第158話 褐色姫は不幸無自覚につき
連れてこられてから3日目の昼下がり。
今晩、ラッファージャの寝室に来るよう言われたシャルーアは、喜怒哀楽もなく普通に了承する。
場所は広間。ちょうど他の連れてこられた女性達と初めて会った、お茶席での通達だった。
「あ、あなた……怖くはないの?」
寝室へのお呼びに対して、シャルーアの躊躇いなき返事に誰もが驚く中、やはり驚きつつ問いかけたのは、やや化粧濃い目の女性だった。
シャルーアよりもわずかに濃い褐色肌で、赤いドレスが映える。非常に優れたナイスバディの持ち主なれど、ややキツめな印象を受ける目つきに泣き黒子が特徴的。
女性達のリーダー……そんな雰囲気がある。
「はい? 怖い……ですか?? はい、特に怖いことは何もありません」
通達の兵士が広間から去っていくのを見送ったシャルーアは、振り返りながらなぜそんな事を聞くのか分からないと首をかしげる。
「ね、ねぇねぇ……もしかしてあのコ、ラッファージャさまにされてないんじゃないの?」
「ええ? でもみんな連れてこられたその日の夜にされたじゃない。そんなことある?」
「そうよ。それにこのコが連れてこられた日の夜、ラッファージャ様の声がこだましてたじゃない。いつもとなんか様子違う感じだったけどさ」
女性達の中には、何ならもうラッファージャに一生面倒見てもらおうと吹っ切れてる者もいれば、その財産面から妻になれるならなってしまうのもアリと考えてる者もいる。
それでもいざ寝室に呼ばれるとなると恐怖し、心を身構えてしまう。それだけラッファージャの相手を一晩務めるのは大変なことだった。
ところがシャルーアはというと、まるで平然としすぎている。相手を務めるになんら苦労はないと言わんばかりだ。
「……もしかして……―――ね、ねぇ貴女、よければ色々とお話しましょうよ」
女性陣の中でも1歩抜きんでている色香の持ち主―――ハルマヌークが意を決してシャルーアに呼びかけた。
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「そこから捨てられるまでは常に、そのような毎日でした。捨てられた後は行き場もなく、しばらくは野を彷徨っていたのですが、最終的にリュッグ様という傭兵の方に拾っていただき、今はお手伝いをして―――あの……皆さま、大丈夫ですか? 何かいけないことをお話してしまいましたでしょうか??」
シャルーアは困惑する。
自分の今までを一通り語り終わり、ふせていたまぶたを開いてみたら、女性達が泣いていた。
「ぐすっ、い、いえ……そういうことではなくてですね。……そう、とても苦労なされて……」
おそらくこの中ではハルマヌークが一番、シャルーアの不幸を理解できるだろう。
彼女は娼婦だった。娼婦になるまでの人生も、シャルーアに共感できるような不幸を幾度か経験している。
ある日、客としてやってきたラッファージャによって、半ば強引に娼館から連れ去られて今に至るが、そんな性のスペシャリストであるはずの彼女ですら驚愕するほどの悲壮さ。
特にシャルーアが受けた、限界を超えた性の限りの経験―――並みの女性であればとっくに心壊れてしまっていると断言できるほどに酷い。
話を聞いた女性達は、シャルーアへの深い同情と相手の男性への激しい憎悪を抱かずにはいられない。
「なるほど、納得しましたわ……何か色々と」
「それほどの経験をなされているなら、ラッファージャ様程度では眉一つ動かないのも頷けますものね」
「わ、私はまだ頭が追いつきません。……え、え? 100? 毎日? それに馬がなんですって?? 意味わかりません……」
「相手の男がとんでもない外道だった、という理解で良いのでは? にしても本当に酷い男もいたものですわね。ラッファージャ様もたいがいかもしれませんが、それでも連れてこられた後はこうして私たちの待遇はよろしいものですし」
「最後には全て奪って追い出す……そこまでいくと、もう最低な男を極めるためにワザとしてるようにすら思えてくるわね。シャルーアさん、捨てられた時はさぞ無念だったことでしょう」
女性達は口々にシャルーアに同情する言葉を紡ぐ。だがシャルーアは、彼女らが自分に同情するような事を言うのが不思議だった。なぜなら……
「いえ、哀しくはありましたけれど、無念といったことは思いませんでした。……捨てられてしまいましたのも、私が彼の御子を宿せませんでしたので、致し方ないことですし」
今度は女性達が えっ!? と驚く。
「いやいやいやいやいや」
「ええと、うん、あの……ええっ?」
「……こんなに心無垢な女の子、世の中いるところにはいるものなのね」
「相手の男は割とマジで死ぬべきでしょ。私が男だったら絶対一生離さないって、こんなコ」
「普通なら後ろから刺されて当然よね。脂ぎったデブのオッサンとどっちがいいって言われたらまだオッサンの方に股開くわ、私なら」
何故かやたらと衝撃をうけてる女性達を、シャルーアは不思議そうに見る。
よく分からないが、とりあえず話が弾んだみたいで良かったなどと呑気に思いながら、自分のお茶を口に流し入れて、話終えた喉をいたわった。
エウロパ圏からの輸入品らしく白地に金フチ、美麗な花の図柄の入った高そうなティーカップを目で楽しみつつ机の上に戻すと、途端に女性達がシャルーアの周囲に寄ってくる。
「お茶のおかわりはどう?」
「よしよし、世の中もっとマシな男なんていくらでもいるからね」
「本当に身体は大丈夫なの? お医者様には念入りに診てもらった方がいいですよ?」
なぜか急に優しい&面倒見のいい態度になる女性達にシャルーアは戸惑う。この少女には、なぜそんな風に自分に接するのか、まるで理由がわからない。
他人からしたら " 聞くも涙語るも涙 ” であっても、シャルーア自身はそこまで不幸なことだとは全く思っていない。
捨てられてしまったのだって、自分が子をついに成せなかったのだから仕方ないこと。哀しい思い出ではあるけれど、当然の仕打ちだと納得している。
一つの思い出に対する感情は、シャルーアと女性達の間では完全に真逆であった。




