第157話 迷いなき黒の選択
ラッファージャの宮殿は、小国の城に匹敵する広さ―――だがこの国では名家や金持ちの住むレベルとしてありふれている。違いがあるとすれば、高い外壁で幾重にも囲われていることだろう。
なので中から見る景色はよろしくない。20mほどの庭の向こうに見える景色は、白い壁しかないからだ。これではいくら庭の造りが良くても、お世辞にも景観がいいとは言えない。
「立派なお住まいですが、お庭から見える景色は少し残念です」
シャルーアは少しだけしょんぼりした。
かつて住んでいた自分の家を思い出しはするものの、立地と外壁のせいで情緒がなく、閉鎖的な景色を本当に残念そうに思っているようだった。
「まあラッファージャは敵が多い。住処が隠れるような感じになるのはしょうがないんだろう」
早朝の門番シフトを終えたジャッカルは、ルイファーンから聞いていた連れ込まれた女性―――シャルーアに接触していた。
ラッファージャの甘いところは、一度連れ込めば宮殿内に限りはするものの、昼間は女達を自由にさせてる点だ。
確かに大小4重の壁に囲われている宮殿は出入り口が限られているし、並みの女性があの外壁をよじ登る事もまず不可能。
放し飼いにしても問題ないと高を括っているわけだ。
「―――で、今話した通りにお迎えが来ることになったが……大丈夫か、昨晩はその、色々とあったろう?」
「? はい、皆さん心配してくださいますが、私は大丈夫ですよ?」
あのラッファージャにお手つきされた後にしては本当にケロッとしている。
ジャッカルとて暗がりの世界を経由して雇われてる身だ。多少なりとも後ろ暗い形で金持ちに連れていかれた女の悲哀というものを見たことがある。
「(お手つきされなかった……? いや、あの遊び人のボンボンが連れて来た日に手ぇ出さないなんてありえないな。じゃあもしかして、意外とそういう事に慣れているクチか?)」
そう言えばと思い出す。昨晩はやたらラッファージャの気持ち悪い声だけが聞こえていたな、と。
「……。……いや、余計な詮索はやめよう。うん、大丈夫なら万事良しだな」
「はい、そうですね」
彼の真に言わんとしている事をまるで察していないシャルーアは、よくわからないながらも、彼自身が納得しているようなので同意しておく。
するとジャッカルは、少し慎重に周囲をうかがいつつ、1歩近づいて声をひそめながら話を切り出した。
「なぁ……えーと、たしかシャルーアちゃんでいいんだよな?」
「はい、シャルーアと申します。以後お見知りおきください」
「俺はジャッカルっていうんだ、よろしくな。って、そうじゃなくてだな。あーそのなんだ……あんたのお迎えが来るって言ったがな、その迎えが来た後のことを今から言うのもなんだが、よければシャルーアちゃんに俺を連れて行ってほしいんだ」
「? 連れて行く……ですか??」
シャルーアは昼下がりにのんびりと庭を眺めて腰かけている態勢。見上げる形になっている私兵の男の申し出が、いまいちよく分からないと目をパチクリさせる。
「ああ。んー、まぁなんつーかな、シャルーアちゃんのお迎えが来たら多分、今の仕事なくなるんだわ。まぁそうなったらなったでお迎えさんからは便宜をはかってくれるっつー事にはなってるんだが、それもどうだか……。で、まぁなんつーか、お互いにいい感じのとこまで行ければいいかなーってさ」
ジャッカルの言わんとしていることは要するに、再就職先の保険だ。
何せラッファージャがひっ捕らえられれば、彼に雇われてる私兵もその時点で仕事を失う。下手するとラッファージャ一味として一緒に捕まるかもしれない。
加えて彼からすればルイファーンやリュッグ達は今朝初めて会った人間。少々の話をしたところで口約束を信用できる間柄じゃない。
なのでジャッカルは、シャルーアにも取り入っておこうと考えた。状況次第でもし彼女を連れて宮殿を脱出するような事になったら、スムーズに自分に同行してもらえるように。
「(少なくとも俺一人よりかは格段に安全だからな。ラッファージャ側に見つかっても彼女を安全な場所まで護衛するとかどうとか言い訳できるし、あの女の側に見つかっても、連れ出してきてやったって恩売る事ができる)」
どちらに転んでもジャッカルは評価され、相手に恩を与えることのできる、失敗のない手。
しかしジャッカルはその2ケースだけでなく、自分が得するケースをさらに想定していた。
「はい、その時はぜひご一緒させてください、ジャッカル様」
「いやいや、" 様 ” なんていいって。ジャッカルさんくらいでOKだから!」
多分、了承してくれるだろうとは思っていたジャッカル。だが同時に、割と本気でこの娘の将来が不安になってしまう―――疑うことを知らなさすぎる素直さは眩しくもあり、ほくそ笑みたくもあり、彼の都合にも大変よろしいのだが。
「(助け出されたように見せかけて売り飛ばされるかも、とか思わないのか?)」
ジャッカルの想定は4つ。
先の2つに加えて、3つ目は自分を今の仕事に斡旋してくれた裏社会へ、シャルーアを手土産に、好条件の職を仲介してもらおうというケース。
外道な行いだが、生きていく上ではそういう非道さは必要になる。それほど現実とは甘くないのだ。
そして4つ目のケースはというと……
「(この娘を連れて、二人でどっか逃げちまうセンも全然ありだよな)」
これだけ器量に優れてスタイルも抜群。しかも、あのラッファージャの相手をして翌日平然としていられる女の子。
ハイアングルからつい覗いてしまう胸の谷間に生唾を飲む。
シャルーアを連れて両者から逃げ延び、自分が彼女をGETした上でどこかでしっぽりと暮らすというのはアリだ。
金に困れば働いてもらえるだろう、彼女なら相当稼げるはず。暮らしに苦しむことはないだろう―――ジャッカルはそう分析し、今後の自分の行末たる候補を4つ策定した。
「(悪いが綺麗ごと抜かせるほど、いい生まれでも育ちでもないんでね。……ま、なるべくならあんま外道な選択は取りたくないんだが)」
生きるということの辛苦は、嫌というほど理解している。
親から名前をつけられず、そもそも親というものがいなかった幼少期から、その察しの良さと悪運だけで何とかほどほどの人生を走って来たジャッカル。
だが、その目で見てきた現実というものは厳しいものばかりだった。
生きるため、己のためなら手段を選んでなどいられない。もしこんな自分を非難しようという者がいたら、声を大にして叫んでやりたいとジャッカルは思う。
お前の周りを見て見ろ、と―――そして同じように綺麗事を振りかざして非難してみろと。
きっと周囲にいる者の中には、人生の現実に打ちのめされている人間はいる。残念ながらそういう者は、その生を繋ぐだけでも手段を選んでなどいられないのだ。
「(悪いが上手く利用させてもらうぜ、シャルーアちゃん。俺自身のために)」




