を経験したことで、シャルーアの腕力でも上手く持ち構えていられるところを、何となく見つけ、そしてその技術面の成長をモノにしていた。
「ククク、なんだ。やるつもりか? まだガキの分際……にしては勇ましいことだ」
「あなたからは、嫌な感じがします」
見えない敵なんてどう相手にしたらいいのか分からない。
ここは素直に子供たちを起こして救援を求めるのが正解なのだろう。
しかしシャルーアの中で、 ” 母 ” と呼び慕われたことへの矜持が、守る意識を沸き立たせ、助けを求める声をあげさせなかった。
「よかろう、この私に武器を向けたこと……後悔する間もなくあの世へ送ってやろう、ククククク」
月下の闇夜で、スゥーとその姿があらわれる。
音もなく、しかし巨大な異形の形が砂漠の上に立っていた。
理知そうな喋り方とはまるで合わないその外見は、完全に化け物―――|タッカ・ミミクルィゾン《真似をする怪人》達が可愛く見えるほどの。
その身には小さすぎる明るい灰色のローブを捨て去る仕草はキザっぽく、ますますその容姿に似つかわしくない。
シャルーアの前に完全に晒したその姿は、3mを越える巨躯の、頭から足先まで全身が薄白い “ 巨大鬼 ” だった。




