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焦がれる刀のシャルーア  作者: ろーくん
未亡嫁のあとさき

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第171話 公平なる太陽




 その瞬間―――シャルーアの瞳が輝きを失った。




 まるで魂が抜けたかのように、赤き瞳は色淡くなる。外からの光を受けての白い照り返しの輝きもなくなる。


 無惨に転がったジャッカルの死体ではなく、彼が引き裂かれた瞬間にいた虚空に視線が合わさったまま、動かない。


『ハァハァッハァッ、あぁ、シャルーア、俺のシャルーアぁぁぁ!』


 |タッカ・ミミクルィゾン《真似をする怪人》は何事もなかったかのように、ここ10日間のジャッカルを再現する言葉と行動をシャルーアに対して続けていた。




  ・


  ・


  ・



―――砂漠遭難40日目、朝7:00頃。


 砂漠という環境は、その昼の暑さと乾燥……そして夜の寒さのおかげで存外綺麗なものである。

 生物に厳しい自然は微生物たちにも厳しい。


 なのでジャッカルの無惨な死体も、なかなか腐臭を放たないし朽ちてもいかない。それでも通常は血の匂いに誘われて、肉食の野生動物や妖異がやってきてはその肉を喰らう。

 ものの2、3日もすれば、残るは肉片一つない綺麗な骨だけとなり果てる。


 ところが、そうした砂漠の掃除屋たちはこの10日間、ジャッカルの死骸に―――否、シャルーア達の馬車に近づこうというモノは現れなかった。




『おぁああっ、シャルーア、シャルーアぁぁぁ!』

 |タッカ・ミミクルィゾン《真似をする怪人》は、律儀にこの10日間のジャッカルの物まねを続けていた。

 だが妖異をして違和感を感じてもいた。シャルーアが異様に献身的だったからだ。


 変わらず魂が抜けているかのような瞳のまま。だがシャルーアは時に自ら、時にジャッカルにも行ったことのないことを、妖異に対して行っていた。


「……」

 一切の無言。

 10日という長い時間を人間であるシャルーアが、飲食もせず昼夜を問わず、一睡もすることなく|タッカ・ミミクルィゾン《真似をする怪人》に奉じていることの異常は、人間を観察してきた妖異だからこそ感じ取れるものだった。


 普通なら、パートナーを目の前で無惨に殺されたことで茫然自失となった、あるいは自暴自棄になった、もしくは殺されたくない一心で媚びている、ショックで単純に狂ってしまった等々――――――そういった理由で彼女がこの怪物に対して献身していると考えるだろう。


 だがそうではない。今の彼女は、そんな考えや思考、精神にはない。

 そしてそれは、シャルーア自身にも理解できていない奇妙な状態でもあった。



『う、うう……シャ、シャルーア、シャルーアぁっ!』



 別にジャッカルを愛していたわけではない。

 彼の子を身籠り、それによって妻となることにも別に構わなかった。だからといって異性として好きだったわけでもない。


 それは、シャルーア独自の価値観のせいだと言えた。彼女にとって、子を成す行為は挨拶も同然の、当たり前という認識だ。

 そう歪められていた。かつて彼女を弄びつくした末に捨てた、あの愛した人(ウヤーロッソ)に。


 だが、歪められた(・・・・・・)というのは、あくまでも一般的な価値観と比較した時、その異常さと経緯ゆえの、第三者の同情でしかない。

 シャルーア本人にとってその価値観や倫理観は、変わらず正しいものであり続けている。




『はぁー、はぁー、はぁー、う……シャ、SYA、シャル、U-アー』

 黙々と自分に奉仕し続け、ジャッカルの真似をする自分に付き合ってくれている人間の女。


 だが|タッカ・ミミクルィゾン《真似をする怪人》は恐怖を覚えはじめていた。己の腕の一振りで容易く殺せるはずの、この脆弱な生物に。


「………」

 恐怖の理由―――それはシャルーアの何かを、10日目にしてようやく、妖異としての本能が感じ取りはじめたのだ。

 そしてそれが決して触れても、近づいても(・・・・・)いけないものであることを、分かりかけてきた。


 押し黙ったまま、魂のない無機質な機械人形のように感情を感じさせないシャルーア。ひたすらに奉仕し、なぶり者にされ続けているこの人間が恐ろしい。


 そうさせている、なぶっている側であるはずの|タッカ・ミミクルィゾン《真似をする怪人》が心の底から恐れる。

 それはまるで、遥かな上位者に無礼を働いていたことに気付き始める下っ端の如し。


「………」

『はぁー、ハーア、はー、HAー、ぅ、U、u、Ah、あ、アッ、しゃ、シャル――ー』

 10日間。それはジャッカルとシャルーアが、あのオアシスを出発してからの時間であり、ジャッカルが絶命した瞬間までの時間である。


 息があがる。なぶり者にしてる側の、圧倒的強者のはずの妖異が、己の好ましき真似をする行動を続けながらも、ついには震えだして止まらなくなった。







 ――――――この世の、どんな強大かつ最強な生物であっても、絶対にかなわない偉大なる存在というものはいくつかある。


 その一つが太陽。


 手を伸ばしても決して届かない遥か空の彼方にありながら、照りつける灼熱の暑さを、生命を育む恵みを、己一人だけでなく、世界に対して一方的に与えて来る偉大すぎる存在。


 太陽がほんの少しその熱を増減させるだけで、世界中の環境が一変してしまうほどの影響を受ける。何なら簡単に栄華を極めた生物を、滅亡へと導くことも容易く出来るであろう。




 太陽に迫ろうとしても、表面に到達するまでのまだ遥かに距離があるところで、その高熱により焼き滅ぼされてしまう。



 ゆえに、決して手出ししてはならない偉大なる存在である。



『はー、ハー、HA、HA、AAAA、ふー、はーフー、ハー、シャル、しゃる』

 もはやシャルーアと言い切ることもできないほど、(おそ)(おのの)いている怪人。

 ジャッカルの真似をするせいで、途中で彼女から離れる。真似をやめ、己の意志で好きに行動すれば何てことはなかったはずだ。ところが真似を止められない。止めたらやめたで、そこで終わる気がしていたからだ。


「………最後まで、しかと真似を貫き通すのですね。命の終わりも含めて―――」

 瞳に、表情に、変化はない。しかしまるで神々しく、スゥーと刀を鞘から引き抜くその所作は美しい。

 全裸の褐色肌に|タッカ・ミミクルィゾン《真似をする怪人》がつけた穢れすら、まるで偶然という名の運命が描いた美麗な模様のよう。


 そのスタイルの良さと器量の良さもあって、本来ならば異性に情欲をかきたてるはずの姿は、まるで馬車の荷台に降臨した女神の如し。

 一糸まとわぬ姿なればこその堂々たる刀を持った姿は、何かの宗教の神像としてまつられていてもおかしくはない、神の迫力と煌めきを纏っていた。


 妖異でさえ、何かの信仰に目覚めてしまいそうなほどのその姿に、|タッカ・ミミクルィゾン《真似をする怪人》は畏れ慄いたまま、直立不動で頭が空っぽになり、思考も自我も、放棄した棒立ち状態になっていた。



 シュラァンッ


 それは、最後の時を告げる衝撃。

 ジャッカルの真似の終着点であり、そして―――|タッカ・ミミクルィゾン《真似をする怪人》というこの生命体にとっても最後、その命の終わる時。


 ザ……ンッ、ブシュウウウウッ!!




 太陽は公平だ。


 生物に恵みを与えることも、残酷に命を絶つこともすべからく。そこに不公平はない。

 たとえ相手が人間であろうと、動物であろうと、妖異であろうと、与え、奪うことに躊躇いも嫌悪も善悪もない。


 シャルーアの髪の一部がチリっと(ほむら)をなびかせた。




 一息に妖異を真っ二つに斬り裂いた刀は、赤く輝いている。




『……―――』

 ボタボタッ……


 ジャッカルが引き裂かれた時とまったく同じ構図で、二つにわかれた怪人の身が荷台の後ろから幌の影の外へと飛び出し、砂の上へと落ちた。



 |タッカ・ミミクルィゾン《真似をする怪人》は最後に思う。太陽は公平だったと。

 真似をする自分に、最後までジャッカルの真似をキチンと(・・・・)やり通させたのだ。

 それが、彼女が献身的であった理由であり、この人間の、ジャッカルのかたきの取り方だったのだ。



 絶命していく中で悟り、理解し、そして満ち足りるように血走った両目を閉じて、もがきあがくことすらなく、静かに絶命を受け入れ、そして逝った。





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